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アルドレア戦記  作者: 猪飼 要
第二章
22/82

第16話:私自身の誓い ①

執務室での会談から、ひと月が過ぎた。

その日、再びクロイツァーから召集の使いが届く。

指定された部屋へ、エレツィアとヴィクトリアは並んで向かう。


皇太子の向かいの椅子にエレツィアが座り、その後ろにヴィクトリアが静かに控えた。


「──ふたりとも、ずいぶんと暴れているようだな。」


椅子に腰かけた瞬間の言葉に、エレツィアが微笑で応じる。


「まあ、暴れるだなんて。殿方は何かと仰りようが物騒ですわね。ねえ、ヴィクトリア。」

「はっ。」


「……ええい、女同士で団結するな。」

クロイツァーは肩を竦め、すぐに表情を引き締めた。


「さて、近況の報告だ。伝令線の洗い出しは完了した。

宰相の伝達網は遮断、奴らの動きも掌握済み。

……確たる証拠が揃えば、議会で突き上げることもできよう。」


「黒曜。宰相子飼いの密偵網は壊滅したようだな。

反対派の連中が“噂が入らぬ”と嘆いているのを耳にした。見事だ。」


「はっ。帝都に残る者は、あとわずかです。」


「婚約者どのの方も順調だな。茶会での世論誘導が効いている。

宮廷では“あの時の粛清は必要だったのか”という空気が出来つつあるそうだ。」


エレツィアがやわらかく微笑む。


「奥様方は争いを嫌いますもの。立場は違えど、本質的には皆、平穏を求めています。……ですから、わたくしの味方ですわ。」


「……婚約者どのが味方でよかった。」


クロイツァーは半ば本気の声音で呟く。


「気がつけば反対派の連中までもが、そっくり陣を移している。前代未聞だ。」


彼は椅子を深く引き寄せ、指を組む。


「宰相の足元は順調に崩れている。奴も容易には尻尾を出さんが……。」


短い沈黙。

青い瞳に、かすかな迷いが走った。

(……妙だな。あの男がこのまま黙っているはずがない。)


その違和感を振り払うように、声の調子を戻す。


「機は近い。それまではこのままの方針で進める。」


「はい。……ですが、何か不安要素でも?」


エレツィアの問いに、クロイツァーはわずかに眉を寄せる。


「いや、何か嫌な予感がするだけだ。嵐の前の静けさでないと良いが。」


その時──。

ヴィクトリアが音もなく剣の柄に手を添え、扉を見据えた。

赤い瞳が一瞬だけ鋭く光る。


空気が凍る。

クロイツァーもエレツィアも、すぐに気づいた。

外に、人の気配。


「──何者だ!」

「うわぁっ!け、剣聖様!?」


扉を勢いよく開け放つと、若い文官が尻餅をついていた。

どうやら急用を申しつけられたものの、入る勇気が出ずに扉の前で逡巡していたらしい。


「騒々しい。立入るなと命じたはずだが。」


「も、申し訳ございませんっ!ですが、一大事でございます!至急、帝国議会へお越しください!」


クロイツァーの青い瞳が細まる。


「……議会に?よほどのことだな。何が起きた。」


文官は息を荒げ、震える声で告げた。


「エ、エルスーアが──兵を挙げました!軍勢が我が国に迫っております!」


その瞬間、がたりと音が響いた。

顔色を失ったエレツィアが、椅子から立ち上がった音だった。



帝国議会は、混乱の渦中にあった。


卓上に広げられたのは、王国からの宣戦布告文。

そこに記された文言を、誰もが信じられぬ思いで見つめていた。


『輿入れから半年を経ても、結婚式の日取りすら決まらず、夜会にも姿を見せず、共に公務も行っていない。

皇太子は帝都を離れ、剣聖を近衛に付けている。これは監視である。

王女殿下は実質的に軟禁されている。

帝国は王女を人質とし、侵攻の口実を作ろうとしている。

よって我が国は、王女殿下を奪還し、真の正義を示す──。』


議場にざわめきが広がる。

侮蔑、嘲笑、混乱。

それでも誰も、事態を笑い飛ばせなかった。


「……これは、子供の書いたものか?」

「何一つ証拠がない。妄想を宣戦布告にしたとでも?」

「使者も寄越さず、紙切れ一枚で戦を始めるとは……!」


誰もが口を閉ざした。

だが、紙の上の文字は、すでに戦を始めている。


エレツィアは唇を噛む。

(……お父様が、こんな愚行を許すはずがない。何か、裏がある。)


皇太子が眉間に皺を寄せ、低く唸った。


「このような文を“国”が出すものか……しかし、現実に兵は動いている。感情論では済まぬな。」


宰相がすかさず頷く。


「仰る通りにございます。では──敵軍の規模を。」


参謀が進み出る。


「はっ。現在、王国軍は王国東部フロイダース領を通過中。兵数は六千。

現在の進軍速度ならば一週間で我が国に侵入します。

国王旗は確認されず、先鋒は王国貴族の領兵と見られます。」


「六千か。多くはないが、軽んじる数でもないな。」

猛将として知られる伯爵が唸る。


「だが、野戦となれば領地の被害は避けられまい。」

「バルスレー砦で迎え撃つのはどうだ?第二騎士団ならば抜かれることもなかろう。」

「王国軍は守勢では強いが、攻勢では脆い。砦を盾にすれば十分戦える。良案ですな。」


クロイツァーが頷く。


「不足はない。採決が終わり次第、俺の権限で兵を動かす。」


議長が木槌を取る。

「では、採決を行う。」


椅子の軋む音が重なり、議場に緊張が走る。


「──可決。」


それと同時に、遠くで雷鳴が響いた。

重く、低い音。

まるで空そのものが、これから始まる戦を嘆いているようだった。


クロイツァーは短く息を吐く。


「第二騎士団に伝令を。──我らも動く時が来た。」


沈黙。

議場に満ちるのは、鉄と炎の匂い。

エレツィアの手が、いつの間にか膝の上で固く握られていた。


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