第25.X話:ヴィクトリア、平穏な日々 ①
昼下がりの城内は、春の光に包まれていた。
白い石畳に陽が反射し、回廊のステンドグラスから虹色の影が差し込む。
戦の喧騒も、涙の夜も、今は遠い昔のことのように静かだった。
平穏な時間を尊ぶように、空は柔らかな青に満ちていた。
そんな廊下の角を曲がった先で、ヴィクトリアは見知った顔に出くわした。
「──ラウラさん。」
驚いたように立ち止まる栗色の髪の侍女が、すぐに笑みを浮かべる。
手には花瓶、胸元には白いエプロンドレス。
陽光を受けて、その姿は春の花のように柔らかかった。
「剣聖様。ごきげんよう。」
「先日は、相談に乗っていただき、ありがとうございました。」
「……どういたしまして。お役に立てたなら嬉しいです。
あの──剣聖様、なんだかすっきりしたお顔をされていますね。
……もしかして。」
ヴィクトリアは少し目を伏せ、静かに頷いた。
「……ええ。想いは、受け取っていただけました。」
ラウラがぱっと顔を輝かせる。
「わぁ……!おめでとうございます、剣聖様!」
「……はい。ありがとうございます。」
穏やかなやり取り。
けれど言葉の端々に、まだどこか慎ましい照れが滲んでいた。
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少しの沈黙を挟んで、ヴィクトリアはふと表情を改めた。
その声音はいつものように凛としていたが、どこか柔らかい。
「ラウラさん。突然で申し訳ありませんが……“お願い”があるのです。」
「お願い、ですか?わたしにできることでしたら。」
「……私はこれまで、同年代の“親しい友人”というものを作ったことがありませんでした。
騎士団の仲間は大切です。けれど、彼らはあくまで“戦友”であり、戦場で命を預け合う同志です。
──友人と呼ぶには、少し遠い。」
ラウラが小さく目を瞬かせる。
言葉の意味を理解した瞬間、胸の奥で鼓動が跳ねた。
「なので……もし、よろしければ。」
ヴィクトリアは少しだけ微笑み、まっすぐにラウラを見つめた。
「ラウラさんに、私の初めての友人になっていただきたいのです。」
一瞬、時間が止まった。
「……え。
え、ええええええぇぇっ!?」
反射的な悲鳴が回廊に響く。
通りがかりの侍女たちが、何事かと振り返るほどの声だった。
「お、恐れ多いです!
わ、わたしが剣聖様の……!?そ、そんな……!」
ヴィクトリアは少し困ったように首を傾げた。
「貴女が、良いのです。……いけませんか。」
その声音があまりに穏やかで、ラウラは逆に動揺する。
「えっ、うっ……うぅ……。
わ、わたしなんかでよければ……!」
「本当ですか。──嬉しいです。とても。
では、私のことはどうか、“ヴィクトリア”と。」
「えっ……あ、はいっ!
そ、そうですよね。お友達ですものね……!」
息を詰めて、なんとか言葉を紡ぐ。
「び……ヴィクトリア、さん。」
「はい、ラウラさん。」
微笑んだ瞬間、空から光が差し込んだかのように彼女の表情が柔らいだ。
それは“皇帝の騎士”たる剣聖ではなく、“ヴィクトリア”としての笑顔だった。
(……微笑みが、眩しい……。
わ、わたしには、少し眩しすぎます……!)
ラウラは心の中で悲鳴を上げながらも、同時に嬉しさがこみ上げてくる。
あの誰よりも強く、誰よりも遠い存在だった人が、自分を“友”と呼んでくれた。
それだけで胸が熱くなった。
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「……あら。ヴィクトリア、ラウラ。お話中だったのね。」
ふたりが振り向くと、そこに立っていたのはエレツィアだった。
薄桃のドレスに身を包み、陽光を受けてその髪が金糸のように輝く。
「殿下。……今、ラウラさんに私のお友達になっていただいておりました。」
「まあ、そうなの?ラウラはとても良い子なのよ。
ふたりが仲良くしてくれるなら、わたくしも嬉しいわ。」
「……存じております。ラウラさんは、心優しいお方です。」
その言葉を聞いて、エレツィアは一瞬、何かを考えるように視線を落とした。
そして少しだけ唇を尖らせ、囁くように言った。
「……そうね。
でも、ヴィクトリア。あまり仲良くしすぎてはだめよ。
そんなことになったら……わたくし、拗ねてしまうから。」
「……は。」
「……えっ。」
エレツィアの微笑みがあまりに自然で、ラウラは思わず固まった。
視線が交わり、空気が一瞬止まる。
(……え?今の会話って、“皇太子妃と近衛”のやり取りじゃなかったよね……?
もしかして、ヴィクトリアさんの“想い人”って……!?)
──正解ですよ、ラウラさん。
照れたように微笑むそんな声が、
どこからか風に乗って聞こえた気がした。




