第26話:陰謀の庭で
帝国の東方──ノーレ王国、王都アウヴァスキ。
夜の帳が降り、王城の最奥は沈黙に沈んでいた。
厚布で閉ざされた窓の向こうに月はなく、
燭台の光だけが、部屋をかろうじて照らしている。
蝋は滴り、灰皿には燻らせた香草の灰が山をなし、
空気には鉄と香煙と焦燥の匂いが重く漂っていた。
陰謀と欲望が形を持ち、ぬめるように部屋の隅を這っている。
長卓のまわりに並ぶのは、王国の高官たち。
顔を上げぬ者、冷汗を拭う者、己の策を胸に忍ばせる者。
誰もが沈黙の中で、他者の失言を待っていた。
「……帝国は完全に我らを敵と見做しております。」
低い声が、重い空気を破った。
「教会勢力との癒着を暴かれたのが痛かったですな。あれでは取りなしも望めますまい。」
「帝国の推定兵力は二十万。練度も高い。正面からでは勝ち目がありませぬ。」
その言葉に、奥の玉座から低い笑い声が響いた。
昏い音が、燭火の揺らぎを震わせる。
「“正面からでは勝ち目がない”──なるほど。」
燭光の向こう、玉座に腰掛けていた男がゆっくりと立ち上がった。
ノーレ王国国王、アルガレ・ノーレ。
壮年に差しかかるその瞳は、濁った闇のように黒く、
光を一滴も宿していなかった。
「確かに、王国への工作が露見したのは痛手だ。
半端に暴かれたところで、如何ともし難い策であったが……。
……よほど運が味方したか、あるいは──帝国によほどの切れ者がいるのだろうな。」
言葉を切り、王は一拍の沈黙を置く。
そして、興味を失ったように手を払った。
「よい。こちらも多少は血を流そう。
帝国を誘き寄せ、その背を“我らの新たな友人”に討たせる。」
ざわめきが走る。
低い息遣いが幾つも漏れ、空気が一瞬でざらついた。
「まさか……奴らを……。」
「ついに、“あれら”を戦場に向かわせるおつもりですか。」
アルガレは唇の端をわずかに吊り上げた。
「愚かに正面から挑んで、何になる。
戦線を伸ばし、補給を断ち、油断した者から潰していけ。
水源を毒で汚せ。飢えと渇きで敵を干上がらせろ。
死体が山を築けば、それが何より雄弁な戦略となる。」
重苦しい沈黙が、再び室内を支配した。
誰かが喉を鳴らし、誰かが机の下で拳を握る。
「陛下……“聖地”を盾に、という案は。」
老臣の声がかすかに震えた。
アルガレは静かに笑った。
「面白い。奴らも王国と手を結んだ以上、“聖地”には手を出せまい。
ならば、教会ごと戦場に立たせてやれ。
祈ることしか能のない者どもも、役に立たせよ。」
「しかし、陛下……民心が揺れますぞ。」
大臣が静かに進言する。
王はそれを聞き、嘲笑で返した。
「揺れればよい。“国家存亡の危機”とでも言っておけ。
民草など、恐怖を与えれば従う。
そして、全ての責を帝国に押し付けよ。
貴様ら、それくらいの工作は造作もあるまい?」
「……はっ。」
アルガレは口角を上げ、椅子に深く背を預けた。
その笑みは、夜の闇よりも冷たかった。
「皇太子の結婚式も終わった。いよいよというところだな。
“王国の花”どのを新婚早々、寡婦にしてしまうのは気の毒だが……戦とは、そういうものだ。
──帝国が滅びた暁には、余の妾としてやっても良いかも知れぬな。」
その声が、次第に笑いへと変わる。
やがて会議室全体が、ひび割れるような哄笑に包まれた。
燭火が揺れ、壁に映る影が怪物のように蠢く。
夜気が重く沈み、窓の外で風が低く唸った。
──嵐はすでに、動き始めている。
歴史の歯車が、血と鉄で軋みを上げながら回り出していた。




