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無色の魔法士  作者: パンプキン
2/5

コキョウ

「ここが、そうか……」

 ぼそりとつぶやいて、その声が変声機にかけたような機械的な音になっていたことに気づく。顔の高さまで左手を持ち上げてみると、その輪郭がノイズ現象で歪んでいるのがわかった。眺めているうちにそれは徐々に収まっていったが、本来なら具象化が済んだ時点で構築は完璧なものになっているべきだった。

 転移こそ成功したが、再構築の処理に難が残ったようだ。

「修理後の試運転は完璧だと聞いていたがな」

 調子の戻った、本来の自分の声でシリムは愚痴を漏らした。

 拳を握り、また開いてみる。問題なく動きはする。触覚が正常に働きだしたのか、体を叩き、着ていた白いロングコートをはためかせる強い風を感じることもできるようになった。吹き荒れる風が黒髪をかき乱す。

 存在の構築と維持は正常となったようだが、やはり一抹の不安は拭えない。

「転移装置の不備か」

「急ぎの仕事だった。ちゃんと機能しただけ……」

 背後からの機械音に、振り返る。構築の最中らしく、存在が乱れて四肢を激しいノイズに波打たせる女性の魔法士が、こちらを見つめている。転移の影響で場が不安定になり、空間が融解したかのように蜃気楼を引き起こしていた。

「技師たちはよくやったさ」

「お前が先か、ネル」

 ノイズが消えれば、彼女がシリムと同じ白のロングコート――彼らの所属する組織の制服だった――を着ていることがわかった。最精鋭である『無色』の中では非常に珍しい、女の魔法士。

「破壊された転移装置を、わずか一ヶ月で修復したんだ。少々の不備には目をつぶってやれ」

 存在維持が落ち着いたのだろう。ネルは、肉声でそう話す。

「かといって、存在維持の支障は看過できんな。離肉した俺たちにとって、これは死活問題だ」

「それはそうだが、処理速度が遅れているだけのように感じる。支障はないだろう。……他の二人は?」

「転移に手間取っているのか、座標照準がずれているか。もしくは奴らが正確で、俺たちが照準から外れた場所で構築されたのか」

「……まあ、こんな場所に放り出されればな」

 ネルは呆れて、足元を見る。足元といって、そこに地面があるわけではない。舗装されたコンクリートがあるわけでも、緑の雑草が生えているわけでもない。彼女とシリムの足元には、なにもなかった。強いて言えば、白い綿雲がある。

「雲の上か。確かに、狙ってここに送り出したわけでもなさそうだな。当初の目的地から大きく外れてなければいいが」

「なによりも、まずは合流だ。ネル、探査をかけて二人の存在を確認できるか……」

 彼が言い終わるよりも早く、変化が起きていた。

 シリムのすぐ隣で、球体の魔方陣が二つ、虫の羽音のように耳障りな機械音をあげながら発生する。白い光によって描かれた立体式が虚空から誕生、膨張し、シリムの身長ほどの直径に達すると、今度は中心に向かって高速で収束。立体式がピンポン玉程度にまで縮む。

 ネルは二つの魔法式を観察し、言う。

「……二人の探査は必要ないようだな」

「ああ。だが、探査の準備はしておけ。どのみち必要になる」

「範囲は?」

「半径五十キロから始めろ。それ以上は精度が極端に落ちる」

「わかった。楽な広さではないのだがな」

 ネルの返事を聞き、シリムは注意を転移中の二人に戻した。

 小さな灯り火となった二つの立体式の周囲にある空間が、ノイズに揺らいだ。やがてノイズは人の姿を形作ってゆき、存在が確定に近づくにしたがって、次第と輪郭を明瞭にする。

 ノイズとはつまり存在の乱れであり、その維持になんらかの支障、もしくは存在の構築中に発生する現象だった。そのプロセス上、転移時にもノイズは発生する。

 分解、転送、構築。端的に言えば、これが転移の仕組みだった。分解の段階、そして構築の段階で、必ずノイズが入る。

 自分が転移した時にも気になったが、こうして見ているとやはり構築に時間がかかりすぎているように思える。が、速度を除く全体の進行そのものになんら変わった点は見受けられず、ネルの言うとおり問題はなさそうだった。

(とはいえ、あまり時間をかけすぎるのはよくないのだがな。特に、こいつはそれで騒ぐ)

