老婆と幽霊と骸骨と
二人の異性に囲まれて……なんて羨ましい。
これが主人公補正です。
蝋燭の光が揺らぎ、二つの影が蠢いている。
「欠片一つ残さず拾うんだよ」
カチッ
【頑張りまぁす!】
ガチッ
「それにしても……あんたは、なんでこうも臆病なんだろうね」
カチッ
【いきなり骸骨が出てきたら普通の女の子は驚きますよ?】
ギチッ
「レミ……元怨霊の幽霊を普通とは言わないよ」
カチッ
【御主人様。心の、魂の話です】
ガツン
「……まだまだ説教が足りないようだね」
カチッ
【あぁぁぁ! 御主人様! 御主人様! これこれ! ここですよこの欠片!】
ガヂッ!
「やめな! 薬を塗りながら丁寧にはめるんだよ!」
二つの影……魔婆と青い少女――幽霊らしい――が私の頭蓋骨の破片を集めて修復している。
治してもらえるのは嬉しいが、組み立て絵感覚で人の頭蓋骨を扱うのはやめてもらえないだろうか?
あの後……鞄から取り出され青い少女、というか幽霊少女のレミに投げられた私は壁にぶつかり頭蓋骨の一部が欠けてしまった。
少女の悲鳴を聞きつけた巨大な老婆は、日が落ちるまで幽霊少女を説教してから私の修復を開始し……今に至る。
「せっかくの材料をいきなり壊して……」
カチッ
【ごめんなさいって謝ってるじゃないですかぁ~】
幽霊少女の言葉には微妙に反省の色が足りない。
まぁ、私は全く怒ってないのだが……怒る前に老婆のあまりに苛烈な説教に唖然としてしまった。
あのデニム様の説教に勝るとも劣らない説教といえば御理解していただけるだろう……はて? 私は誰に向かって話しているのだろうか?
頭蓋骨が割れたせいか考えがフラフラする。
【御主人様。骸骨を材料って言いましたけど……】
ガヂヂッ
「そうさ材料だよ。高かったんだからね」
カチッ
【高いんですか…………それでどんな料理にするんです?】
料理! やはり! く、食われるのかぁ!?
「レミ……どうしてこの骨を料理するのか私のほうが聞きたいよ」
カチッ
【どうしてって……そうですねー。煮込んで出汁を取ってから磨り潰して揚げるなんてどうでしょう】
あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……
小鳥みたいに首を傾げる幽霊少女の無駄のない料理方法に私はただ呻く。
私自身が調理対象でなければ料理を教えて欲しいぐらいだ。
「……『どうして』ってのはなんで骨を料理にするのかってことだよ」
カチッ
【御主人様が『材料』って仰ったんじゃないですか】
ガツッ
「材料ってのは魔術の材料だよ……もっと丁寧に」
……よかった! どうやら食べられるわけではないようだ。
【魔術の材料ですか……この前、『腰が痛い』って零してたからそろそろ人を食べるのかと】
やっぱり食べるのか!? 幽霊少女も平然と恐ろしいことを言うな!!?
「私がいつ人を食べたんだい……どうやらじっくりとお話しないといけないようだね?」
カチッ
【いえ! 食べてません!! 御主人様は人を食べません!!! なんとなくそう思っていただけです!!?】
……レミ嬢は幽霊だけに墓穴を掘るのが上手いようである。
なぜか親近感が沸いた。
本当に何故だろう? 誰かに似ているのだろうか?
組み立てが進むに連れて頭蓋骨が冴えてくる。
「……また三日三晩の説教が必要なようだね……これが最後っと」
カチッ
どうやら私の修復が終わったようだ。
老婆が腰をたたきながら立ち上がり、青い少女は死にそうな顔で沈んでいる……本当に胸ぐらいまで床に沈んでいる。
汚れないだろうか?
私は透明感が美しい瘴気漂う青い服が埃塗れになるのを心配した。
「さて……これでやっと話せるね」
皺だらけの顔を私に向けて老婆は言う。
「まだ、魂は残っているんだろう骸骨……確かオオナタと言ったかい」
獲物を狙う鷹の眼で見つめながら。
「あんたの望みどおりワインも買ってやったんだ。挨拶ぐらいしたらどうだい?」
……
しばし考えた後、私は老婆の言葉に応じることにした。
食べられそうで怖かったからではない、ジフ様のワインを買ってもらったからだ。
これっぽっちも怖くなんかないのだ。
【はい! 大鉈です! 食べないでください! 骨ばかりで美味しくありません!】
本当にこれっぽっちも怖くなんかないのだ。
「……なんで死に損ないってのはこう残念なのが多いんだろうね……」
魔婆がなんか嘆いてる。
【もしもし魔婆さん、大丈夫ですか?】
紳士として気遣ってみる。もしかした食べるのをやめてくれるかも……
「あたしゃ魔婆じゃないよ!! れっきとした人間だよ!?」
魔婆が長い爪を閃かせ傍らの机を斬り裂きながら怒鳴る。
どう見ても人間じゃない……それと私の意識が伝わっている!?
死の世界に生きるものにしか伝わらないはずの陰の精気を老婆が感じ取っていることに私は気がついた。
私の頭蓋骨はいつも冴え渡っているのだ。
陰の精気が感じ取れるということはつまり……
【魔婆は死に損ないだったんだ!】
ザスススススッ!!!!!!
私の眼前に五本のナイフが……いや、老婆様の爪が突き刺さる。
「私は、ただの人間だよ」
【……はい……】
一時的な緊急避難として同意しておく。
私の返事を確認すると、満足したの魔……老婆様の爪が離れていった。
「……あたしゃ魔術師なのさ……正しい死霊魔術を伝える。恐らく最後の死霊魔術師だよ。だからあんたの声が聞こえたのさ」
はあ……死霊魔術師様でしたか。
【あの~御主人様。もしかしてその骸骨さん……死に損なっているんですか?】
顔まで床に沈めた幽霊少女――レミ嬢が恐る恐る話しかけてくる。
「そうだよ」
【じゃあ、いつものように昇天させるんですか?】
昇天……天に昇ること……さあ、あの世に行こう?
「……さっき材料に使うっていったろう」
【そうでしたね。それじゃあ何のために使うんです?】
私が『昇天』について考えているうちに話題が別のものに移る。
老婆は、ずらりと並んだ歯を見せつけながらニヤリと笑う。
「世界を救うためさ」
主人公補正には女難というものもあります。