デニムの戦い
顎割れ死体騎士においでおいでされている彼の出番です。
魔人軍団将軍クイッタ・マファットを相手に彼はどのように戦うのでしょうか。
「・・・・・・」
長身の死霊魔術師デニム様が魔術師の外套を翻し神官に召喚された魔人クイッタを睨む。
「・・・・・・」
対する魔人もブクブクに膨れた体をゆっくりと動かし蝿の複眼でデニム様を見つめる。痩身のデニム様と比べるとその逞しい・・・・・・というか肥満体型がより一層際立った。
どのような食生活をすればあんな体型になるのだろう? 疑問の答えはやはり両手に握る巨大なナイフとフォークか・・・・・・
「ひさしぶりですな、クイッタ様」
一同が注目する中、先に動いたのは意外にもデニム様。それは穏やかな声で紡がれる魔術・・・・・・ではなく丁寧な挨拶だった。
デニム様!? この蝿団子と御知り合いで?
「はい? ・・・・・・あ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
私が驚いていると蝿魔人が甲高い声を上げる。蝿魔人は、声を上げながら額に手を伸ばし蝿の目を上に・・・・・・そうまるで面鎧のようにずらした。
へ?
顔についていた二つの複眼が上にずれて瞳・・・・・・普通の目が現れたのだ。大きく開かれその赤い目はデニム様を映す。
お、恐るべし魔人! 目が取り外せるとは・・・・・・ふ、ふん! 私だって頭蓋骨を外せるんだぞ! 凄いだろ!
ちょっとだけ動揺する私の前で二人の魔人と魔術師の会話が進む。
「はい!? デニムさん! どうして?」
「『どうして』と御聞きしたいのは私のほうです。なぜ人間の召喚なんかに応じているんですか?」
「は、い、えー・・・・・・それは・・・・・・」
「それは?」
「・・・・・・ちょっと、ヘソクリを、貯めようと思いまして」
「はぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーー」
おずおずと答える蝿魔人にデニム様が頭を押さえる。
「クイッタ様!」
「はい!」
「あなた様は、魔王軍魔人軍団の将軍様のはずですが・・・・・・思い違いでしょうか?」
「・・・・・・はい・・・・・・将軍様です」
「将軍様となれば十分な報酬があるはずですが?」
「は・・・・・・い・・・・・・」
「だいたいなんですかその格好は? わざわざ変な作り声までして」
確かに・・・・・デニム様の口撃が始まってから蝿魔人の声は、低い恐ろしげなものから若者・・・・・・いや、いっそ少年のような声に変わっている。
「はい、これは迫力のない姿だと値切られると聞きまして・・・・・・」
「・・・・・・魔人軍団も死霊軍団も・・・・・・何を考えているんだ」
デニム様が呻く。
「はい? 怖くないですか? このエプロンとか料理で汚れたのを再利用してみたんです」
「そのナイフとフォークは?」
「はい! これはいつも食事に使っているものです。着替えるの忙しくて剣を忘れてしまって」
「本来の仕事はどうしたんですか? 将軍様?」
「はい? 本来の・・・・・・仕事? ・・・・・・あっ!? はい、はい、そちらは大丈夫です。子供がいるということで後方勤務になったんです。補給部隊なんですが魔人て数が少ないから暇で暇で・・・・・・」
「!!!!!!」
・・・・・・はて? 今、デニム様から何か千切れる音が・・・・・・
バァァァーーーン
死体獣踊子隊が鳴らした大音を合図にそれが始まった。
「クイッタ様!!! あ・な・た様は魔人軍団の将軍でしょう!!! 何がヘソクリですか!!! 補給だろうが、防衛だろうが、工作だろうが暇なら暇でやることがあるでしょう!!! それに子供がいるから後方に回されるということは安全のためですよ!!! なのに何、召喚に応じているんですか!!! 私も生前には無茶をやりましたがあなたにはもう御家族がいるんでしょう!!! もしこんなことで死んだりしたらどうするんですか!!! 御子さんもまだ一歳ぐらいでしょう!!! もう少し自分の体に気を使ってください!!! だいたい二年前も・・・・・・」
・・・・・・耳が、耳が痛い・・・・・・なんですかデニム様のこの御説教というか・・・・・・心に突き刺さるような口撃は・・・・・・
「あーーーどこの馬鹿だ? デニムを怒らしたのは?」
あ? ジフ様!
