神の力
力といってもいろいろあります。
【あ、あれはぁぁぁ!?】
私は神官の取り出したカード――人々に不幸と絶望をもたらす呪われた道具に恐怖する。
ま、まさかあの魔の遊戯をする気か!?
魔の遊戯――夜の酒場、休憩時間の兵舎・・・・・・人の心の隙間に忍び寄り、欲望を糧に行なわれる儀式――その名を・・・・・・馬鹿裸。
馬鹿――つまり敗者は、銅貨一枚残さず丸裸にされる恐るべき賭けカードである。
先輩に連れて行かれた酒場で初給料を全部スったのは、今も頭蓋骨に刻み込まれている。私の全給料を手に入れた先輩も丸裸にされていたし・・・・・・賭けカードとは本当に恐ろしい。
鳥肌・・・・・・は立たないが腕骨を擦る。
「ちょっと待ったぁ!」
私が震えていると紙片を手に微笑む神官に長身の死霊魔術師――デニム様が制止の言葉を放った。デニム様も馬鹿裸の恐怖を知っているのだろう。その声には焦り、必死さが感じられる。
「ふむ? なんですか死霊魔術師さん。降伏なら認めてあげますよ?」
「違う! それは召喚札だろう!! しかも魔族の!!!」
世間話のように気軽に応じる神官にデニム様がさらに突っ込む。
しかし・・・・・・召喚札? なんだカードじゃないのか。良かった!
「よく御存知ですね・・・・・・そうですよ。事前に契約をしておけば何時でもどこでも誰でも呼び出せる。本当に便利ですよね召喚札って」
「そうじゃない! おまえは神官だろう!! それにどこが神の力だ!?」
「そうよね~ん? もしかして紙の力とか言う冗談?」
デニム様の過熱する口撃とアーネストエンド様の質問にも神官は丁寧にしかし淡々と応じる。
「はい。聖一教の神官ではなくダブロス王国国教・・・・・・真聖一教の神官ですが。間違いなく神官です。
それに召喚札も間違いなく神の力ですよ? 信者からの寄進に異端者の財産・・・・・・全て神の御力です。そしてその浄財によって購入したこの召喚札も・・・・・・当然、神の御力です」
なるほど! ・・・・・・あれ? そうなのか?
「それのどこが神の力だ・・・・・・神官として心が痛まないのか?」
「むしろ金の力?」
疲れた声と呆れた声が響く。
やはり神の力ではないらしい。
「心ですか? 痛みますよ。この召喚札一枚いくらすると思っているんですか? 竜さえ喰らう魔人の召喚札・・・・・・裏でも滅多に出回らない最高級品です。実を言うと使うのは初めてで・・・・・・」
神官はカードを掲げながら続ける。
「・・・・・・さあ、決意が鈍ってしまうのでさっさと使いましょう。
金貨五百枚を代価に契約の元、現れよ! 竜喰らいの魔人! その名はクイッタ・マファット!」
魔人を呼び出す神官の声にカードは、解け広がり黒き紋章を描き出す。
神官というより奇術師に見える。目の前で完成した紋章は、黒い渦に変化し・・・・・・何者かが這い出てくる。
「金貨で契約って・・・・・・それにクイッタとは・・・・・・」
「デニムちゃん知ってるの?」
「はい、よく知っています・・・・・・ここは御任せください」
「何者なの~ん?」
「・・・・・・魔王軍魔人軍団の将官です」
「あら!」
御二人が話す中、渦から這い出た魔人が立ち上がる。
それは、人と変わらない背丈に二本ずつの手足、顔も一つ・・・・・・人型ではある。ただし体は水を入れた皮袋のように膨れ、全身に針のような黒い毛が生えている。顔も人の目ではなく蝿の目である。
まさに化け物・・・・・・さらに人をそのまま捌けそうなナイフとフォーク、体の前面を覆う前垂れ――黒い痕は血だろうか?――が生前の本能を呼び覚ます・・・・・・『逃げろ』と。
その蝿人間が口を開く・・・・・・唇は黒いが人の口だ。
「この度は召喚していただきありがとうございます」
低く脅すような声だが・・・・・・意外と丁寧だ。
頭を下げて神官に挨拶している。
「見かけによらず丁寧な対応ですね。頼みますよ」
「はい、御任せください・・・・・・その前に契約内容の再確認をさせていただきます」
「再確認ですか?」
「はい、契約内容は金貨五十枚と引換えに人間一人を殺すというもので間違いないでしょうか?」
「金貨五十枚? 私は金貨を五百枚払いましたよ?」
「はい? ・・・・・・おかしいですね? 私は今召喚されたばかりですが・・・・・・?」
「そうじゃありません。召喚札を金貨五百枚で買ったと言っているんです!」
「・・・・・・御客様、大変申し上げにくいのですが御使用になられた召喚札は後払い用です。どなたから購入されたのか知りませんが・・・・・・金貨五百枚の価値は無いですよ」
「・・・・・・あいつめ・・・・・・神官を騙すとは・・・・・・」
なんか神官と蝿男が話し込んでいる・・・・・・揉めているのだろうか? ならば!
私は右手――蛇骨の腕をしならせ雷光の剣で神官を狙う。
【ジャーーーーーー!】
稲妻を纏う一撃は蝿男の横をすり抜け伸びる。
「はい! 商談中です」
しかし雷光の蛇は、神官に届くことはなかった。言葉と共に差し出された三つ又の槍――巨大なフォークで止められたのだ。フォークを通じてその持ち主――蝿男を雷が焼くが・・・・・・平然としている。
「・・・・・・ありがとうございます。クイッタ・マファットさん」
「はい、どういたしまして。これぐらいはサービスです」
「実力は確かですね・・・・・・分かりました。金貨二百枚を払いますのでその四人を倒してください。頭蓋骨は傷つけないように御願いします」
神官の言葉に蝿男――竜喰らいの魔人クイッタ・マファットが振り向く。その蝿の瞳に私達は餌のように見えているのだろう。
私は右手を巻き戻し雷光の剣を構える。
「大丈夫だ」
しかし私を止めるように骨の腕が伸びた。
死霊魔術師デニム様が進みでる。
背骨を伸ばし魔人を見据えるその姿はいつもの影の薄い・・・・・・控えめな態度は消え決意と自信・・・・・・というより義務感にだろうか。とにかく何かが溢れている。
「私に任せろ」
長身の魔術師が魔人と向かい合う。
権力、財力、腕力・・・・・・
どれも神様のじゃなくて人の力ですね。