慈悲
ジフ様は寛大で超々大物という話です。
戦い敗れた敵に・・・・・・
無数に並ぶ石棺を背にジフ様は自称勇者達を見下ろす。
「よ・・・・・・」
そしてその場にいる全ての者が注目する中、偉大なる私の主が言葉を紡いだ。
「・・・・・・よ、よくぞ、ここまで辿り着いたな! 勇者よ!!」
・・・・・・えっと? ジフ様、それはどういう意味で?
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
つっかえながらも誇らしげに話すジフ様に合わせて、死体獣踊子隊が場を盛り上げるように楽器を鳴らし始めた。
「「「「「「?????????」」」」」」
しかしデニム様とアーネスト・エンド様、それに自称勇者の人間達も訳が分からない様子でジフ様を見つめる・・・・・・ジフ様の深遠なる御考えが理解できないのは私だけではないようだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
残念なことに緊迫感を増す演奏も効果がない。
「ところでどうだ? 私の部下になるなら、世界の半分・・・・・・は無理だから・・・・・・あーっと、それなりに出世させてやろう」
いま一つ盛り上がらない中、ジフ様は最後まで言い切ると満足げに頷きながら周囲を見渡す。
・・・・・・どこかで聞いたことがあるような台詞だが・・・・・・!? なるほどっ!
少し時間が掛かったが私にはジフ様の御考えが理解できた。
「「「「「「・・・・・・」」」」」」
だが私を除いた他の者達は理解できないのか、口を開けて間の抜けた顔を晒している。
勇者と魔王の物語を聞いたことがないのだろうか? 有名な話だと思っていたのだが?
物語の終盤のあの台詞――勇者に戦いを挑まれた魔王が言う『下僕になるなら世界の半分をおまえにやろう』という台詞――子供心になんて太っ腹な魔王だなと思ったが・・・・・・まさかその台詞を現実に聞くことになるとは!! しかもジフ様が言うとは!!!
【流石はジフ様!! 最高です!!!!】
思わず感動が迸る。
「ハッハッハッ!! そうだろう!! 私は流石で最高だろう!!!! ハハハハハハハハハハ」
ジフ様が笑いながら仰け反る・・・・・・いや、棺だから斜めになっている。
ジフ様!! 輝いています!! 主に頭上の冠や両手の腕輪ですが!! とにかく輝いています!!
「えっと・・・・・・ジフ様? それは、死に損ないにするということで宜しいんでしょうか~ん?」
そこに髑髏の道化師が珍しく途惑いながら尋ね。
「・・・・・・確かに大物だ・・・・・・大物過ぎる・・・・・・だが若い頃はこれぐらいのほうが・・・・・・しかしどうするんだ?」
死霊魔術師デニム様も質問を――もしかしたら独り言だろうか――始めた。
一方、寛大かつ超々大物のジフ様に誘いを受けた羨ましい人間達は・・・・・・
「部下って言われても・・・・・・『はい』でも『いいえ』でも結末一緒じゃない?」
「・・・・・・イーデスさん冷静になるんです。『いいえ』と答えれば即、あの世逝きですよ」
「『はい』でも結局死に損ないじゃない」
「それは任せてください。時は金なり・・・・・・金稼ぎも時間稼ぎも私の得意分野です」
「前から聞きたかったんだけど・・・・・・あんた、本当は神官じゃなくて商人じゃない?」
「神官ですよ。だから金稼ぎが上手いんです。どうしたんですか? 頭を押さえて」
「あんたの口車に乗って”絶望の岬”にくるんじゃなかった」
「後悔しても銅貨一枚にもなりませんよ?」
・・・・・・小声で話し合っているが・・・・・・ジフ様の部下になれるのが嬉しいのだろう。
私が見つめていると話を終えたのか神官がジフ様に向かって口を開く。
「偉大なる死霊の王よ。少しよろしいでしょうか?」
「偉大なる死霊の王か・・・・・・いい響きだ。いいなぁ、本当にいい!」
うむ!? たった一言でジフ様を喜ばせるとはなかなかやるな。
「しかし死霊の王か・・・・・・ちょっと拙いな・・・・・・うむ、私のことは偉大なるジフ様と呼べ!!」
「はい。分かりました偉大なるジフ様、少々御話したいことがあるのです」
「なんだ?」
「まず私達を部下にしてくださるという寛大なる御心に感謝いたします」
「そうだろ! 私は超々大物だからな!!」
「しかし残念ながら私達では、偉大なるジフ様の部下には相応しくございません。御覧ください・・・・・・」
