住処へ……
やっと状況を理解した彼はどうなるんでしょうか。
勇者め! 勇者めぇ!! 勇者めぇぇぇ!!!
漆黒の闇に包まれ私は呪う。
同胞を奪い、ジフ様を傷つけ、終には私を売り飛ばした勇者を呪う。
何たる所業! 死に損ないをなんだと思っている!! 子供の夢を壊すな勇者ぁぁぁぁぁぁ!!!
しかし私の全身全霊をかけた訴えは突然遮られる。
「安いよ! 安いよ! 今日は大安売りだ! 我らが英雄、閃光の勇者様が死に損ないの親玉を倒された記念だ! なんとタリア産のワインが銀貨一枚だ! 安いよ! 安いよ!」
漆黒の闇の向こう側――鞄の外から聞こえる特売の呼び込みによって……
タリア産のワインが銀貨一枚!?
鞄の中でころくる揺られながら生前の記憶が蘇る。
タリア産ワイン――兵士長のおやっさん曰く『あれを一度飲んだら他のワインが全てダブロス産に思える。とにかく美味いとしか言えん』――一生に一度くらいは飲みたいと思っていたのだ。
これは好機……ジフ様にも一本買いたいな。喜んでくださるだろう。
ジフ様に褒められる光景を妄想していたら鞄が揺れなくなった。
鞄の持ち主が足を止めたのだ。
「一つおくれ」
「はいよ! どうぞ! さあさあ買った! 勝ったよ! 勇者さまが勝ったんだ! 買った! 買った!」
誰かがワインを買っている。
この声は……私を落札した老婆の声!
【私も一本欲しい! 買ってくれ!! ジフ様のために!】
私は特に考えもなくとりあえず訴えていた。
「……もう一本おくれ」
「はいよ! どうぞ! さあさあ買った買った!」
願いが通じたのか知らないが鞄の闇に光が差し込む……二本のワインとともに。
おお! ありがたい!! なんていい人だ……見かけは魔婆のような姿なのに……
見かけで人を判断してはいけないな!
しかし魔婆かぁーー懐かしい。子供の頃に聞かされて夜、眠れなくなった。
『夜、森の奥に入っちゃいけないよ……森の奥には、人を頭から齧って食べてしまう大きな大きな魔女が住んでいるんだ。
おまえみたいな小さい子供は、皺だらけの指で摘み上げられて、長い爪でバラバラにされて骨までバリバリ食べられてしまうよ』
魔婆は、山男より大きな体、節くれだった皺だらけの指、ナイフと見紛う長い爪の人食い魔女のことだ。
……?
大きくて、皺だらけの指で、長い爪の魔女、魔婆。
今、私を鞄に入れて運んでいるのは、巨大で指が皺だらけで爪も長い老婆……
ハハハハハハッ……魔婆なんて魔王と一緒で子供を脅かすための作り話、作り話……
…………魔王って本当にいるよな…………
ジフさぁまあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!?
お助けくださアァァァぁぁぁいぃーーーーーー!!?
ガリガリガリガリ食べられぇぇぇてぇエェェしまいますぅぅぅーーーーーーーーー!!!?
コロカラコンコン
再び鞄が揺れ始めた。
~~~~~~~~~
ジフ様ぁぁぁーーーーーーーーー!!
ガリガリはイヤァァアァァァーーーーーー!!!!
私の必死の呼び掛けも虚しく……ジフ様は助けにきてくださらない。
ジフ様ぁぁぁぁぁぁ……
その間、老婆……魔婆の歩みは止まることはない。
徐々に鞄の外から聞こえていた喧騒は遠のき、風の音と靴が大地を踏む音のみが転がる頭蓋骨に届く。
そして……
ギシッギシッ……
薄い木の板が歪む音、上に載るものに対する抗議の声と……
ギギィィィィィィーー
……滑りの悪い金属が擦れる音、扉が奏でる挨拶が私に教えてくれる。
住処に着いたのだ。
魔婆が。
ああああぁぁぁぁ……ガリガリは嫌だ! 嫌だ! イヤダ! いやだ!
【お帰りなさいませ御主人様】
食べられることに怯える私は、ひどく場違いなものを感じた。
若い女……というか女の子の元気な声を。
「ただいま、レミ」
【鞄、御持ちします】
「ありがとう……ただ注意しておくれ。割れ易いものが入ってるからね」
【瓶か何かですか?】
「それもあるよ。タリア産のワインが安かったんでね」
【ホントですか! 楽しみです】
「レミ……飲めないのに何を楽しむつもりなんだい?」
【気分を!】
「……」
はて?
魔婆の住処にしては随分と明るい雰囲気の会話がされている。
「……まあ、気分でいいならいくらでも楽しみな」
【はぁい! 楽しみます】
「そうそう……出かけるときは忙しくて聞けなかったけど、このボロボロのドレスはいったい何の仮装なんだい?」
【『火葬するから服を御願い』と言われたので捨てるつもりの服を出したのですが?】
「……何で私が火葬されなきゃならないんだい」
【いつも死に損ないにはならないと言ってましたので……人生の幕を閉じられるのかと……】
「それはこの世を彷徨う気はないってことだよ。あんた、どんな魂をしているんだい」
口調は明るいが、内容は暗い会話である。
【見ていただいてるのが私の魂そのものですが?】
「……そうだったね。鞄の中身を机に並べといておくれ」
【はぁい!】
花が咲きそうな声と共に私の周りから闇が消え……可愛い少女の顔が現れる。
そう綺麗ではなく可愛いだ。
私を鞄から取り出した少女は、青い髪を頭の両側で三つ編みにしている。同じく青い眼は、丸く大きい……なんと肌の色も服も全てが輝くような青だ。
しかしその肌は、背後の壁が透けるほど透明感に溢れ……
……? 肌どころか服も髪も背後の壁が透けて見える……?
【が】
私が透け過ぎる女の子の謎に悩んでいると、この世にあらざる可愛さの少女が震えだした。
【が、い】
がい?
私を両手で掴んだまま口を魚みたいにパクパクさせている。
【が、い、が、い】
がいがい?
【がいこつぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーー!!!】
叫び声を最後に少女は視界から消え……代わりに壁が突撃してきて……
随分と恥ずかしがり屋さんのようだ。
赤黒い破片が飛散るのを眺めながら私はそう思った。
答え:投げられました。
まあ、そんなことより百話を超えたところでやっとヒロインぽいものが登場しました。
折り返し地点を過ぎてから登場は当○馬? いえいえそんなことは(本命はもちろん……)。