地獄の沙汰
地獄の沙汰も○○次第です。
私を見つめる鳥頭の淑女。
逆に顔を逸らす仮面の料理人。
全身を私に向ける手足の生えた目玉。
光に慣れていくと次々と地獄の住人に相応しい化け物達が現れる。
よく見えないが彼らの背後にもまだ何かが蠢いていた。
……間違いない……地獄だ……
それらのほとんどが興味深げな、或いは欲望に満ちた目をして身動きできない私を見ている。
どんな責め苦を与えようか考えているのだろう。
「皆さん、御着席願います」
頭蓋骨を青くしていると男の声が響いた。
先ほど淡々とした調子で『本日最後の品です』『髑髏になります』とか言っていた声だ。
「ん……」「ヒッ……」「ほほほ……」
地獄の住人達は、口を閉じると一人また一人と並べられていた椅子に座っていく。
姿は確認できないがこの声の主は随分と偉いようだ。
……『できるだけ優しくして下さい』と御願いしてみようか? もしかしたらおまけしてくれるかもしれない。
私は自らの素晴らしい考えに思わず……頷こうとしたが体が無いのでできなかった。
「それでは改めて……
こちらの髑髏、本日最後にして最高の品を紹介させていただきます」
髑髏? 私か? 私の紹介をする? 何でまた?
「皆さんの中には、死霊魔術師でさえない死に損ないが何故と御思いの方もいるでしょう。
確かにこちらの髑髏は血塗れ骸骨騎士……希少な魔族の髑髏ではありません」
私が無い首を傾げている間も話は続く。
「しかし、この髑髏は世界で唯一にして二度と現れない髑髏であることを私達は保証いたします。
この髑髏……聖女殺しの髑髏が人類の歴史に残る最高の品であることと共に」
言葉が終わり……静寂が訪れた……
一瞬の時を挟み……
「「「「「「「「「オおアぉぉぉォナあ!?!!!?!?!」」」」」」」」」
怒号と間違うような声が上がった。
さまざまな叫びが混ざりあって一つの音にしか聞こえない。
しかし分かる……驚きと歓喜……その二つが地獄の化け物達の間に満ちている。
「皆さんも御存知でしょう……聖一教の聖女が亡くなったことを。
その聖女の命を奪ったのがこの髑髏の持ち主……オオナタと呼ばれる死に損ないです」
淡々とした声が化け物達の熱を奪っていく。
誰も彼もが静かになり私を凝視する。
……というか……大鉈が聖女殺しとは……どういうことだ?
「出品者は、我がアンスター王国が誇る閃光の勇者と共に旅をしているスチナ王国最後の大魔女エリザベートです。
彼女は、聖女が亡くなったときその場にいました。
そして、死霊王を討伐した際、”絶望の岬”において聖女の仇であるオオナタを倒したのです。
これは虚実言霊及び思考感知によって確認しております。
歴史的価値、魔術的価値共に間違いなく伝説級の品です。開始値は五千より」
一拍の後。
「どうぞ!」
何も分からないが……何かが始まったことは分かった。
怪物達が無言で一斉に手を上げたのだ。
一人は人差し指を伸ばし。
二人は手を開いたまま。
三人は親指だけ立てて。
そして男が声で告げていく。
「五千百」
「五千五百」
「五千六百」
怪物達が手を上げると、その数字は上昇していく。
指の形に何か意味があるのだろうか?
「一万七百」
「一万一千」
「一万二千」
地獄の住人達は、一言も喋らず取り付かれたように拳を振り上げ、何かを掴もうとするが如く手を伸ばす。
「一万三千」
「一万五千五百」
「一万七千」
どこまで数字が上がるのかと思っていたが徐々に手を上げる化け物達が減っていく。
一人また一人と……あるものは悔しそうに、またあるものは肩を落として。
それでも数字は上がり続ける。
「一万八千七百」
「一万九千」
「一万九千三百」
「一万九千五百」
「一万九千六百」
「二万」
六人、五人、四人、三人……そして手を掲げる者は残すところ二人になった。
一人は、真っ白な布で顔を覆った身なりのいい男。胸につけた銀の髑髏を苛立たしげに触っている。
もう一人は、ボロボロのドレスを着た女。長い爪を隠すように皺だらけの指を握っている。
男が一本の指を立てる。
「二万百」
声が告げる。
女が五指を伸ばす。
「二万五百」
声が告げる。
男が親指を立てる。
「二万六百」
声が告げる。
女が手を握る。
「二万一千」
声が告げる。
男は腕を振るわせる。
おや?
なんとなく眺めていた私は、男が指を立てないことでこの何かが終わるかなと思った。
しかし……
「ふざけるなっ!!!」
白い布の男は、声を上げながら立ち上がる。
……まだ終わらないようだ。
「私を馬鹿にしているのか! 貴様のようなみすぼらしい者がそれだけの金を持っているはずが無いだろ!!」
「御静かに願います」
声が告げる。
しかし罵りは止まらない。
「黙れぇっ! 貴様もこんな者が大金を持ってるかどうかぐらい分かるだろう!!」
「御静かに願います」
声が告げる。
「……そうか……ボロ女はサクラなんだな!? 私を舐めるなっ!! たとえ商会といえど……」
「御静かにして差し上げなさい」
声が告げる。
男は倒れる。
「他にございますか?」
声が告げる。
誰も応えない。
「それではこちらの品は、金貨二万一千枚で落札とさせていただきます」
声が告げ……へ?
私は告げられた声を反芻する。
『それではこちらの品は、金貨二万一千枚で落札とさせていただきます』
……うむ! 冷静に考えよう!
こちらの品は髑髏。
髑髏は私。
私は……金貨……にまん、いっせん……まい?
冷静に考えていたはずの私は『地獄なのになぜ人身売買!?』『私はジフ様のものだ!』と思うより先に……
金貨一枚で銅貨千枚だから……いったい何枚だ?
……なぜか銅貨の枚数を考えていた。
少しだけ混乱しているようだ。
いくらあれば天国にいけることやら。
それに地獄でこの世の通貨が使えるんでしょうかね?
2012/05/07出品者の情報を書き足しました。