神官は話しながら仲間の二人――金ピカ男と変体男の傍に移動する。
「コモノデス。ザコデス。カスデス。ゴミデス」
「ガアアァァァァァァァァァァエェェェェェェ」
金ピカ男は心を無くしたように独り言を喋り続け、変体男は焼けた体を動かせず泣いている。
「私達は偉大なるジフ様に仕えるには弱すぎます。心も体も脆く・・・・・・今のままでは偉大なるジフ様の役に立つどころか足を引っ張ってしまうことでしょう」
「ふむ? なるほど・・・・・・」
ジフ様も二人の無残な姿を見ながら頭蓋骨を傾げる。
「そこで私達に少し時間をいただけないでしょうか? アライさんとウドーさんを治療して偉大なるジフ様に相応しい力を手に入れたそのとき・・・・・・再び御前に戻ってきますので・・・・・・えぇ必ずや・・・・・・」
悩むジフ様に神官は畳み掛けるように話をする・・・・・・若干最後の方が聞き取れなかったが真剣な眼差しと言葉に合わせて振るわれる手の動きになぜか心を動かされる。
「私のためにそこまで・・・・・・」
ジフ様も感動されているようだ。
「アーネスト様、彼の言葉は?」
「虚実言霊を使ったけど・・・・・・嘘は言ってないわ」
背後で話声がした。デニム様とアーネスト・エンド様が何か話されているようだ。そこにジフ様の声が割ってはいる。
「デニムッ! そして第九席アーネスト・・・・・・さ、ま。こいつらをなんとかできないか?」
「はぁ~い、ジフ様。なんとかしま~す」
アーネスト・エンド様はジフ様の命令にあっさりそう答えると手を広げた。その指の間には丸い金色の球体が四つ挟まれている。
「ジフ様はどこかの派閥に属していますか~ん?」
「いや、どこにも属していないが・・・・・・」
「じゃあ大丈夫ですね~ん」
桃色の道化師は、よくわからない質問をしながら動かない人間二人に近づいていく。
「お薬の時間よ~ん。これを飲んでね~ん」
「ちょっ!」
女魔術師が道化師を止めようとするが、金色の球体――薬らしいから丸薬か?――は金ピカ男と変体男の口の中に押し込まれる。
「はい、あなた達も飲みなさい」
「飲みなさいじゃないよ! ガァ」
「アーネスト様でしたか・・・・・・その球体はなんなんでしホガ」
薬を勧められた二人が抗議するがアーネスト・エンド様はその口にも丸薬を放り込む。
「アーネスト・エンド様・・・・・・その丸薬は?」
「この丸薬は、わたくしが死霊王様より頂いた秘薬よ~ん。効果は精気増大、肉体強化・・・・・・」
「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「わぁぁぁぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇはぁぁぁぁぁぁ!!!」
桃色道化師か自慢げに話す傍では、金ピカ男と変体男が精気を放ちながら立ち上がっていた。その様はまさに復活というべき凄まじい力に溢れている。
「俺様は!!! 勇者だ!!! 最強の勇者だ!!! 力が!!! 力が溢れてくるぜぇぇぇーーーー!!!」
「今なら分かるぞ!!! 我の拳はまだまだ未熟だった!!! これこそが力だ!!!」
「嘘じゃないの・・・・・・アライもウドーも治ったの! 良かった!!」
「こんなに効果的な薬があるとは・・・・・・飲まずに売れば金貨何枚になったか!」
丸薬を飲んだ四人はあの勇者達を彷彿とさせる圧倒的な力を纏っていた。新たに得た力に酔っているのだろう歓声を上げるたびに精気が部屋を揺らす。
そんな彼らを見ながら御二人の会話が進む。
「しかしよいのですか? 死霊王様の秘薬とはつまり不老不死の・・・・・・」
「いいえ~ん。不老不死の秘薬じゃないわ。秘薬は秘薬でもどんな人間でも死霊魔術師になれる薬なの。なんと防腐効果付きで苦痛もないのよ~ん」
御二人の会話に部屋の揺れが治まった。溢れていた青い精気が消失したのだ。
精気の源だった四人がこちらを・・・・・・いや、アーネスト・エンド様を目を飛び出させながら――文字通り本当に出ている――見ている。その瞳には縋るような・・・・・・希望を求めるような必死さに満ちていた。
どうしたのだろうか? ・・・・・・そうかっ!?
仲間になりたそうにこっちを見ている彼らへ私は笑いながら伝える。
「カタカタ! カタカタカタカタ!」【安心! もう死に損ない!】
八つの瞳に死が満ちていく・・・・・・
昨日の敵が今日の友。
アンデッドにとっては珍しくもありません。