第33話:神代より ③
「次は……剣聖が振るう“剣”についてお話ししましょうか。」
レベッカは長机に視線を落とした。
黒曜の剣は静かに横たわり、鈍色の刃は陽光を鈍く返している。
まるで眠りの底で、呼吸を続けている生き物のようだった。
「“滅魔の剣”。
流星──神々の身から剥がれ落ちたひとかけらを素材とし、
神々自らが鍛えた“神剣”です。」
淡々とした口調だが、部屋の空気がわずかに引き締まる。
「魔王の誕生に呼応して目覚め、
“剣聖”を魔王の元へ導く意志を持ちます。
……ヴィクトリアさん。ここしばらくで、“剣が呼ぶ”ように感じたことは?」
赤い瞳が思案に揺れ、ヴィクトリアは胸の奥を探るように、ゆっくり頷く。
「はい。……剣が呼ぶ感覚がありました。
魔王の姿も知らぬはずなのに、
“何か”が流れ込んでくる……そんな感覚が。」
「それこそが剣の意志です。
ですが──意志に呑まれてしまえば、魔王と“相討つ”運命は避けられない。
あなたはそれを跳ね除けた。強い意志をお持ちだ。」
クロイツァーが忌々しげな声音で唸る。
「何が神剣だ。呪いの剣の間違いだろう。
黒曜、そんなものは捨ててしまえ。」
自国の宝剣とは思えないほどの吐き捨てる声に、レベッカは薄く笑みを浮かべた。
「おやめください。
魔王を討つためには必要な剣です。
……恐らく“破滅の槍”にも同じ意志があるのでしょう。
その意志が拮抗しているせいで、剣聖と魔王は相討ちとなってしまう。」
その一言が、部屋の温度をわずかに下げた。
『“この槍”が、『貴様を殺せ』と騒いでおる。』
ヴィクトリアの脳裏に、魔王の声がよぎった。
エリアスが重い空気を割るように問いかける。
「……それにしても、ただの一度も決着がつかないとは。
この争いは、どれほど続いているんだい?」
レベッカは少し目を細め、遠い記憶を辿るように口を開く。
「正確ではありませんが……五千年ほど、ですね。」
「五千……!?」
驚愕が重なり合った声が、部屋を震わせた。
「帝国ですら成立して数百年だ。
それほどの長きに渡り、“勇者”の血が続いてきたのか……。」
エレツィアが息を飲むように呟く。
「“歴史を見届けるもの”……。
その名は、私たちの想像よりもずっと、重いのね。」
「ぼくはただ、死に損なっただけですよ。」
そう言って、肩を竦めてみせる。
だがその仕草の裏に、途方もない時を背負った影があった。
ふいに、レベッカの表情が変わる。
「……うん?この剣──」
滅魔の剣へと近づき、刃の光を凝視する。
わずかに息を呑むような動き。
「どうした?」
クロイツァーが眉をひそめる。
レベッカは刃から目を離さず、低く呟いた。
「……この剣、数度“完全に覚醒”しています。
ただの剣聖ではありえません。
“勇者”が握った……?いえ、彼女に魔力はない。となれば……。」
そうして、言葉が途切れる。
何かが線でつながる瞬間の沈黙。
やがてレベッカは顔を上げた。
その瞳には、これまで見せたことのない、鋭い光が宿っていた。
「ヴィクトリアさん。妃殿下。
答えていただきたいことがあります。」
その真剣な声音に、ふたりは自然と背筋を伸ばす。
「──この剣が、“地上に降りた星のように”輝いたことは?」
沈黙。
記憶が揺れ、視線が交わる。
一拍置いて、ふたりはまっすぐに金赤の瞳を見つめた。
「……ふたりで、星を見た夜に。」
「そして──彼女が私に、誓いを捧げた日にも。」
その言葉を聞き、レベッカがそっと目を閉じる。
深く息を吐き、天を仰ぐ。
「……なるほど。そういうことでしたか。」
その声音は、静かでありながら、
息が詰まるほどの確信で震えていた。
「ぼくが五千年間待ち続けたのは──
あなた方おふたりだったのですね。」
クロイツァーが眉を寄せ、表情を強ばらせる。
「どういうことだ、魔術師どの。」
レベッカは真正面からその視線を受け止める。
まるで長い神話の続きを読み上げるように、静かに言った。
「結論から申し上げます。
ヴィクトリアさん。妃殿下。
──おふたりこそが、“勇者の継承者”。
そして今度こそ魔王を討ち、
世界に“夜明け”をもたらす者です。」
その言葉が落ちた瞬間、室内の空気が大きく震えた。
長い神代の因果が、螺旋を描くように静かにふたりへ収束していく。
言葉の余韻が落ち着くまで、誰も口を開かなかった。




