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アルドレア戦記  作者: 猪飼 要
第四章
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第35話:陽光に芽吹く命 ①

帝国議会の重い扉が閉じる音が、やけに大きく響いた。

議場に積もっていた緊張が、さらに深く沈み込む。


円形の議場には陽光が差し込まず、

燭台に揺れる炎だけが、議員たちの険しい表情を照らしていた。

そして、王国第一王子が持ち込んだ“火種”が、議場の中心で赤々と燻っていた。


「王国との軍事同盟だと!?」

「帝国の仇敵であることに変わりはない!」


怒声が飛ぶ。

反響した声が議場の天蓋を震わせた。


だが、別の貴族が口を開く。


「しかし……それが叶えばノーレ方面に完全に注力できる。」

「……ふむ。“渡りに船”なのは確かだな。」


少しの沈黙。

議場の空気がじわりと温度を変える。


「つい先日も兵を向けられたばかり。

王国にそこまで信を置くのは……危険ではございませんか。」


カピス子爵の声は震え、手に持つ書類が小刻みに揺れた。


そのとき──


クロイツァーが立ち上がった。


椅子が軋むわずかな音。

それだけで、議場のすべてが息を止めた。


「臣下の暴走もノーレの陰謀あってこそよ。

……そのノーレも、虎の子の魔族を破られてから勢いを失った。」


ゆっくりと歩みを進めながら、彼は議場全体を見渡す。

青の瞳は冷ややかで、背骨山脈の山々のような重みを帯びていた。


「俺がこうして戦地を離れられるほどにはな。

……いよいよ万策尽きたと見える。このまま我らの地盤を固め、奴らの首を絞めるぞ。」


重圧が落ちたような静寂。

誰も異を唱えなかった。


そして──


木槌が一度、乾いた音を響かせる。

その音は、帝国という国の歴史が変わる合図となった。


こうして、異例の早さで

帝国と王国の軍事同盟は締結された。


夏の風が、涼やかというには冷たい温度で議場を撫でた。



明けて、城門前。


朝焼けの光が城壁の石を照らし、

まだ冷たい空気の中に、金色の筋が細く伸びる。


その光の中でエリアスが微笑んだ。


「見送りありがとう、エレ。」


朝の風が金糸の髪を揺らし、肩に淡く影を落とす。


「いいえ。どうか兄様……道中お気をつけて。」


紫水晶の瞳がわずかに揺れる。

別れの朝。その瞳は寂しさの色に染まっていた。


「安心してくれ。それに、リュークスやレベッカ殿もついているからね。

この親書は必ず陛下の元まで届けて見せるさ。」


リュークスも馬上で頷き、背筋を伸ばした。


「俺の命にかけても、殿下は無事に王国へ辿り着かせてみせる。」


朝の空気にその声がまっすぐに広がる。


次いで、レベッカが一歩進み、ヴィクトリアを向いた。

朝陽に照らされた真紅の髪が柔らかく光る。


「ヴィクトリアさんは槍の呪いに苦しめられましたが、それは魔王も同じこと。当分は動けないでしょう。

心の傷は、ゆっくり癒してください。──決して、無理はなさらぬよう。」


「はい。

……レベッカさん、数々のお力添えに感謝します。」


「ふふ、ぼくも新たな夜明けを見たいのですよ。」


くすりと笑い、風の中にその声が溶けていく。


そして──

レベッカの金赤の瞳が、今度はエレツィアへ向けられた。


「皇后陛下、お身体にはどうかお気をつけて。」


「……えっ?

ええ、ありがとう。貴女も。」


「いえ。そういう意味ではなく。」


朝の静けさが、一瞬だけ張り詰める。

レベッカの目が細まり、声が低く響く。


「貴女の中に、“貴女のものでない”小さな魔力の揺らぎを感じます。

──あとでお医者様に診てもらってください。」


言葉が、朝焼けの中に落ちた。

その一滴が、静かな水面に大きな波紋を広げる。


エレツィアは目を瞬かせる。

二度、三度──

ようやく意味が胸に落ちた瞬間、瞳が大きく見開かれた。


空気が止まり、周囲の誰もが息を呑む。


「……それでは、失礼します。

おふたりとも、また、お会いしましょう。」


飄々と頭を下げ、レベッカは馬車へ乗り込んだ。

まるで、何事もなかったかのように。


その背を追って、リュークスの怒声が響く。


「お、おま……お前!最後にそんな特大の“火種”を放り込んでいく奴がいるか!!」


その場にいた全員が、心の中で深く頷いた。


朝の風だけが、素知らぬ顔で城門を吹き抜けていった。

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