 ノイズが消え、二人の魔法士が顕現する。両者共に白いロングコート姿だが、身長差が大きい。というよりも、片方がやたらとでかいのだが。

 二人のうち標準的な身長の男が、予想通り大声で騒ぐ。

「くっそ、やっぱ頭が痛くなる! 転移は何度やっても慣れねえ! しかもいつもより長いし!」

「どこか不具合があるか、ギル?」

「いつもどおりだ。頭痛がする」

「そのようだな」

 転移終了後からうるさく騒ぐ、スキンヘッドの魔法士から目を離す。彼は転移のたびにこうなので、頭痛とやらを一々不都合に数える必要はないだろう。

 次にシリムは、ギルとは対照的に無言でたたずむ、大柄の魔法士に視線を向けた。髪をオールバックにした魔法士はいつもの無表情で、頭を抱えるギルを見下ろしている。

「コーダ、お前はどうだ?」

「構築に時間がかかったのが気になった。体に異常はない」

「そうか。ネル、準備はできたな」

「今、私たち四人を探査対象から外しているところだ。……よし、いいぞ」

 答えるネルは、掌の上に球体の立体魔法式を展開。自転する白い発光体の外周を、もやのような膜が覆った。膜は立体式を覆い尽くすと淡く輝きだし、段々と光量を増してゆく。

 そして、膜が弾けた。

 光が四方に散り、半径五十km内にあるシリムらを除外する彼らの同類、またはその痕跡を探す。

「私の魔法は完璧だと思う。転移照準が見当違いの場所に定められていない限り、なんらかの反応があるはずだ」

「ああ。奴が存在した痕跡でも見つかれば、俺たちの転移照準が見当違いでないことの確信くらいはできる。探索はそれからだ」

 うなづき、探査の光が降り注いだ下界にシリムは目を向けた。そこには町があり、住居や店舗といった建物があり、道路には車が走り、多くの人々が暮らしている。当たり前のような平和がそこにある。

 かつての故郷を連想させる光景に既知感すら覚えるが、ここが異星であることは肝に銘じている。このような世界にあって、肉体を棄て去る『離肉』により生物の定義からも外れた者――無色の魔法士が誕生するはずがない。

(……ちいっ)

 内心で、舌打つ。

 あまりにも故郷に似すぎた場所は、過去の記憶を呼び起こす。シリムたちを拒否した故郷を。もう戻らない過去を。失った平穏を。

(だからなのか?)

 訊ねる。その問いに答えるべき人間は、ここにはいない。が、この星にいることだけは確かだった。その裏切り者の名を囁き、シリムは答えのない問いを繰り返す。

(だから、あなたはここに来たのか、レアリア?)



 エレベータに乗り込み、十二階まである行き先から八階を選ぶ。もう何度も通った廊下を歩き、迷うことなく二番目の角を左に曲がる。十の扉から一つを選び、ノックもせずにそれを開く。

 週に二度のこの習慣は、もう一年以上続けている。ありがたくもないことだが、おかげで体がこの部屋までの道のりを覚えてしまった。無意識に足が動き、手が動き、気づけばもう部屋の前にいる。

 最初は確か、挨拶をしてから部屋に入っていた。それをしなくなったのは、そのたびに期待してしまう自分がいたからだ。今日こそは、返事が返ってくるのではないか。期待の数だけ、落胆したが。

「…………」

 辻本コウヘイは挨拶もせず、無言でそのベッドの隣の椅子に腰掛ける。

 静かに眠る母の顔は、三日前見た時となんの違いもない。先週どころか、一年前からなにも違いがないように見える。実際はそんなことはないのだろう。出張が重なり多忙なため、なかなか見舞いに来られない――しかしその多忙な中でも時間を作り、どうにか月に一度か二度は病院に訪れる父は、母が少し老けたと言う。コウヘイには、よくわからなかったが。

「……………………」

 なにを話すでもなく、なにをするでもなく、コウヘイは黙ってしばしの時間を過ごした。病室には時計がなく、またコウヘイも腕時計などしていない。携帯電話はどうせ病院内では使えないので、家に置いてきた。家と病院の距離は、歩いて十分ほどだったので、なくて困ることはない。

 だいたいの感で、五分ほどはたっただろうと見当をつける。

「……じゃあ、母さん」

 そう言って、椅子から立ち上がる。

 部屋を出るときの挨拶だけは、何故かまだ続けている。

 今日は日曜だった。次の見舞いは、水曜日になる。もしかしたら、父と見舞いに来ることになるかもしれない。そのときは、花くらい持って来よう。

 引き戸になっている扉に手をかけ、それをスライドさせる。

「あれ?」

 入室の際には難なく動いた扉が、どういうわけか開こうとしない。更に何度か力を込めてみるが、どう引いても固い手応えが返ってくるだけだった。鍵が掛かっているようだ。

「ったく。なんだよ」

 溜息混じりにつぶやく。

 少し気が引けるが、仕方がない。ナースコールで助けを呼ぶしかないだろう。扉に掛かった手を話す。備え付けられているナースコールのボタンを求め、母のベッドへ歩み寄ろうと振り返る。そして。

「え?」

 ベッドの横。数秒前までコウヘイが座っていた椅子に、見たことのない女性が腰を下ろしている。白い服を着ているが、明らかに白衣ではない。仮に医者だったとして、手品師よろしくの登場も意味不明だ。低い位置から上目遣いにコウヘイを観察するその女の仕草は、カルテに目を落としながら患者を診る医者のそれに似てはいたが。

