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アルドレア戦記  作者: 猪飼 要
第三章
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第28話:魔族の王 ②

決意の日の翌日、ついに魔軍が動いた。

地を這うように広がる巨大な蠢き。

風が止み、鈍色の空が低く垂れこめる。


常備軍は陣を整え、北原へ向かった。

馬の蹄が土を叩き、甲冑が鈍く鳴る。

草の匂いに鉄の匂いが混じった。


『魔族は耐久に優れる。その分、防具は薄い。』

『火と雷を使う。距離を取れ。射程は弓より短い。』


命令が伝令によって伝わる。それだけで兵の呼吸が整う。

明確な指針があることが、唯一の救いだった。


やがて、開けた草原に両軍が対峙する。

風が冷たく頬を撫でる。


赤い肌、黒い角、異形の群れがじわりと広がり、兵たちの喉に音が消えた。


将が声を張る。

「臆するな!剣聖殿の指示どおりに動け!」


だが、その直後、誰かの叫びが戦場を裂いた。


「待て……奴ら、“人間の防具”を着ている!」


一瞬、時間が歪むように空気が変わった。

見えぬ何かが戦場を撫で、光のない黒い瞳が静かに笑うのを、誰もが感じた。



──地を蹴る音が響く。



弓が鳴り、矢が空を裂く。

金属がぶつかり火花が散る。

だが矢は弾かれ、刃は跳ね返される。


炎が人を焼き、雷が兵を斃し、

風が人を一塊に吹き飛ばす。

鋭い爪が甲冑を裂き、血が地を濡らした。


魔族の嘲笑が峡間に響く。

人の脆さを嗤うような、低く、伸びやかな笑いだった。


ヴィクトリアは剣を握りしめ、目を細める。

魔王の気配を探る。

だが、“いつもなら”必ず在るはずの影が、どこにも見えない。

“これまでなら、必ず前に立っていたはずだ”──

胸を焦がす焦燥が、静かに膨らんでいく。


爪が迫る。

振り返りざまに斬る。

一閃。

魔族が倒れ、血が地を染める。


雷撃が走る。

身をずらし、腕を斬り落とす。

返す刃で喉を裂く。

風が吹き、血が頬を打った。


“滅魔の剣”が震える。

何かを訴えるように、刃先が微かに光る。


「どこだ、“魔王”!」


凛とした声が戦場に響く。

「私はここだ!“剣聖”はここにいる!

怖じたか!“また斬られる”のが怖いか!

ならば震えていろ!必ず見つけ出し、斬り捨ててやる!」


その叫びが反響する。風だけが鳴った。


静寂。


──次の瞬間。


敵陣の中央に白い閃光が落ちた。

大地が裂け、火焔が天を貫くように噴き上がる。

光が視界を刈り取る。


「吠えたな、小娘。」


地の底から這い上がるような、濁った声。

それは一言で戦場のすべてを震わせ、兵の鼓動を奪った。

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