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アルドレア戦記  作者: 猪飼 要
第三章
39/82

第25話:大陸の影

帝都、城内大広間。


黄金の装飾が天井一面に輝き、百を超える燭台が光を放つ。

壁には王国と帝国の旗が交互に掲げられ、

白磁の床には豪奢な絨毯が延び、貴族たちが列を成している。

広間には甘い香水と熱気が混ざり、祝宴の空気は金糸のように重く漂っていた。


祝宴の音楽が静かに流れる。

中央には──

お色直しを終えた皇太子クロイツァー・オルヴァンスと、

皇太子妃エレツィア・シャルル・エルスーア=オルヴァンス。


クロイツァーは白を基調に紅を差した正装。

その佇まいは武人としての風格を失わず、ただ立つだけで場を制した。

エレツィアは純白に金糸を散らした細身のドレスを纏い、光を受けて柔らかく輝いていた。

その姿はまるで、春の朝焼けに揺れる、一輪の花のようであった。


各国の使節や貴族が列をなし、祝辞が次々と贈られる。

そして、群衆の奥からひとりの男が進み出た。


金糸の髪に紫水晶の瞳──

皇太子妃との確かな血縁、そして王家の血統を体現する若き貴公子。

彼は朗らかに笑い、妹へと歩み寄った。


「やあ、エレ。……いや、オルヴァンス妃殿下。

このたびはおめでとうございます。」

「まあ、兄様!」


クロイツァーが軽く頷く。

「こちらが、エレツィアの兄上殿か。」


男は丁寧に一礼した。

「お初にお目にかかります、皇太子殿下。

エルスーア王国第一王子、エリアス・ノエル・エルスーアと申します。

王国を代表し、心よりお慶び申し上げます。」


「ふっ──堅苦しい挨拶はよい。貴殿は義兄だ。

妹君は帝国にとっても得難い存在だ。必ずや、幸せにしてみせよう。」


「それは心強い。……何卒、妹をお頼み申し上げます。」


ふたりは握手を交わした。

鋼の握手。それは形式以上の、確かな信頼の証でもあった。


エリアスは微笑み、続けた。

「──実は、殿下にご紹介したい方がいるのです。」


「ほう……貴殿がわざわざ?それは興味深い。」


すると、エリアスの背後から、ひとりの若い女性が現れた。

腰まで届く深紅の髪に、金の光を帯びた赤い瞳。

金糸の刺繍を施した異国のローブを纏い、周囲の光景とは明らかに異質だった。

その小柄な女性は、丁寧に頭を下げた。


「お初にお目にかかります。

リュイペ王国、宮廷魔術師長──レベッカ・セイロンと申します。

この度は、ご結婚おめでとうございます。」



魔術。帝国でも異端とされる技術。

その名を聞き、会場がざわめく。


「魔術だと…?この祝いの場に場違いな…。」

「呪い師がなんの用だ。気味の悪い。」


ざわめきは波のように広がった。

しかし、クロイツァーは眉ひとつ動かさず、一歩前へ出た。


「ほう、魔術師どのとお会いするのは初めてだ。

はるばるリュイペよりのご来訪、感謝する。」


レベッカはその言葉を聞き、口角をわずかに上げた。

「……なるほど。これは面白い。

ぼくを前にして軽蔑しない方は、なかなかいませんよ。」


「何を言うか。

国を代表して来られた客人を貶める理由などない。

そんな真似をすれば、我が国が外交儀礼すら知らぬ三流国家と嘲笑の的になろう。」


先ほどまで口々に罵っていた貴族たちは、ばつの悪そうな顔で沈黙した。


レベッカはくすくすと笑う。

「ふふ、ありがとうございます。

殿下のような方ばかりなら、ぼくもリュイペを出るのが苦じゃないのですが。」


その視線が、ふとエレツィアに移る。

金赤の瞳がわずかに輝きを強めた。


「……ああ、なるほど。

エリアス殿下がぼくをここまで連れてきた理由が分かりました。」

「……わたくしが、何か?」


「いえ。ただ──もしお困りのことがあればご相談ください。

ぼくは、“貴女の扱う医術”にも通じています。お力になれるはずです。」

「……!」


エレツィアが息を呑む。

クロイツァーは不思議そうに眉を寄せた。


「エレツィアの“医術”とは……?」

レベッカは唇の端を上げた。

「ふふ……魔術は、医術にも通ずるものですよ。では、これで失礼します。」


一礼し、群衆の中へと溶けていった。

残されたエリアスが、苦笑いを浮かべる。


「……変わった方なんですが、腕は確かなんです。

エルスーアはリュイペと国交を結ぶ唯一の国。

この機会に、帝国とも繋がりを持てればと思いまして。」


「なるほど。未知の国との縁は貴重だ。感謝する。」


クロイツァーが頷き、杯を掲げる。

祝宴は再び賑わいを取り戻した。



会場の隅。

警護を続けるヴィクトリアの傍らに、いつの間にかレベッカが立っていた。

「……やはり、人の多い場所は落ち着きませんね。まったく、陛下も人使いが荒い。」


ヴィクトリアは視線を横に向ける。

害意はないと判断し、再び人の流れへと注意を戻した。


「……へえ、“貴女も”なんですね。

この国は本当に面白い。」

「……何の話です。」


その質問には答えず、レベッカはくすりと笑い、

ヴィクトリアの腰の剣を指差した。


「──今代は貴女なんですね。

“滅魔の剣”。まだ眠っているようですが。」


ヴィクトリアがわずかに目を細める。

「“滅魔の剣”……?この剣を、ご存知で?」


「ええ。流星の欠片から鍛えられた宝剣。

どうして帝国の宝物庫にあるのかも存じております。

……ただ、本来は“使い手”を選ぶはずなのですが。」

「……。」


レベッカは静かに笑う。

「ま、いいでしょう。そのうち分かることです。

……貴女のお名前は?」


「ヴィクトリア・ロムルス。」

「ヴィクトリアさん。覚えましたよ。

ぼくはレベッカ・セイロンと申します。また、お会いしましょう。」


そう言い残し、彼女の姿は霞のように消えた。

残ったのは、魔力の残滓が放つ、わずかな光だけ。


ヴィクトリアは咄嗟に剣に手を添えたが、

魔術師の気配が完全に消えたのを確認して、静かに警戒を解いた。


──アルドレア大陸の空気が、微かに震えた。

宴は祝福の音に包まれていたが、

その影で、世界は確かに“動き出して”いた。

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