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無色の魔法士  作者: パンプキン
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プロローグ

「遅かったわね」

 気軽な口調で、彼女はそう言った。

 肩越しにこちらを見つめる黒髪の女性は、微笑を口元に浮かべ、普段通りの調子で振舞う。普段通りの声で、普段通りの白いロングコートを身にまとう。この状況では、その普段通りが、ひどく不自然だったが。

「でもちょうど良かったのかも。もう少し早かったら私の準備も整ってなかったし、もう少し遅かったら、黙って行っちゃうところだったわ」

「あなたは……」

 床一面に幾何学的な紋様が記された、大きな広間。そこに倒れ、痛みに呻く数人の男たち。十人ほどいた彼らは死んでこそいなかったが、床に伏せ、起き上がることもできないでいる。

 叩き伏せられた男たちの中心で、こともなげにたたずむ女性に、彼は叫ぶ。

「あなたは、自分がなにをしたかわかっているのか!?」

「家出、かな?」

 調子を変えず、女は答える。

 床の紋様が、白い光を帯び始めた。部屋が細かい振動を始め、複雑で繊細な魔法式が力を持つ。地鳴りが、部屋を揺らした。正方形の部屋の床、壁、天井――その向こうで、機械が唸りをあげて稼動している。この部屋という装置が、機能している。

「転移魔法装置が起動した……?」

 場に発生した力が、魔法式を駆けるのがわかった。気圧されるほどの膨大な力が、足元から立ち上る。圧倒的な存在感をはらんで、部屋は更に光量を増してゆく。

 空間を屈服させるに止まらず、それを隷属させる程にまで力は増大した。

「やっと、門が開いたわね」

「転移装置を無断で使用? 有り得ない。老人たちの承認がなければロックを外せないはずだ。いやそれ以前に、俺たちの鋳像管理の禁忌コードに抵触する。できるはずがない」

「甘く見ないでほしいわね。ロックくらい外せるわよ。この扉の施錠も……」

 彼女は、自分を示して言葉を続ける。

「私自身に掛かった鍵も」

「まさか……管理を解いたのか!? 肉のない俺たちにとってそれがどういう意味か、わからないあなたではないだろう、レアリア!」

 彼女の名を呼ぶ。

 鋳像とは本来、型に溶かした金属を流し込んで作った像のことだった。肉という器のない彼らは、現状の形を失わないよう、別のものにならないよう、常に管理されていなければならない。管理とは、彼らが人でなくなるための道を閉ざす錠である。それが落ちればどうなるのか、容易に想像がつく。

 人でいる術がなくなる。人から外れる。

 人でなくなったとき、彼らがどうなるのか。それも、常識として知っている。

「確かに危険だったわ。だから、あなたになにも言わずにいたのよ、シリム」

 彼女もまた、自分の名を呼ぶ。

 光が、一際強くなった。場の魔力が臨界域に達し、空間が捻じ曲げられる。そのしわ寄せとでも言おうか、部屋の中央――レアリアのいる場所から、突風が吹きつけられる。大気が押し退けられ、風となって叩きつけられた。

 シリムはその場に踏みとどまることができたが、部屋のあちこちで倒れていた男たちはそうもいかない。それぞれ吹き飛ばされ、壁に衝突する。

「行かせない!」

「無理ね。禁忌コードの生きているあなたじゃ、転移装置内で魔法を使えない。それでは止められない」

「非常時権限を行使すれば……」

「緊急事態発令が出ていないのに? さっきからそれを待ってるようだけど、無駄よ。私はそんな間抜けじゃない」

 おそらくは、警備装置にも手を回しているのだろう。彼女の行動を、中央が感知できないでいる。

 万一にも転移装置を破壊できないよう、シリムはここで力を使うことを禁じられている。彼には、レアリアを止める手段がない。

 これではまるで――

「そうか……」

 力を得たはずの今でも、必要には足りない。得たはずの力を使えもしない。

 無力。

「なら、連れ戻す。あなたがなんと言おうと、追って、そして捕らえる」

 虚勢ではない。そう自分に言い聞かせる。

 これは偽りではない。覚悟だった。

「ええ。待ってるわ、シリム」

 光の中、レアリアの体が崩れた。体がノイズに乱され、砂に変じたように分解される。だが分解は一時的なものだった。任意の場所への転送後に、再び構築されなおす。

「必ず来なさいよ」

 その声を置き土産に、崩れたレアリアの体が球体に圧縮され、消えた。どこか遠い場所に行ってしまったのだろう。転移技術がなければ、何万年も費やさねばならない距離にある場所へ。

 少なくとも、この星にはもういない。

「…………」

 転移が終了し、部屋は輝きを失った。肌を傷つけるのではないかとさえ思えた圧力も、呆気なく霧散する。稼動音なくなる。

 が、静寂の時間は刹那に等しかった。

 装置の中心部が爆発。炎が膨れ上がり、シリムを巻き込むが、肉のない彼には微風と大差なかった。この程度で存在維持の持続に支障をきたすことはない。部屋の端に飛ばされた男たち――肉のある男たちは、爆発の範囲外にいて無事のようだ。これも、彼女の計算の内だろう。誰も傷つけず、しかし誰にも止められず。

 壁の向こうで、爆音が響いた。転移を行うのに必要な精密機械を、ことごとく破壊している。追っ手の足を止めるために、彼女が仕掛けて行ったのだろう。

 火災に反応してか、今になって警報が鳴り響く。

「……くそ……!」

 炎に巻かれて、彼は呻く。認めたくなかったが、それはまるで泣き声のようだった。

 無力。昔も今も、自分はずっと。

「くそ……」




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