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アルドレア戦記  作者: 猪飼 要
第三章
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第31話:復讐の果てに ③

扉が弾け、第一騎士団の騎士たちが雪崩れ込んだ。

金属の靴音が石床を震わせ、寝室は一瞬にして戦場と化す。


その先頭には、漆黒の鎧を纏う“帝国の獅子”

──クロイツァーの姿があった。


「陛下を救え!」


鋭い号令が響く。

重圧に押されるように兵たちが散開し、刃が光を返す。

宰相の顔が蒼白に歪んだ。


「皇太子……!?なぜ、なぜだ!」


「これが“次代”だ、バラウン。

我らの時代は、もう終わったのだ。」


「黙れッ!おのれ……おのれ、シルヴァアッ!!」


宰相の手が懐へ伸びる。

閃いた短剣が、皇帝の胸に深々と突き刺さった。


「陛下ッ!」


クロイツァーの叫び。

皇帝が血を吐き、膝を折る。

赤が白い床を汚し、火のように広がる。


それでも、その目は燃え尽きる直前の星のように──最後の光を放っていた。


「……それが貴様の選択か、バラウン。

だが──余だけでは死なぬぞ。

乳兄弟として、貴様にも死出の旅に付き合ってもらう!」


皇帝は枕元から短剣を抜き、全霊の力を込めて宰相の胸に突き立てた。


「がっ……!」


鈍い音。

二人の体が絡むように崩れ落ち、血が一面に散った。

寝室の静けさが、再び冷たい鉄と血の匂いに染まる。


クロイツァーが駆け寄り、皇帝を抱き上げた。


「陛下!」


「クロイツァー……我が息子……すまぬ。

貴様たちの時代には……禍根を残すまいと……。

だが、ノーレを……魔族を……残してしまった……。」


「傷が深い……!喋らないでください!

誰か!医師を!急げ!」


「よい……最早助からぬ。

……ヴィクトリアにも、すまぬと伝えてくれ。

クロイツァー……どうか……平和な、平和な世を……。」


皇帝の手が力を失い、静かに落ちた。

瞳が閉じられ、光が途絶える。

長い歳月、帝国を背負い続けた男が、ようやく眠りについた。


「父上……。」


クロイツァーは深く目を閉じ、落ちた手を祈るように握る。

沈黙が満ち、血の滴る音だけが命の余韻を刻む。


「……先に逝ったか、シルヴァ。」


声の主は、血に塗れた宰相だった。

地に伏しながらも、まだ意識を保っている。


「宰相……。ずっと聞きたかったことがある。」


「……何で、ございましょう……。」


「貴様は、和平を崩そうとはしても、俺たちを直接害そうとはしなかった。

なぜだ?」


宰相は微かに笑みを浮かべた。

それは怒りでも嘲りでもない、乾いた微笑だった。


「ふふ……子を奪われる親の苦しみは……よく知っております……。

シルヴァだけには……知ってほしくはなかった……。」


「和平が叶えば、誰もがその苦しみを知らずに済む時代が来る。

貴様も、分かっていたはずだ。」


「惨いことを……仰いますな……。

儂は、未来を見るには……過去を積み重ねすぎました……。

……帝国に……栄光を……。」


その言葉を最後に、宰相の瞳から光が消えた。

“老梟”と呼ばれた男の最期だった。


血に濡れた床の上で、帝国の獅子だけが、その終わりを見届けた。

その頬を、涙が音もなく一筋流れた。


蝋燭が短く揺らぎ、炎が消える。

静寂が、ゆっくりと帝の間を覆い尽くした。


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