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アルドレア戦記  作者: 猪飼 要
第三章
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第30話:歴史を見届ける者 ②

城内の医務室。

燭台が室内を淡く照らし、

薬草と蝋燭の匂いが、薄く漂っていた。

静かな空気が部屋を包み、外の風すら届かない。


寝台にはヴィクトリアが横たわり、浅い呼吸を繰り返している。

その肌は蝋細工のように白く、時折わずかに眉が震えた。


その傍らに、エリアス、エレツィア、レベッカ、そしてリュークスが集っていた。

誰もが沈黙し、言葉を探していた。


重く張り詰めた空気の中、エレツィアがふと我に返ったように口を開く。


「──あら?そういえば、兄様、どうしてここに?

それに……リュークス!?貴方もどうして……。」


エリアスは無言で肩を竦め、

リュークスは額に手を当てて大げさに嘆いた。


「……ああ、オルヴァンス妃殿下。

まさか俺をお忘れとは思いませんでした。とても寂しいですよ。」


「貴方のことを忘れるわけないわ。

でも……そうね、少し気が動転していたの。

……久しぶりね、リュークス。」


「ああ。久しぶりだ。

本当は、顔を見せられる立場でもないんだが……。

これだけは言いたかった──結婚、おめでとう。」


リュークスの言葉は、どこか不器用な温かさを帯びていた。

エレツィアは小さく笑みをこぼし、目を伏せる。


「ありがとう。……とても嬉しいわ。」


わずかな笑みが、室内に流れる重さを和らげる。

緊張の糸が少しだけ緩み、呼吸が整う。


「ちなみに、エリアス殿下はぼくの付き添いですよ。

本来ぼくは、エルスーアの客人ですからね。」


「そうなのね。

兄様、レベッカさまを連れてきてくれて、どうもありがとう。」


「どういたしまして、エレ。」


柔らかな笑みが交わる。

束の間、戦の匂いが消え、穏やかな時間が流れた。


──だが、その安寧は唐突に破られる。


外から、荒い足音と怒声。

「どけ!出迎えはいらぬ!黒曜はどこだ!」


次の瞬間、扉が弾け飛んだ。

戦装束のままの男が踏み込んでくる。

鎧は煤に塗れ、肩にはまだ乾かぬ血がこびりついていた。


「クロイツァーさま!?」


「む、エレツィアか。それに義兄どの、魔術師どの。

──そして王国の若獅子まで。一体どういう顔ぶれだ?

……待て、それより黒曜は……!」


「こちらで眠っていますよ。できれば、お静かに。」


レベッカの声が、緊張をほぐすように響く。

その一言に、クロイツァーの動きが止まる。

しかし、押し込めた焦燥は声の端々に滲む。


「……なんということだ。こんなにも顔色が……。」


「ふふ、夫婦で同じことを言ってますね。」


レベッカが小さく息を吐く。

その声音には疲労ではなく、達観に似た静けさがあった。


「ですが、ちょうどいい。

皇太子殿下にも聞いていただきましょう。

──彼女の現状について。」


燭台の灯がわずかに揺れ、

床に伸びる影が、五人の姿を沈黙の中に封じた。

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