第30話:歴史を見届ける者 ③
クロイツァーも加わり、再び話が始まった。
燭台の光が、それぞれの輪郭を照らす。
誰もが息を潜める中、レベッカが静かに口を開いた。
「端的にご説明しますね。──傷は癒しました。
ですが彼女は今、“呪い”に冒されています。」
「……“呪い”だと?」
クロイツァーの声が低く響いた。
その一語に、場の空気がさらに重く沈む。
レベッカは小さく頷き、淡々と続けた。
「はい。
魔王が携えていた黒銀の槍は、“破滅の槍”。
あれには、剣聖にのみ作用する呪詛が刻まれています。
その力が、今まさに、彼女を蝕んでいるのです。」
「まさか、そんなものが……!」
リュークスの藍色の瞳が揺れ、息を呑む。
しかしレベッカは、まるで既知の事実であるかのように肩を竦めた。
「魔王と剣聖は、相争う運命です。
互いに“致命”を与える武器を持つのは、必然でしょうね。」
沈黙が落ちる。
炎が静かに揺れ、影が壁を這った。
その中で、エリアスが低く問いを発した。
「……待って欲しい。
それが事実だとして、なぜレベッカ殿がそれを知っているんだい?」
「そうだな。」
クロイツァーが腕を組み、視線を向ける。
「貴殿は──何者だ?」
視線が一点に集まる。
レベッカは一瞬だけ唇に笑みを浮かべ、静かに息を吸った。
「ぼくは……“勇者”と共に、“はじまりの魔王”と戦った魔術師。
神代より生き続ける、“歴史を見届けるもの”。
“不死の呪い”を授けられた、哀れな神の被害者ですよ。」
⸻
沈黙。
誰もが、言葉を失った。
蝋燭の光が微かに揺れ、床に伸びた影が長く歪む。
「……何もかもが、荒唐無稽だ。」
クロイツァーが低く呟いた。
「“勇者”に“神代”、そして“不死”だと?狂人の戯言にしか聞こえぬ。」
「他ならぬ君の言葉だ。
信じたいが……証拠がなければね。」
エリアスは腕を組み、視線を落とした。
レベッカは静かに笑う。
その笑みには、どこか氷のような諦念が滲む。
「ふふ……信じてくれとは言いませんよ。」
そのとき、鈴の音のような声が響いた。
「──私は、信じます。」
紫水晶の瞳が金赤の瞳を見据えていた。
その光は揺らがず、まっすぐだった。
「妃殿下……。」
リュークスが息を呑む。
「貴女を、信じます。だから教えて。
どうすればヴィクトリアを救えるのかを。」
その声は震えていた。
だが、祈りにも似た強さを帯びていた。
レベッカは静かに息を吐き、
その声音にかすかな優しさを滲ませた。
「ふふ……愛ゆえに、ですか。いいでしょう。
ぼくの知る限りのことを、お話しします。」
彼女は寝台を振り返る。
眠る剣聖の頬を照らす光が、ゆっくりと揺れた。
「“破滅の槍”の呪いは、剣聖の“魂”──“心”を蝕みます。
ぼくでは、彼女の心に触れられない。ゆえに完全には癒せないのです。」
「……。」
誰もが息を詰める中、レベッカは続けた。
「彼女は強い。いずれは自らの意志で乗り越えるでしょう。
ですが──それが何年先になるかは、分かりません。」
「そんな……剣聖どの……!
俺たちには、何も出来ないのか!」
リュークスの声が震える。
「いいえ。」
レベッカは首を振った。
「この場にいますよ。彼女と“心を交わした”、彼女の“心に触れられる”方が。」
視線が上がる。
金赤の瞳が、ただひとりを射抜いた。
「……私……?」
「そう、貴女です。」
レベッカは頷いた。
「貴女こそが、彼女を救う“唯一の銀の鍵”。
貴女の力なら、彼女を呪いから解き放てる。」
「そうか、エレ!」
エリアスがはっと顔を上げた。
「エレツィアの“医術”が、そんな力を……?
いや……なるほどな。ようやく合点がいったわ。」
クロイツァーが一度眉をひそめ、次いで、静かに呟いた。
「論より証拠です。治療するなら早い方がいい。
すぐに取り掛かりましょう。」
レベッカの声が落ち着いて響く。
しかし、その直後──
「……作戦会議は、もうお済みですかな?」
油を垂らしたように滑らかな声が、室内を撫でた。
全員の視線が入口に向く。
そこに立つのは──宰相。
幾人もの武装兵を伴い、微笑を浮かべていた。
その笑みは礼節の仮面を被りながら、
その奥に鋭い氷の刃を潜ませていた。




