第30話:歴史を見届ける者 ②
城内の医務室。
燭台が室内を淡く照らし、
薬草と蝋燭の匂いが、薄く漂っていた。
静かな空気が部屋を包み、外の風すら届かない。
寝台にはヴィクトリアが横たわり、浅い呼吸を繰り返している。
その肌は蝋細工のように白く、時折わずかに眉が震えた。
その傍らに、エリアス、エレツィア、レベッカ、そしてリュークスが集っていた。
誰もが沈黙し、言葉を探していた。
重く張り詰めた空気の中、エレツィアがふと我に返ったように口を開く。
「──あら?そういえば、兄様、どうしてここに?
それに……リュークス!?貴方もどうして……。」
エリアスは無言で肩を竦め、
リュークスは額に手を当てて大げさに嘆いた。
「……ああ、オルヴァンス妃殿下。
まさか俺をお忘れとは思いませんでした。とても寂しいですよ。」
「貴方のことを忘れるわけないわ。
でも……そうね、少し気が動転していたの。
……久しぶりね、リュークス。」
「ああ。久しぶりだ。
本当は、顔を見せられる立場でもないんだが……。
これだけは言いたかった──結婚、おめでとう。」
リュークスの言葉は、どこか不器用な温かさを帯びていた。
エレツィアは小さく笑みをこぼし、目を伏せる。
「ありがとう。……とても嬉しいわ。」
わずかな笑みが、室内に流れる重さを和らげる。
緊張の糸が少しだけ緩み、呼吸が整う。
「ちなみに、エリアス殿下はぼくの付き添いですよ。
本来ぼくは、エルスーアの客人ですからね。」
「そうなのね。
兄様、レベッカさまを連れてきてくれて、どうもありがとう。」
「どういたしまして、エレ。」
柔らかな笑みが交わる。
束の間、戦の匂いが消え、穏やかな時間が流れた。
──だが、その安寧は唐突に破られる。
外から、荒い足音と怒声。
「どけ!出迎えはいらぬ!黒曜はどこだ!」
次の瞬間、扉が弾け飛んだ。
戦装束のままの男が踏み込んでくる。
鎧は煤に塗れ、肩にはまだ乾かぬ血がこびりついていた。
「クロイツァーさま!?」
「む、エレツィアか。それに義兄どの、魔術師どの。
──そして王国の若獅子まで。一体どういう顔ぶれだ?
……待て、それより黒曜は……!」
「こちらで眠っていますよ。できれば、お静かに。」
レベッカの声が、緊張をほぐすように響く。
その一言に、クロイツァーの動きが止まる。
しかし、押し込めた焦燥は声の端々に滲む。
「……なんということだ。こんなにも顔色が……。」
「ふふ、夫婦で同じことを言ってますね。」
レベッカが小さく息を吐く。
その声音には疲労ではなく、達観に似た静けさがあった。
「ですが、ちょうどいい。
皇太子殿下にも聞いていただきましょう。
──彼女の現状について。」
燭台の灯がわずかに揺れ、
床に伸びる影が、五人の姿を沈黙の中に封じた。