 女が、首をかしげた。黒く長い髪が、小さく揺れる。

 何気ない一言のように、女は言った。

「あなた、お母さんを助けたい?」



 探査の結果は期待通りではあったが、実のところ少々意外でもあった。空振りに終わるだろうことを覚悟していたのだが、ネルの出した結果は魔力の感知成功と、大まかな検出位置特定だった。

 魔力の残留場所を絞り込むため、シリムたちは地上に降り再び探査を行うこととした。四人の中で最高を誇るネルの探査精度なら、五十キロの広範囲を探査したとしても誤差は半径二十メートル。そして二十メートルを探査させれば、精度はほぼ完璧といってよい。

 つまり、二度の探査で手がかりにたどり着けることになる。

 ネルの探査結果を待ちながら、男三人はなにをするでもなくこの星を眺めていた。誰も口にはしないが、おそらくは三人とも、共通の感慨にふけりながら。

(こうして見ると、やはり似ている)

 小さなマンションの屋上、そこにある貯水タンクの上に立ち、シリムは辺りを見回す。決して都会ではない、かといって極端な田舎でもない。情報部の資料によれば、ここはそういう町だそうだ。

 かなり前の記憶になるが、自分の故郷もここに似ていたように思える。

(風が吹き、空には雲が流れ、日は当たり前のように巡る。子供のころは、これが自然だった。遠くに海が見える光景まで似ている)

 遠目に、海の青が飛び込んでくる。これを見るのは、もう何十年ぶりになるのか。

「昔に戻ったみたいだな」

「……ああ」

 タンクに背を預け、やはり景色を眺めているギルに、シリムは素直に返事をした。コーダでさえ、ギルの声に頷いている。探査に集中しているネル以外の三人は、故郷の似姿に目を奪われていた。

「除外されたとはいえ、ここが移住地の候補に上ったことにも納得がいく」

「こんだけそっくりなのに、どうして候補から落ちたんだ?」

 ギルが、シリムを見上げて訊ねた。

「似すぎていたからだ。皮肉なことに」

「はあ?」

「知的生命体の先住――要は、俺たちと同じ人間がいたことが最大の理由だ。この町そのものが俺たちが暮らしていた場所に驚くほど似ているのもそのためだが、しかし人間が既に占領している土地に外から入り込もうとすれば、土地を巡ってのトラブルが必ず起きる。……そしてそれ以上に大きいのは、この星にも『淘汰』の発生する危険性があることだ」

「魔法がないのにか?」

 ギルの声の調子が、少し重いものを含みだした。淘汰の意味と対象、そしてその結果この星がどうなるか。彼も自分も、それを体験として学んでいる。

「魔法があるから淘汰がなされたんじゃない。人が人だったために、破滅を招いた」

「罪と罰ってやつか」

「そして業と責。因果応報。あるいは生存競争」

 どこか他人事のように、ギルとシリムは互いにつぶやいた。

 積もりに積もったものを借りを、先人たちの分まで合わせて返済させられた人間たちがどうなるか。それを思い知った時、人間は母なる大地に足を付けることさえ辞めなければならなくなった。そして実世界より退去した後にも、取立ての手は緩むことなく、命の贖いを強要する。

 正義の味方が守るのは、人ではなく世界だった。

 神が愛するのは、人ではなく世界だった。

 天秤にかけられ、終に見限られた人間の行く末は、筆舌に尽くせぬほど凄惨なものだ。

「絞れたぞ」

 ネルの報告に、シリムは我に返る。

「ここから北西にある小さな建物、おそらくは民家の中に、痕跡が――待て」

「どうした?」

 ネルの立体魔法式の外周に、異常を訴えて文字の羅列が飛び交う。探査範囲を表した簡易地図が出現し、その一点で揺らぎを観測する。表示された測定値のグラフが、直角にすら近い急上昇を見せる。

 はたから見ているだけでは詳細などわからないが、ネルの顔は明確な焦りを浮かべている。表記される情報の数々に目を走らせるたび、その焦りは濃厚になる。

「探査魔法に共鳴して、魔力が活発化している。その値はほぼ臨界。加えて……」

 苦虫を噛み潰した口調で、ネルは一言付け加える。

 なにかを抑えるように、ゆっくりと。

「質量、零。『無色』の信号、なし。レアリアではない。彼女が持ち込んだものだ」

 その言葉を聞いて――

 最初に連想したのは強大な化物でもなく、無敵の怪物でもなかった。

 閃く映像は、長い黒髪の魔女の微笑。

(そこまで……)

 漠然と、北西の方角を睨む。膨れ上がる魔力は、既に観測機なしでもシリムの五感を震撼させる域にまで達している。危機の気配が体を突き刺す。過去に裏付けられた経験則が、生物として培われた本能が、二重の戦慄となってシリムを襲う。

「そこまでするのか、レアリア……!」

 向かって北西の空間が、脅威をはらんで震える。

 空間を席巻することをも許された上位種。祝福され、具象化された純粋なる力。真の霊長。

 即ち、魔族。

 超越者たちは、案内人を得てこの星に足を踏み入れたようだ。


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