第28話:魔族の王 ②
決意の日の翌日、ついに魔軍が動いた。
地を這うように広がる巨大な蠢き。
風が止み、鈍色の空が低く垂れこめる。
常備軍は陣を整え、北原へ向かった。
馬の蹄が土を叩き、甲冑が鈍く鳴る。
草の匂いに鉄の匂いが混じった。
『魔族は耐久に優れる。その分、防具は薄い。』
『火と雷を使う。距離を取れ。射程は弓より短い。』
命令が伝令によって伝わる。それだけで兵の呼吸が整う。
明確な指針があることが、唯一の救いだった。
やがて、開けた草原に両軍が対峙する。
風が冷たく頬を撫でる。
赤い肌、黒い角、異形の群れがじわりと広がり、兵たちの喉に音が消えた。
将が声を張る。
「臆するな!剣聖殿の指示どおりに動け!」
だが、その直後、誰かの叫びが戦場を裂いた。
「待て……奴ら、“人間の防具”を着ている!」
一瞬、時間が歪むように空気が変わった。
見えぬ何かが戦場を撫で、光のない黒い瞳が静かに笑うのを、誰もが感じた。
──地を蹴る音が響く。
弓が鳴り、矢が空を裂く。
金属がぶつかり火花が散る。
だが矢は弾かれ、刃は跳ね返される。
炎が人を焼き、雷が兵を斃し、
風が人を一塊に吹き飛ばす。
鋭い爪が甲冑を裂き、血が地を濡らした。
魔族の嘲笑が峡間に響く。
人の脆さを嗤うような、低く、伸びやかな笑いだった。
ヴィクトリアは剣を握りしめ、目を細める。
魔王の気配を探る。
だが、“いつもなら”必ず在るはずの影が、どこにも見えない。
“これまでなら、必ず前に立っていたはずだ”──
胸を焦がす焦燥が、静かに膨らんでいく。
爪が迫る。
振り返りざまに斬る。
一閃。
魔族が倒れ、血が地を染める。
雷撃が走る。
身をずらし、腕を斬り落とす。
返す刃で喉を裂く。
風が吹き、血が頬を打った。
“滅魔の剣”が震える。
何かを訴えるように、刃先が微かに光る。
「どこだ、“魔王”!」
凛とした声が戦場に響く。
「私はここだ!“剣聖”はここにいる!
怖じたか!“また斬られる”のが怖いか!
ならば震えていろ!必ず見つけ出し、斬り捨ててやる!」
その叫びが反響する。風だけが鳴った。
静寂。
──次の瞬間。
敵陣の中央に白い閃光が落ちた。
大地が裂け、火焔が天を貫くように噴き上がる。
光が視界を刈り取る。
「吠えたな、小娘。」
地の底から這い上がるような、濁った声。
それは一言で戦場のすべてを震わせ、兵の鼓動を奪った。




