契約書
契約は契約内容をよく確認してから結びましょう。
「ほっへぇがへきないほはどういうほほは!」
ジフ様が顎骨を床に落としたままアーネスト・エンド様に詰め寄る。
常に観察してきた私には、ジフ様の仰っていることが理解できる。
まず間違いなく『出世ができないとはどういうことだ』と言っている。しかし他の方々には、何を言っているか分からないだろう。
私は先ほどと同じように顎骨を拾いジフ様の頭蓋骨に押し込む。
【ジフ様、顎です】
「出世ができないとはどういうことだ!」
うむ! やはりジフ様はジフ様だ。
私がジフ様のジフ様らしさに満足しているとジフ様の手を回避しながら桃色道化師が話し始める。
「ジフ様、落ち着いて~ん。よくよく考えたら『出世ができない』」というのは間違いだったわ~ん」
「そ、そうなのか。良かっ」
道化師の言葉にジフ様は一瞬だけ安堵した・・・・・・そう一瞬だけ。
「よく考えたら死霊軍団自体がなくなっちゃうわ」
ドダッ!
ジフ様! 大丈夫ですかっ!!
私は箪笥を倒したように突っ伏したジフ様・・・・・・の入った棺を抱え上げた。頭蓋骨を強打したせいだろう私の腕の中でジフ様はひたすら『なっなっなっなっなっなっ』と繰り返されている。
私はジフ様を正気づかせるため往復ビンタをする。
ジフ様! 寝ては駄目です! 寝たら死にます!
「アーネスト様、死霊軍団がなくなるとはどういうことですか?」
「そうよ! 冗談じゃないわ!」
「死霊王がやられただけなんだろう。幹部が足りないんなら俺様がなってやってもいいぜー」
「我もいいぞ!」
「ちょっとちょっと、あなた達も落ち着いて~ん」
アーネスト・エンド様は、今度は後輩死霊魔術師様達に詰め寄られている。四人に冷静さを取り戻させようとしているが上手くいかない。
「アーネスト様を困らせるな」
だがその騒ぎは死霊魔術師デニム様の一言で収まった。
四人とも顔を蒼白にしデニム様を振り向く。体も震えている。よほど恐ろしいのだろう・・・・・・デニム様の説教が。
「アーネスト様、どうぞ」
「ありがと~ん、デニムちゃん。
えっとね。死霊軍団がなくなるっていうのは・・・・・・なんていうか書類上の話なの」
書類上? 皮用紙とか巻物の上とは一体?
「これを見て~ん」
道化師はそう言いながらどこからともなく巻物を取り出し神官――エタリキ様に渡す。
「徒弟契約書?」
呟きながら四人は、巻物を伸ばし読んでいく。
「契約期間、死霊王か契約者のどちらかが消滅するまで。
修行内容、臨機応変。
契約対価、席順に応じて知識、魔術具等で報いる。
修行時間、昼夜問わず永遠。
休暇休憩、なし。
有給休暇、なし。
契約破棄、なし。
処刑粛清、あり。
その他、些事は首席に任せる。
契約者アーネスト・エンド
・・・・・・この奴隷契約が天国に思える無茶苦茶な契約は何ですか?」
「だから徒弟契約書よ~ん。
死霊軍団に属している死霊魔術師は、全員この契約を結んでいるの。正確には、死霊王様と徒弟契約した死霊魔術師達が、死霊軍団を組織しているというべきかしら~ん。
もちろん死霊王様直々に修行をつけていただいたことなんてわたくしもないんだけど。問題は最初の一行なのよ」
「最初の一行ですか。契約期間、死霊王か契約者のどちらかが消滅するまでって、まさか・・・・・・」
「そうなのん。徒弟契約が消滅したから死霊王様を中心にした死霊軍団は消滅しちゃったというわけなの~ん」
「私はそんな契約知らんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!」
アーネスト様達の会話にジフ様が異議を唱える。
「知らないって・・・・・・一緒に契約しただろう。スレダーも一緒だった」
「したかもしれないがそんな契約とは知らなかったっ!!!」
「だからあれほど内容をよく読めと」
「三行以上の文章なんて褒め言葉以外読めるかぁぁぁぁぁぁ!!!」
「書いてあるのは一行目だぞ」
ジフ様とデニム様を余所にアーネスト様達の話は終わりを迎える。
「ならばもう一度契約を結びなおせば・・・・・・」
「誰が? どうやって~ん? その滅茶苦茶な契約は、不老不死と死者蘇生の秘術を極めた死霊王様がいて初めて可能なのよ~ん」
「「「「・・・・・・」」」」
丁寧だが嘲るような道化師の答えに、今度こそ神官を含めた四人全員が沈黙した。
まあ、私には関係ない。今はジフ様のことが重要だ。
「死霊軍団が! 出世が! な、な、な、な、な、な、なく、なく、なく、なく、なく、なく」
もっとも『なく、なく、なく』と呟かれるばかりだが・・・・・・死霊王様が亡くなられたのがそんなに悲しいのだろうか。
ジフ様は本当に御優しい方だ。
「アーネスト様、これからどうされます?」
「んん~ん。ジフ様はどうされたいかだけど・・・・・・駄目ね」
デニム様の問いにアーネスト様が答える。
アーネスト様! ジフ様の何が・・・・・・・
「なく、なく、なく、なく、なく、なく、なくな、なくな、なくな」
・・・・・・少し休めば駄目じゃなくなります!
「まずは最期の墓所から離れましょう。さっきアンスターの勇者を呼んでしまったしね~ん」
アーネスト様が私の背後を見つめながら話す。私はその言葉に階段を振り返る。
カッ・・・・・・カッ・・・・・・カッ・・・・・・カッ・・・・・・
気のせい。いや、微かに音が聞こえる。石畳を叩く音が、まるで誰かが歩いている・・・・・・そう足音が。
「早いですね。正確な場所も教えていないのに」
「探知呪文でも使ったんでしょう。エタリキちゃん、さっきの水晶玉は捨てときなさい」
真剣な御二人の声に私は、肉の失った手に汗が滲むような感覚を覚えた。
カッ・・・・・・カッ・・・・・・カッ・・・・・・カッ・・・・・・
勇者の足音が近づいてくる。
特に後ろのほうは読み飛ばすと危険です。
洒落にならなかったです。