たった一人の勝利者
強者とは最後まで戦場に立っている者です。
「・・・・・・分かっていただけたようで嬉しいです。クイッタ様、もうこんなことをされてはいけませんよ」
諭すような言葉を最後に死霊魔術師デニム様の顎骨は動くのをやめた。デニム様の長い長い話がやっと終わったのだ。
「「「「「「「【ハァァァーーーーーーーーーッ】」」」」」」」
死に損ないも生者も関係なく全員が安堵した。
本当に長かった! 永遠に続くかもと思ってしまった・・・・・・途中、部屋を大きな揺れが襲い、さらに頭上から岩が落ちてきても説教を続けるデニム様の姿には恐怖すら感じた。
「は、い・・・・・・お世話に、なり・・・・・・ました」
ヨロヨロと立ち上がりながら魂の残りカスを零す蝿魔人・・・・・・すでに召喚札に呼ばれたときの迫力は欠片も残っていない。小刻みに震える体は、痩せ細り腰も片手で抱えられほどまでになっている。複眼を外して覗いた赤い瞳もまったく動かず蝿の目より不気味に感じる。
「クイッタ様、落ち込まずに。これからです。これから頑張ればいいんです」
「ひいぎぃぃぃ!? 頑張りますっ! す、ぐにぃぃぃ帰ってぇぇぇーーー頑張ります!!」
デニム様の優しい追い討ちに蝿魔人は、ひきつった叫びを上げながら自らが現れた黒い渦に飛び込んだ。
私は蝿魔人を可哀想とは思わない・・・・・・逃げられただけ幸せなのだ。まだここには逃げることもできない哀れな者達がいる。
「コモノデス。チョウシニノッテマシタ。ザコデス。ジツリョクジャナカッタデス」
「あたしが間違ってました。金貨は大事じゃないです。仲間が大事です」
「アガアァァァアガアァァァァァァァァァァアガ」
「私は誰だ? ・・・・・・私は神官だ! ・・・・・・神官だったか?」
私はデニム様の前に正座する者達――金ピカ男他三名――を眺めながら思う。
絶対にデニム様を怒らせないようにしよう!!
「チュウチュウ!!」「コンコン!!」「ワンワン!!」「ニャニャ!!」
死体獣踊子隊も頷いている。
私が同胞と魂の域で同調しているとデニム様が再び顎骨を動かした・・・・・・ジフ様とアーネスト・エンド様に向かって。
「さて・・・・・・ジーン様、アーネスト様」
「はい!」「なにん!?」
「? どうされたんですか? そんなに驚かれて?」
デニム様、御二人とも怖がっているんです。
「な、なんでもない! そっちこそなんですか!? デニム!」
「いえ・・・・・・私情で長々と話をしてしまったことを謝罪したく・・・・・・申し訳ありませんでした」
「なんだ、そんなことか・・・・・・こっちに飛び火したのかと」
「飛び火? なんの・・・・・・」
「そんなの全然気にしなくていいのよ~ん! それよりさっきのクイッタだっけ? どんなお知り合いなの?」
桃色道化師がいつもより余裕のない声でデニム様に尋ねる。
アーネスト・エンド様! いい仕事です! 素晴らしい誘導です!
「クイッタ様との関係ですか? そうですね。一言でいいますと・・・・・・仲人でしょうか」
「仲人?」「死霊魔術師があぁ~ん?」
ジフ様とアーネスト様の疑問に私も同調する。
仲人――結婚の仲立ちする人――結婚――男女が共に人生を歩むこと誓うこと。
死霊魔術師――死に損ないを創造する魔術師――葬式ならまだしも結婚式には、いることさえ遠慮していただきたい。もちろんジフ様は別だが・・・・・・
「はい。あれはそう・・・・・・もう二年ほど前でしょうか。私は、滅亡したスチナ王国の残党を狩っていました。
そんなおり降伏した魔術師を死霊魔術師にしようとしていたらクイッタ様が『その人間を私に渡せ!』と殴り込んできまして」
「殴り込んで・・・・・・よく無事だったわね~ん!?」
「その時もゆっくり丁寧に話をして落ち着いていただきました。
そして話を聞くと『以前、戦場で情けを掛けられたから再戦したい』と仰る。しかし私には分かりました・・・・・・これは恋だと!」
「・・・・・・魔人って負けず嫌いだしぃ~ただ単に勝ちたかっただけじゃ・・・・・・」
「いえ! これまで数多の恋人達を人生の墓場に導いてきた私には分かったんです。事実、その後御二人は、結婚に反対する親や親類を説得し捩じ伏せ見事にゴールインしました。
私はそのとき説得の方法を助言したりしたんです。もっとも死に損ないになることだけは許されなかったのですが・・・・・・前途ある死霊魔術師が一人減ってしまったのは少々残念でしたな」
人生の墓場って言った! 仲人としてそれはいいんですか!?
「どこの恋愛物語だ・・・・・・魔人が白馬の王子様をやってどうする?」
「そうね~ん? そこまでやるなら魔術師じゃなくお姫様じゃないと~ん」
「白馬の王子? ジーン様・・・・・竜喰らいと呼ばれていてもクイッタ様はれっきとした淑女。王子とは失礼な。
それにアーネスト様も、確かにクイッタ様の御主人は、元スチナ王国の王族ですがお姫様と言われるのは少々問題が・・・・・・」
「は!?」「あら!?」【淑女!?】
デニム様の不意討ち口撃に私達全員が目と口を穴が開くほど広げた。凍りついた頭蓋骨を徐々に動かして先ほど消えた蝿魔人の姿を思い出す。
顔は脱着できる複眼でよく見えなかったが・・・・・・少年のような高い声、細い腰、痩せた中そこだけ膨れた胸・・・・・・確かに・・・・・・女?
「ムノウデス。ユウシャシッカクデス。サセンサレマシタ。ココロザシガヒクイデス」
「自分を大事にします。仲間を大事にします。死者も大事にします」
「ワァァァガチイィキィィィィヨォォォォォォワィィィィ」
「私はエタリキ? ・・・・・・私は人間! ・・・・・・人間だったか?」
・・・・・・死者も生者も区別なくデニム様の話は効果抜群のようだ。
言葉は拳より強し・・・・・・いい言葉です。
ちょっと違いますか?