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アルドレア戦記  作者: 猪飼 要
第三章
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第25.X話:ヴィクトリア、平穏な日々 ①

昼下がりの城内は、春の光に包まれていた。

白い石畳に陽が反射し、回廊のステンドグラスから虹色の影が差し込む。

戦の喧騒も、涙の夜も、今は遠い昔のことのように静かだった。

平穏な時間を尊ぶように、空は柔らかな青に満ちていた。


そんな廊下の角を曲がった先で、ヴィクトリアは見知った顔に出くわした。


「──ラウラさん。」


驚いたように立ち止まる栗色の髪の侍女が、すぐに笑みを浮かべる。

手には花瓶、胸元には白いエプロンドレス。

陽光を受けて、その姿は春の花のように柔らかかった。


「剣聖様。ごきげんよう。」

「先日は、相談に乗っていただき、ありがとうございました。」


「……どういたしまして。お役に立てたなら嬉しいです。

あの──剣聖様、なんだかすっきりしたお顔をされていますね。

……もしかして。」


ヴィクトリアは少し目を伏せ、静かに頷いた。


「……ええ。想いは、受け取っていただけました。」


ラウラがぱっと顔を輝かせる。


「わぁ……!おめでとうございます、剣聖様!」

「……はい。ありがとうございます。」


穏やかなやり取り。

けれど言葉の端々に、まだどこか慎ましい照れが滲んでいた。



少しの沈黙を挟んで、ヴィクトリアはふと表情を改めた。

その声音はいつものように凛としていたが、どこか柔らかい。


「ラウラさん。突然で申し訳ありませんが……“お願い”があるのです。」

「お願い、ですか?わたしにできることでしたら。」


「……私はこれまで、同年代の“親しい友人”というものを作ったことがありませんでした。

騎士団の仲間は大切です。けれど、彼らはあくまで“戦友”であり、戦場で命を預け合う同志です。

──友人と呼ぶには、少し遠い。」


ラウラが小さく目を瞬かせる。

言葉の意味を理解した瞬間、胸の奥で鼓動が跳ねた。


「なので……もし、よろしければ。」


ヴィクトリアは少しだけ微笑み、まっすぐにラウラを見つめた。


「ラウラさんに、私の初めての友人になっていただきたいのです。」


一瞬、時間が止まった。


「……え。

え、ええええええぇぇっ!?」


反射的な悲鳴が回廊に響く。

通りがかりの侍女たちが、何事かと振り返るほどの声だった。


「お、恐れ多いです!

わ、わたしが剣聖様の……!?そ、そんな……!」


ヴィクトリアは少し困ったように首を傾げた。


「貴女が、良いのです。……いけませんか。」


その声音があまりに穏やかで、ラウラは逆に動揺する。


「えっ、うっ……うぅ……。

わ、わたしなんかでよければ……!」


「本当ですか。──嬉しいです。とても。

では、私のことはどうか、“ヴィクトリア”と。」


「えっ……あ、はいっ!

そ、そうですよね。お友達ですものね……!」


息を詰めて、なんとか言葉を紡ぐ。


「び……ヴィクトリア、さん。」

「はい、ラウラさん。」


微笑んだ瞬間、空から光が差し込んだかのように彼女の表情が柔らいだ。

それは“皇帝の騎士”たる剣聖ではなく、“ヴィクトリア”としての笑顔だった。


(……微笑みが、眩しい……。

わ、わたしには、少し眩しすぎます……!)


ラウラは心の中で悲鳴を上げながらも、同時に嬉しさがこみ上げてくる。

あの誰よりも強く、誰よりも遠い存在だった人が、自分を“友”と呼んでくれた。

それだけで胸が熱くなった。



「……あら。ヴィクトリア、ラウラ。お話中だったのね。」


ふたりが振り向くと、そこに立っていたのはエレツィアだった。

薄桃のドレスに身を包み、陽光を受けてその髪が金糸のように輝く。


「殿下。……今、ラウラさんに私のお友達になっていただいておりました。」

「まあ、そうなの?ラウラはとても良い子なのよ。

ふたりが仲良くしてくれるなら、わたくしも嬉しいわ。」


「……存じております。ラウラさんは、心優しいお方です。」


その言葉を聞いて、エレツィアは一瞬、何かを考えるように視線を落とした。

そして少しだけ唇を尖らせ、囁くように言った。


「……そうね。

でも、ヴィクトリア。あまり仲良くしすぎてはだめよ。

そんなことになったら……わたくし、拗ねてしまうから。」

「……は。」


「……えっ。」


エレツィアの微笑みがあまりに自然で、ラウラは思わず固まった。

視線が交わり、空気が一瞬止まる。


(……え?今の会話って、“皇太子妃と近衛”のやり取りじゃなかったよね……?

もしかして、ヴィクトリアさんの“想い人”って……!?)


──正解ですよ、ラウラさん。


照れたように微笑むそんな声が、

どこからか風に乗って聞こえた気がした。


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