第31話:復讐の果てに ①
あの後、武装した兵に囲まれ、
一行は全員拘束された。
冷たい鎖が擦れ合う音が、沈黙の廊を満たす。
鉄の匂いと緊張の熱気が混じり合い、
そのまま全員が、城の奥深く──
別々の部屋へと押し込められた。
⸻
「くっ……宰相め。強硬手段に出るとはな……。」
クロイツァーは歯を噛みしめた。
部屋には油灯が一つ、弱々しく光を放つのみ。
石壁は冷たく、湿気が重くのしかかる。
外からは、鎧の軋みと靴音が絶え間なく響いていた。
(恐らく──出征兵の数を偽り、余剰の兵を帝都周辺に伏せていたか。
常備軍が出払った今を狙い、その兵を掌握して動かした……そういうところだろう。)
周到ではある。
だが、どこか歯車が噛み合っていない。
(しかし、本来の宰相ならば、もっと巧妙に仕込むはずだ。
あの男が、これほど雑な手を打つとは……何を焦っている?)
思索を巡らせる。
だが情報が乏しい。
それに、他の者たちの安否も気がかりだった。
静かに息を吐いた、その時。
床の隅を、小さな影が横切った。
一匹の白鼠。
埃一つない石床をすり抜け、彼の足元でぴたりと止まる。
逃げもせず、真紅の瞳でじっと見上げてきた。
(……妙だな。)
クロイツァーが眉を寄せた瞬間──
『あ、あー。皇太子殿下、聞こえますか?』
その鼠が、人の声で喋った。
⸻
喉の奥にまで上がりかけた叫びを、咄嗟に飲み込む。
息を呑む音だけが、部屋に小さく響いた。
『あぁ……驚かせてしまいましたね。これは失敬。』
「──その声は……魔術師どの!?
一体、これは……!」
クロイツァーは身を屈め、声を潜めた。
『ふふふ、“魔術は破壊のみにあらず”、ですよ。
それはそうと、ご無事なようで何よりです。』
次の瞬間、別の声が割り込む。
『おや、その声は皇太子殿下。いや、驚きましたよね。』
エリアスの声だ。
『まあ……クロイツァーさまと兄様の声が聞こえますわ。
不思議な鼠さんね。』
エレツィアの穏やかな声が続く。
『……待ってくれ、俺はまだこの状況を呑み込めてない。』
リュークスの声も加わった。
クロイツァーは眉を寄せ、短く息を整える。
「そうだな。俺もだ。
だが──この術は……。」
鼠を見下ろし、声を潜める。
「魔術師どの。この術はどの程度の距離まで届く?戦場でも使用可能か?」
『え?うーん、この城内くらいなら問題ないと思います。
しかし戦場となると……検証が必要ですね。』
「もし戦場で使えるなら、命令伝達の在り方が変わる。
実地試験を行いたい。いつなら可能だ?」
『まずは、リュイペと帝国に正式な国交を結んでいただかないと。
陛下を口説き落としてください。』
「……なるほど。前向きに検討しよう。」
クロイツァーは真顔のまま応じた。
『……待て、なんの話をしてるんだ!?』
リュークスの声が割って入る。
『国交は私も取りなしてみますが、まずはこの窮地をどうにかしませんと。殿下。』
エリアスが半ば呆れたように口を挟んだ。
「……そうだな。だが策はある。
この魔術で第一騎士団に異変を伝えれば良い。
俺が命を下せば、必ず動く。それで宰相の企みは終わりだ。」
『……それは良案ですが、ぼくには第一騎士団の位置が分かりません。』
「鼠の目を使えるか?周囲の映像を伝えられれば、俺が位置を割り出そう。」
『承知しました。では、誘導はお任せしますね。』
『宰相が何を狙っているかも分かりませんわ。急ぎましょう。』
クロイツァーは小さく頷いた。
「──よし。魔術師どの、頼む。」
鼠の赤い瞳が、わずかに光を帯びる。
次の瞬間、石壁の向こうで鎧の音が遠ざかる。
静かだが確かな、“反撃”の幕が上がった。




