第31話:復讐の果てに ②
皇帝の寝室。
武装した兵が立ち入ることなど、本来あってはならぬ神聖な場所に、
今は幾人もの兵が並び立っていた。
厚い布帳が引かれ、燭台の火が鈍く揺らめく。
布と金属の擦れる音が、静寂を裂くように響く。
薄闇の中、老いた帝の姿が浮かび上がった。
皇帝は緩やかなローブをまといながらも、
その眼差しは未だに鋭く、眼前の男を睨みつけていた。
皺を刻んだ顔には、かつて戦場を統べた者の気迫が残る。
「ファーガス……貴様、どういうつもりだ……!」
声は震えていた。だがその震えは、恐れではない。
怒りと悲しみの混ざり合った、帝王の呻きだった。
「『どういうつもりだ』とは、こちらの台詞ですな、陛下。
──なぜ、戦をおやめになるのです。」
宰相の声は低く、感情のない調子で響いた。
その言葉は冷たく、鉄の刃のように乾いている。
「貴様にも話したであろう……次代に禍根は残さぬ。
それが、戦に生きた余の──けじめだ。」
皇帝の言葉に、宰相は皮肉めいた嗤いを漏らす。
「『次代に禍根は残さぬ』……。
ああ、実に感動的な御託ですな、陛下。」
嗤いが途切れ、次の瞬間、激情が爆ぜた。
「──では、なぜ儂の息子は死んだ!?
聡く、優しく、勇気のあった我が子が!
なぜだ!なぜだ!なぜだッ……!
……なぜ、儂から“次代”を奪った!!
なぜグレイが死ぬ必要があったのだ、シルヴァ!言ってみよ!
それも貴様の罪だ、全て、貴様のッ!!」
叫びが寝室の空気を震わせた。
その声は、狂気と慟哭のあいだにあった。
「……バラウン。」
皇帝は俯き、わずかに目を閉じた。
その声は覇者のものではなく、友を想う、ひとりの老いた男のものだった。
宰相は深く息を吐く。
吐息にこもるのは静かな狂気。
「……最早、王国との縁は切っても切れぬ。
まさか魔軍相手に援軍として駆けつけるとはな。
くだらぬ情に流されず、我が軍を見殺しにしておれば──
帝国は今頃、疲弊し尽くしていたものを。」
彼はゆっくりと天を仰ぎ、血の通わぬ瞳を細めた。
「だが、疲弊しようと帝国は滅びぬ。
いずれエルスーアなど蹂躙し、ノーレも、リュイペも、魔族すらも踏み潰す。
大陸の覇者として君臨する。
それが出来たはずだ。次の代では、それが叶ったはずだ……。」
「……その次代が、“共に手を取る”ことを選んだのだ、バラウン。」
皇帝の声が、それを遮った。
その声音には怒りではなく、静かな確信があった。
「認めぬ!認めぬぞ!平和など虚飾だ!
帝国の栄光を信じ、戦場で果てた者たちへの冒涜だ!」
叫びの余韻が室内にこだまする。
宰相の目には、もはや理ではなく、狂信の炎が宿っていた。
「ゆえに、シルヴァ。儂は貴様から“未来”を奪う。
折よく、その全てが我が掌中に収まった。
皇太子も、王子も、皇太子妃も、剣聖も──すべて殺す。
貴様の目の前でな。」
言葉は低く、だが確定した死刑宣告のように重かった。
「……貴様も生きられぬぞ、バラウン。」
皇帝の応答は短い。
しかし、その短さこそが、帝としての矜持を宿していた。
「構わぬ。このような世界に未練などない。
だが──ノーレの毒。あれは儂も押さえておる。
全員を毒殺し、ノーレの仕業とする。
杜撰ではあるが、十分だ。
貴様の絶望が見られれば、それでよい。」
宰相の口元に、薄く歪んだ笑みが浮かんだ。
その笑みには、憎悪と哀惜と、ほんの一滴の涙が滲んでいた。
「……貴様がここまで狂ったのも、余の責か。
しかし──思ったようにはいかぬようだぞ。」
「何……?」
その瞬間、部屋の外で短く乾いた剣戟の音が響いた。
金属が金属を打ち、甲冑が軋む。
一拍の静寂。
そして、




