2話 魔族のお客様
魔王城は、黒かった。
壁も。
床も。
天井も。
重厚で、冷たく、無駄がない。
案内された玉座の間は、さらに広かった。
赤い絨毯。
高い天井。
柱が並び、奥に玉座がある。
その玉座に、男が座っていた。
角がある。
長いマント。
気配が、重い。
周囲には幹部らしき魔族たちが並び、誰も声を出さない。
静寂の中、メウラだけが、少し考えた。
(椅子、硬そうだな)
やがて、男が口を開いた。
「お前が、メウラ・ミオマーゼ・エテイーターか」
「はい」
「我は魔王だ」
「お世話になっております」
周囲の空気が、少しだけ揺れた。
魔王は続けた。
「我が軍の兵士三百名が、お前の薬を使用した」
メウラはうなずく。
「全員、体調が改善した」
幹部の一人が前に出る。
「戦闘継続時間が、平均で2倍になりました」
「連戦が可能になり、前線の維持力が向上しています」
「離脱者も減少しました」
メウラは少し考えた。
「水分は取っていますか?」
沈黙。
幹部が答える。
「……訓練中は最低限の補給のみです」
メウラは首をかしげた。
「補給ではなく、姿勢だと思います」
「それより、掛け声が長いです」
沈黙。
「……何だと」
玉座の間の空気が止まる。
魔王が低く問う。
「掛け声とは」
「戦闘前の、あれです」
メウラは両手を広げた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
沈黙。
幹部の一人が言う。
「士気を高めるためだ」
「長いです」
「気合だ!」
「八秒あります」
参謀が思わず記録を確認する。
「……平均七・六秒」
玉座の間がわずかに揺れる。
魔王が問う。
「長いと何が問題だ」
メウラは即答した。
「疲れます」
沈黙。
「叫ぶだけだぞ」
「全力です」
「当然だ」
「無駄です」
空気が凍る。
幹部が机を叩く。
「無駄だと!?」
「戦闘前に息が上がっています」
参謀が報告書をめくる。
「……開戦直後、呼吸乱れ多数」
「叫んだ直後です」
メウラは言う。
「三秒にしてください」
玉座の間が静まり返る。
「三秒?」
「はい」
「短すぎる」
「十分です」
魔王がゆっくり立ち上がる。
「実験だ」
訓練場。
兵士たちが並ぶ。
幹部が号令をかける。
「従来通り!」
「全力で叫べ!」
兵士たちが叫ぶ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
七秒。
開始。
数刻後。
数名が息を荒げる。
次。
「三秒!」
兵士たちが叫ぶ。
「うおお!」
開始。
数刻後。
呼吸、安定。
動きも速い。
参謀が報告する。
「開戦後三刻時点、持久力向上」
「初動の乱れ減少」
魔王が問う。
「なぜだ」
メウラは答える。
「酸素です」
沈黙。
「叫びすぎると、減ります」
幹部が呟く。
「……我らは、叫びすぎていたのか」
メウラはうなずいた。
「強さは、長さではありません」
静寂。
魔王が低く言う。
「全軍に通達せよ」
「三秒だ」
幹部が震える。
「三秒で足りるのか」
メウラは真顔で言った。
「敵は、叫び終わるまで待ってくれません」
沈黙。
その日。
魔王軍の掛け声は、短くなった。
「うお!」
そして戦闘継続時間は、
さらに伸びた。
玉座の間。
魔王が小さく呟く。
「……我も、長かったな」
メウラは首をかしげる。
「何がですか」
魔王は答えなかった。
ただ、深呼吸を一度だけした。




