第28話:魔族の王 ③
魔族の軍が裂けた。
ひとりの影が、ゆっくりと歩み出る。
天を突く角。青い肌。金の瞳に群青の髪。
藍の衣に包まれた身体は、鍛え抜かれた鋼のようだった。
指先には人間の装飾品。
その手に握られた黒銀の槍が、曇天の光を鈍く返す。
「──『俺が出ずとも勝てる』と、アルガレとかいう男に言われてな。黙って見ておったが……。」
魔王は口の端を歪めた。
「やはり、俺自身が戦わねば落ち着かぬ。」
声は低く、空気そのものを震わせた。
風が止まり、兵の息が凍る。
「小娘。貴様が今代の“剣聖”か。」
「……そうだ。」
「そうか。俺は貴様を初めて見るが、
“この槍”が『貴様を殺せ』と騒いでおる。」
「……出来るものなら。」
「死ぬがいい、小娘。」
槍が閃く。剣が応じる。
金属がぶつかり、白い火花が弾けた。
瞬きする間に、戦場の空気が爆ぜた。
風が唸り、砂が舞う。
ふたりの姿が霞の中に消える。
次の瞬間、剣と槍が激しく衝突した。
(速い……。それに──)
雷、火炎、突風。
魔術が空を裂き、熱と光が交錯する。
そのたびに剣の軌跡がわずかに揺れた。
「面白い! 貴様ほどの使い手は初めてだ!」
魔王が吠える。黒銀の槍が閃き、ヴィクトリアの頬をかすめた。
一筋の血が、風に乗って舞う。
「ふっ……だが、俺の方が上手のようだな。」
「……皮一枚切っただけで、随分と嬉しそうだな。」
その声は冷たい。
しかし次の瞬間、魔王の左腕から血が滴った。
「次は首だ。」
「貴様……!」
魔王が怒りに歪み、槍が唸る。剣が受ける。
火花が夜の星のように散った。
雷撃が奔り、地を裂く。火炎が燃え上がり、空を焼く。
(長くはもたない。決めねば。)
ヴィクトリアは剣を構え、踏み出した。
その一歩に、風が追いつけない。
滅魔の剣が、鈍く輝く。
魔王も気づき、槍を構える。
黒銀の槍が纏う風が逆巻き、
地が低く鳴る。
(このままなら奴の首を取れる。
だが──私も死ぬ。
それでも、帝国を護れるのなら……。)
一瞬、記憶が閃いた。
柔らかな声が、脳裏を満たす。
『ヴィクトリア……。貴女も、どうか無事で。』
エレツィアの声。
最愛の人の祈りが、鈴の音のように、静かに鳴り響く。
「──あたしは、死なない!」
叫ぶように、彼女は身体を捻った。
軌道が交錯する。
首を断つはずの剣が逸れた。
心臓を穿つはずの槍も逸れた。
そして──互いの腹を、貫いた。
金属が肉を裂く音。
熱が、急速に冷えていく。
ふたりの影が、同時に崩れ落ちた。
風が吹き、砂塵が血の匂いをさらっていく。
沈黙。
戦場は再び、静けさを取り戻していた。




