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アルドレア戦記  作者: 猪飼 要
第二章
24/82

第17話:祈りを砕く剣(前編) ①

帝国議会の翌日。

西へ延びる街道を、二騎の影が駆けていた。

クロイツァーとヴィクトリア。最小限の供回りのみを連れ、夜明けとともに出立した。


「……まさか、陛下自ら俺を前線に放り出すとはな。」

朝靄を裂きながら、クロイツァーが口を開く。


「……“確認”でしょう。殿下なら、現地で何か掴めると踏まれた。」

「ふっ、要するに“猟犬”か。──ならば、骨の一本でも見つけて帰るとしよう。」


乾いた笑いを交わしながら、ふたりの馬は昇る陽を背にして駆け抜けた。



二日後。

王国の反攻に備え、国境の丘陵に築かれたバルスレー砦に皇太子と剣聖は到着した。

鉄と土の匂いが入り混じり、戦意の渦が胸壁の中に充満していた。


「殿下、剣聖殿──ようこそお越しくださいました!」

第二騎士団長が進み出て礼を取る。

軍議の場は石造りの広間だった。

油灯の灯りが揺れ、長卓には地図、錘、そして戦場の焦燥の匂いが並んでいた。


「報告します。王国軍は砦より三日手前を行軍中。兵数六千。

王国正規軍は未確認。騎士団旗はごく僅か、主力は領主軍と見られます。」


「ふむ……つまり、王家は表に出ていない。“暴走”の線が濃い、か。」

クロイツァーが地図に目を落とす。


「はっ。……それと斥候より、教会騎士団の軍旗を確認したとの報告が。」

「坊主どもか。──なるほど、きな臭くなってきたな。」


団長が続ける。

「我が方は第二騎士団四千、アフタ伯家千五百、バーナ伯家千、トップ子爵家五百。合計七千。地の利も我が方にあります。」

「アフタ、バーナ、トップ……短期間でよくぞこれだけの兵を集めた。忠節、しかと覚えておこう。」


領主たちが一斉に言葉を返した。

「恐れ入ります! 王国の弱兵どもに一泡吹かせてご覧にいれましょう!」

「王国の隣領として常に備えておりますゆえ、出陣は造作もありません。」

「この時を待っておりましたぞ。我らの戦働きにご期待あれ!」


クロイツァーが軽く笑い、地図を指で叩く。

「黒曜もいる。まともにやれば負ける要素はない……が、匂うな。」


顎に手を当て、目を伏せ思案する。

油灯の灯りに照らされ、青い瞳がかすかに光った。


「殿下?」

「王国から見れば、これは負け戦だ。わざわざ死にに来る理由がない。──ならば、裏がある。」


「なるほど。陛下が殿下を送った理由も、そこに。」

「裏…まったく、同感ですな。」

「うむ。情報を詰めねばならん。斥候を倍に増やせ。」

「はっ!」


クロイツァーの視線が、静かに黒髪の騎士へと向く。

「黒曜、何かあるか。」

「……特には。──いえ、一つだけ。」


視線が上がり、赤い瞳がわずかに光る。

「いざとなれば……王国軍も、その背後の影も、全て斬るだけです。ご安心を。」


一瞬の静寂。

のち、場の空気が笑いに変わる。

「ははっ!それは頼もしい!」

「しかし戦功第一は譲れませぬぞ!」

「殿下、良き配下をお持ちだ!」


「ふっ……慣れぬ冗談を言いおって。」

クロイツァーが肩を竦める。

「だが聞いたな。無理はするな。勝てる戦を確実に拾う。それで十分だ。」

「はっ。」


軍議はそのまま散会した。



二日後の夜。

砦の中庭を渡る風は冷たく、星明かりすら霞んで見えた。

一方軍議の場では、地図と報告書を広げた机を挟み、クロイツァーとヴィクトリアが向かい合う。


「……結局、何も出ぬな。“暴走”の筋書きで全て辻褄が合ってしまう。」

「ええ、表向きは。しかし、“筋が通りすぎている”……先日のスラム街粛清の際も、表面上は完璧な“正義”でした。」

「なるほどな。表が美しすぎる時は、裏が深い。」

「はい。」


クロイツァーが地図の上で指を止める。

灯火が輪郭に影を落とした。


「しかし、裏が全く見えぬのは厄介だ。

……さて、どう動いたものか。」


「殿下。私に一案があります。」


ヴィクトリアの視線が上がる。

その瞳に、静かな決意の光が宿っていた。


「ほう、申せ。」

「我々では王国軍の内情を探れません。ならば──知る者に直接聞けばいい。私が、餌に。」


その言葉に、クロイツァーの青い目が光る。


「“釣り”、か。」

「ええ。どのみち、敵は私を狙うでしょう。王女殿下の“監視役”として、恨みを買っております。」

「……面白い。まさに黒曜らしい。喉に針を刺す“餌”だな。」


クロイツァーの口角がわずかに上がる。

それに対して、黒髪の騎士は淡々と答えた。


「──喉を裂くまでが仕事です。」


「いいだろう。騎士団長と領主を呼べ。今夜のうちに詰めるぞ。」

「はっ。」


その夜、軍議場の灯は夜更けまで消えなかった。

厚い雲が月を覆い、夜風だけが──これから始まる戦の匂いを運んでいた。



翌日、夕刻。

バルスレー砦へと到着した王国軍へ、

帝国軍から使者が訪れた。


曰く、

『貴殿らの懸念は誤解であり、我が国では王女殿下を正しく敬って遇している。

しかし、ひとたび兵を挙げた以上、手ぶらでは戻れぬことも理解する。

そこで提案する。

──双方の代表者同士の一騎打ち。

此方は“黒曜の剣聖”を出す。

もし帝国最強の騎士たる剣聖が敗れたならば、帝国は王女殿下を返還し、停戦に応じよう。』



その夜、王国陣は動揺に包まれていた。


「……無茶な理屈だが、一応の筋は通る。」

「“黒曜の剣聖”だと?お飾りではなかったのか?」

「皇太子印……!帝国最強の剣に、本気で帝国軍の命運を賭けるつもりか。」

「バルスレーの帝国兵は予想以上。正面からでは被害が大きい。決闘で済むならば……。」


その時、一人の若者が立ち上がる。

黄金の髪に藍の瞳──王国の矜持をそのまま具現した若き騎士。


「──ならば、俺が行く。」


「リュークス殿!? 危険です!」

「構わない。俺以上の騎士もいまい。

それに……エレツィアを取り戻す絶好の機会だ。」


その声には、若者の正義と、抑えきれぬ熱が混ざっていた。

誰も、それを止められなかった。


戦が、動き出した。

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