1話「メウラ、お前船降りろ」
「メウラ、お前船降りろ」
海の上だった。
陸は見えない。
港までは、まだ半日以上かかる。
メウラ・ミオマーゼ・エテイーターは、勇者パーティから追放された。
戦闘力があまりに低い。
そのうえ大飯食らい。
完全にお荷物だった。
錬金術の腕にだけは自信があった。
だが、船の上では船酔いで――錬金術どころではなかった。
メウラはため息をつき、海に飛び込んだ。
泳ぎは問題ない。
水をかきながら考える。
(勇者パーティはクビか)
(じゃあ、帝都で店でも開こう)
開店初日。
扉の前に立ち、メウラは深呼吸した。
店内は狭い。
棚が三つ。
作業台が一つ。
薬瓶が並んでいる。
在庫は、ほとんどない。
(まずは回復薬と、疲労回復と……)
(あとは注文が来てから作ればいいか)
開店の札を出す。
通りは、静かだった。
人通りは少ない。
そもそも、路地裏だった。
一時間。
誰も来ない。
二時間。
誰も来ない。
三時間。
メウラは、椅子に座った。
(立地が悪かったかな)
そのとき。
扉が、静かに開いた。
入ってきたのは――魔族だった。
角のある男だった。
背が高く、黒い外套を着ている。
店の中を一通り見回し、
メウラの前で止まった。
「……ここは、錬金術店で間違いないか」
「はい」
男は懐から、小瓶を取り出した。
中の液体は、黒く濁っている。
「回復薬だ」
「市販品ですか?」
「そうだ。だが、飲むと魔力が乱れる」
メウラは瓶を受け取る。
軽く振る。
匂いを確認する。
沈殿を観察する。
「人間用ですね」
男の眉が、わずかに動いた。
「魔族は魔力量が多いので、触媒が強すぎます」
「……直せるのか」
「できます」
メウラは作業台に向かった。
中身を分離する。
沈殿を除く。
触媒を弱いものに変える。
攪拌の回数を増やす。
温度を少し下げる。
十分ほどで、新しい液体ができた。
「どうぞ」
男は、その場で飲んだ。
数秒。
魔力の揺れはない。
反動もない。
男は、ゆっくりと目を見開いた。
「……安定している」
「配合の問題です」
沈黙。
男は、金貨を三枚置いた。
「材料費だけでいいんですが」
「安すぎる」
男は扉の前で振り返る。
「……また来る」
扉が閉まる。
店内は静かになった。
メウラは瓶を洗いながら、考える。
(魔族向けの需要、あるのかな)
その日の午後。
扉が開いた。
また、魔族だった。
翌日。
三人になった。
三日後。
店の前に、列ができていた。
並んでいるのは、人間ではなかった。
角。
牙。
黒い皮膚。
赤い目。
魔族の列だった。
メウラは列を見て、少し考える。
(処方を標準化したほうがいいかもしれない)
そのとき。
列の後ろで、ざわめきが起きた。
人が、道を開く。
いや、人ではない。
魔族たちが、左右に下がっていた。
重い足音。
背の高い男が、店の前に立つ。
黒い鎧。
角は長く。
気配が、重い。
周囲の魔族が、頭を下げていた。
男が、店内に入る。
メウラの前に立つ。
しばらく、何も言わない。
そして、口を開いた。
「お前が、ここをやっている錬金術師か」
「はい」
男は言った。
「我が軍の兵士三百名が、お前の薬を使った」
メウラはうなずく。
「全員、体調が改善した」
少し間を置いて。
「戦闘継続時間が、平均で二倍になった」
メウラは、少し考える。
「水分と睡眠もとったほうがいいと思います」
沈黙。
周囲の空気が、少し重くなる。
男は、言った。
「魔王様がお前に会いたいそうだ」
メウラは、首をかしげる。
「健康相談ですか?」
店の外で、誰かが息をのんだ。