いつの間にかジフ様が私の隣に並ばれていた。
【蝿魔人】
「蝿魔人? ・・・・・・確かに蝿っぽいな。なんであんな仮装を」
【ジフ様、金ピカは?】
私はジフ様の御質問に素早く正確に答えた後、気になったことを御聞きする。
「ん? あの小物なら・・・・・・あそこだ」
ジフ様が指差す先には・・・・・・
「・・・・・・オレデス。コモノハオレデス。セコイノハオレデス。ザコハオレデス。サセンサレタノハオレデス。コモノハオレデス。ザコハオレデス・・・・・・」
・・・・・・顔中の穴という穴から赤い液体を滴らせ、虚空に向かって語り続ける金ピカ男がいた。
「案外素直な奴だったな。はっはっはっはっはっはっはっ!!!」
ジフ様がすきっとした様子で笑う・・・・・・ジフ様の気分がよくなったようなので私も嬉しくなる。
「・・・・・・若いときは少々の無茶も無理もやってみるもんです!!! しかし! しかしですよ!! あなた様は、魔人族の高貴な血筋にあり!!! さらには守るべき家族もいるんです!!! そもそも周囲の反対を力で捩じ伏せてまで結婚したんでしょう!!! あなたがいなくなったらどうするんですか!!! たかが金貨数十枚のためにそんな危険を冒して・・・・・・」
しかしデニム様の延々と続く話にジフ様の笑い声は掻き消されていく。
「はっはっは・・・・・・あーいやだ! いやだ!」
なんかジフ様が嫌がっている。どうされたのだろう?
「どうされたの~ん? ジフ様?」
桃色道化師アーネスト・エンド様が尋ねてくれる。
「どうしたも何も・・・・・・あの説教だ・・・・・・昔、さんざんやられたから聞いてるだけで嫌になる」
「やめさせます?」
「止せ! 絶対に邪魔するな! ・・・・・・こっちにまで飛び火する」
ジフ様・・・・・・頭蓋骨が真っ白ですよ? 血の気がありません、大丈夫ですか?
「・・・・・・それに魔人軍団の将軍が死霊軍団の本拠地で暴れたらどうなるか分かっているんですか!!! 確かに私達死霊魔術師は『所詮元人間』『死体欲しさに協力しているだけ』『あいつら臭い』とか言われていますがそれとこれとは話は別!!! いくらクイッタ様でも降格や左遷じゃすまないんですよ!!!」
「ちょっ! ちょっと待ってください!! はい!!! 待ってください!!!」
蝿人間が手を挙げてデニム様の説教を遮った。
私は勇気ある行動とその姿に驚く・・・・・・少し眼窩を逸らしていた間に肉団子みたいだったふくよかな体が萎んで小さく、本当に子供ぐらいの大きさになっていたのだ。
「何ですか?」
「はい! 私の召喚契約は、『金貨五十枚と引き換えに人間一人を殺す』ですから皆さんに危害は・・・・・・」
「馬鹿め」
デニム様に反論というか言い訳を開始した蝿魔人を見てジフ様が吐き捨てる。
「クイッタ様!!!!!! 私が言いたいのはあなた様の契約内容や私達に危害を加える加えないではなく!!! 自らの身を軽々しく危険にさらすことが大きな過ちであることを知っていただきたいのです!!!」
デニム様の口撃力が上がった。
「怒ったデニムに反論するとは愚の・・・・・・」
そんなジフ様の呟きを遮り他の声が上がる。
「クイッタさん! 何をしているんですか! 早くその死に損ないを・・・・・」
神官が無謀にも蝿魔人を咎める・・・・・・デニム様の話を妨げて・・・・・・
「神官!!! おまえもだ!!! エタリキと言ったか!!! 聖一教の神官とあろう者が魔族を召喚するとはどういうつもりだ!!! 神官とは神に仕えるものだろう!!!」
「死霊魔術師にそんなこと・・・・・・」
「私は神を信じる者についての心構えについて話しているんだ!!! 聖一教だろうが邪教だろうが神を信じるならまずその神の力と奇跡を信じるのが筋というものだ!!! 何も召喚札を使うなと言っているわけではない!!! 順番が違うと言っているんだ!!! 命がけの戦場、切り札を持つことは間違ってはいない!!! しかし!!! だからこそ・・・・・・」
神官が蝿魔人と一緒にデニム様の口撃範囲に入った。
「あーーーー・・・・・・神官こそが愚の骨頂だな・・・・・・触らぬデニムに祟りなしだ」
ジフ様のありがたい御言葉は・・・・・・
「・・・・・・自分の本分を見つめ冷静に考えればやるべきこと、やらなければならないことが見えてきます!!! 迷うようなら誰かに聞くのもいいです!!! 間違いに気づいたらそこからやり直すしかないんです!!! 少しだけ考える!!! 間違っていたら直す!!! これの繰り返しが・・・・・・」
・・・・・・デニム様の抵抗不能、防御不能、生存不能三拍子揃った圧倒的口撃の前に虚しく散った。
契約はよく考えて結びましょう。
もちろんクイッタとエタリキの両方です。
デニムとクイッタの関係?
それはまた後の話で・・・・・・