表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルドレア戦記  作者: 猪飼 要
第二章
26/82

第18話:祈りを砕く剣(後編) ①

夜。

バルスレー砦の一室。

武装こそ取り上げられたものの、通常の捕虜収容所ではなく、客人として整えられた部屋が与えられていた。

机、椅子、暖炉、寝台。どれも簡素だが清潔で、乱れがない。

ただひとり、そこに座る青年の表情だけが険しかった。


王国の若き騎士、リュークス・パドレ。

憮然とした顔で沈黙し、視線を床に落としたままだった。


向かいに立つのは、クロイツァーとヴィクトリア。

捕虜の尋問というより、謁見に近い静かな空気が流れていた。



「もう一度、整理して聞こう。

……“大司教”とは何者だ?」


クロイツァーの問いに、リュークスはしばし黙し、やがて低く答えた。


「ノーレから赴任したばかりの方だ。軍備も、大司教様がすべて整えてくださった。

もとはノーレ大聖堂の教会騎士団長だったと聞いている。

『聖女は王国に。それがあるべき姿だ』──そう仰った。

この話に賛同したのは、大貴族の嫡男たちと、彼らの派閥に属する下級貴族だ。

……我々には軍の指揮の経験がなく、大司教様が“ならば、代わりに指揮を執る”と名乗り出られた。」


話し終えると同時に、重い沈黙が落ちた。


クロイツァーは深く息を吐く。

「……ものの見事に、腹の底まで真っ黒だな。

貴公らは、そんな話を信じたのか。」


「……!」


言い返そうとする青年を制すように、ヴィクトリアが静かに口を開く。


「裏が見えました。──この“大司教”を討つべきです。」


「裏?何を言っている、貴様ら──!」


激昂して立ち上がろうとしたリュークスを手で制し、ヴィクトリアの瞳が鋭く細められた。

剣の柄に手をかけ、視線は部屋の外へ向く。

その空気の変化を、クロイツァーも即座に察する。


「……何者だ。」


次の瞬間、扉が静かに開く。

ぬるりとした足音。

戦場には似つかわしくない気配が室内に満ちる。

フードを被り、顔を覆った二人の男が忍び込んできた。

手には血の滴る短剣。

──その目は、まっすぐリュークスを狙っていた。


「下がれ!」


ヴィクトリアが先に動いた。

黒曜の剣が閃き、刃が喉を裂く。

音すら出ぬまま、一人目が崩れ落ちた。


残る一人が跳びかかる。

クロイツァーの剣が、獅子の咆哮とともに振り抜かれた。

金属がぶつかり、骨が砕け、肉を裂く音が続く。

男は床に沈んだ。


血の臭いが、部屋を満たす。



「誰か!誰かある!」

クロイツァーの怒声が石造りの壁に響く。

「曲者だ!二人は仕留めたが、衛兵がやられている!砦中を捜索しろ!」


命令を受けた騎士たちが駆ける音が響く中、

ヴィクトリアは無言のまま刺客の亡骸を検めた。

衣服の内側──胸元に、小さな瓶が隠されている。

透明な液体がゆらめき、かすかに光を反射した。


「……ノーレの毒。やはり“大司教”が、彼を消しに来たか。」


そう呟き、リュークスに視線を向ける。

その藍色の瞳が、恐怖に揺れていた。


「ここで貴公が死ねば、我々の仕業に見える。

憎悪を煽るには、これ以上ない手だ。」


クロイツァーが戻り、瓶を受け取る。

「……高位貴族の嫡男が異国で毒殺される。

王国中の民が『帝国に殺された』と信じるだろう。

──実に、手際が良い。」


「……そんな、まさか……大司教様が……!」


リュークスは崩れ落ちた男たちを見下ろした。

その顔には見覚えがある。

自らの陣で共に杯を交わした教会兵たちだった。

胸の奥で、何かが軋む。

信じていたものが、音を立てて崩れていく。


血の匂いが鼻腔を刺す。

正義を示す戦いが、急に醜く、汚れたものに見えた。

“信じる”ことの重さが、胸にのしかかる。


握りしめた拳が震える。

理想が崩れる音は、剣戟よりも痛烈だった。


ヴィクトリアは静かに言う。

「奴は貴公を“駒”にした。

──ノーレは争いの火種を撒き、どちらの国にも絶望を残す。」


クロイツァーが頷く。

「この戦、婚約者どのの意志にもそぐわぬ。

早急に終わらせねばなるまい。」


一拍の沈黙。

やがて、リュークスが顔を上げた。

藍の瞳に、決意の光が宿っていた。


「……なら、俺に考えがある。

信じてくれるか?」


クロイツァーがわずかに目を細める。

「提案次第だな。」

「王女殿下に誓って言うのなら、聞こう。」

ヴィクトリアの声音は静かだが、どこか柔らかかった。


リュークスは拳を握りしめ、言葉を絞り出す。

「……エレツィアに。王女殿下に誓って。」


クロイツァーが小さく口角を上げる。

「よかろう。作戦会議といこうか。」


窓の外では、東の空がわずかに白んでいた。

夜が明けていく。

そして、新たな“策”が、静かに動き出そうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