闇の狭間
死後の世界がどんなものかは分かりません。
なにせ死後の世界です。
「やった!」
親がいなくてまだ一人身――そんな理由で故郷の村から兵役に送られ一ヶ月。
私の心は喜びに満ちていた。
それはなぜか?
理由は簡単、初めての休日なのだ。
毎日毎日、穴掘りさせられたり荷物を運ばされたり、どこが兵役なんだということをさせられた。
しかも起きたら兵舎から即作業場へ直行し、日が落ちたら兵舎に戻って寝るだけの生活だ。
不味いとはいえ飯が食えるのはありがたいが、独りでのんびりできないのはしんどかった。
「やったぞーーー!」
私はもう一度喜びの声を上げる。
初の休日と給料を手に入れた感動のままに。
休日といっても夕方から夜まで、給料も餓鬼の涙の銀貨五十枚。
それでも銅貨にすれば……銀貨一枚が銅貨二十枚だから……なんと六百枚にもなるのだ!
銅貨が五十枚あれば酒と肉の飯が食えるらしい!
いざ! 行かん!
私は、美味しいものを味わうため街へと繰り出す。
「お~い! 待てよ!」
しかし一歩を踏み出したところで呼び止められた。
この声は……先輩?
振り返ると先輩が手を上げながら近づいてきた。
先輩は、私達と違い街の出身でちゃんと剣を支給されている兵士の一人だ。
夜の兵舎で見回りをしながら『逃げ出したら給料が減るから絶対に逃げるな』と忠告してくれた、いい人である。
逃げ出したら給料を貰えなくなるのは当然なのにわざわざ忠告してくれるとは……本当にいい人だ。
私がしみじみとその時のことを思い出していると先輩が話しかけてくる。
「なあ、給料貰ったんだろ?」
「はい」
問いに素直に答えると先輩はニヤッと笑い肩に手を回してくる。
「よし! 先輩として街での遊び方を教えてやろう……まずは酒場だ」
「は、はぁ?」
これが先輩による指導といわれるものなのだろうか?
「そこである遊びをするんだ。まあ、お約束の儀式みたいなもんでな……馬鹿裸って知ってるか?」
口を三日月にした先輩の顔が私を覗き込んできた……
~~~~~~~~~
【いくなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?】
私は昔の自分に――あの魔の遊戯に挑戦することになる愚かな自分を止めようと叫んでいた。
【やめぇぇぇろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぅぅぅぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!】
再び叫んでから気がつく。
目の前が真っ暗なことに。
なんだ? 夢か? 夜?
暗いのに何も見えないのだ。
なんで? ……おかしい! 精気さえ見えない!?
混乱する私をさらなる異常が襲う。
両手両足どころか首や顎、体の一切が動かせないのだ。
【なんだこれは! 私はどうなった!】
何もできないまま私は誰もいない闇に問う。
私はどこにいるんだ! ジフ様はどこなんだ! ジフ様……そう、ジフ様!?
グチャグチャな思考の中、一筋の光明が私を導く。
ジフ様……守るため……あの勇者に挑んで……私は……
そして思い出していく。
自らの最期の戦いと結末を。
ジフ様を逃がすことに成功した輝かしき最期を。
よくやったぞ私!!
まず自らを褒め……そして同胞に謝る。
コメディや顎割れ、仇は取れなかったが……それはこれから謝ろう。
肉体を失い闇の中にありながら思う。
ここは死後の世だろうから。
聖一教の教えでは、生前どれだけ聖一教の教えに従い生きたかにより、魂の行き先は決まるらしい。
正しい魂は天国に昇り、邪なる魂は地獄に堕ちるとのことだ。
それは死後、闇の狭間において銀の光が判断すると言われている。
ここが闇の狭間か?
考えていると微かな揺れと足音が伝わる。
一歩一歩……何かが近づいてくる。
明るくないが銀の光か? 天国かな? 地獄は嫌だな!?
体もないのに胸が苦しくなる。
できれば天国がいいです!
願う私を知っているのか知らないのか……布が擦るような感触と共に闇が消え光が満たす。
天国かっ!!
光が視覚を眩ます中……
「皆さん、御待たせしました。本日最後の品です」
頭蓋骨に響くのは……
「№999、血塗れ骸骨騎士の髑髏になります」
淡々とした男の声と……
「ほう?」「むっ!」「最後が髑髏?」「本物か……」「なぜ?」「ヒッヒッヒッ、興味深い」
蝶仮面の紳士に、巨大な老婆、三角頭巾の怪人等々……光の中に浮かぶ奇怪な集団のざわめきだった。
もしかして……地獄逝きですか?
地獄巡りの始まり始まり……