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最強と無双をやめたおっさんのもとには、厄介ごとしかやって来ない。【辺境砦の無気力英雄】ゼブラ・ゴーシュはのんびり暮らしたい  作者: 朱実孫六
第二節 朝風呂を沸かしたら、なぜかお腹が痛くなった件

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第9話 パトロール? 釣り? どっちなんですか

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 ──月が変わって、四月一日。



 朝の日差しを背に、ジュノ・ジャクセルは斧を置いて、汗をぬぐった。


 シャツの肌からは湯気が立つ。


 慣れてきたせいもある。力の抜きどころが掴めてきた……そんな感じだ。


 昨日と同じ量の薪割りも、今日は少し早く終わった気がする。





 一息をつく。水筒の水を口に含んで、輪切りの丸太に腰かけた。


 手のひらの皮も、少し硬くなってきた気がして、もう痛まない。



 朝日が山を越えて顔を出し、ジュノは次は風呂を沸かそうと顔を上げた。



 そのとき、母屋の裏口からゴーシュが出てくるのが見えた。


 ジュノは、薪を手に、制服を羽織って駆け出した。







 勝手口の脇にある輪切りの丸太に腰掛けて、ブーツの紐を結んでいる男がいた。


 ゼブラ・ゴーシュ。この砦の主にして、〝殿軍しんがりの英雄〟と謳われた男。


 その肩には、黒光りする釣竿が一本。


 柄の部分に糸が巻いてあり、釣りに手慣れた様子が見て取れる。


 ジュノは薪の束を抱えたまま、息を弾ませて深々と頭を下げた。


「おはようございます。今日は早いですね、お師匠さま」


 するとゴーシュは、顔も上げず、むすっと答えた。


「──だれが師匠だ。何度言わすかなきみは。おれはね、弟子は取らんの」


 ジュノは苦笑いでやり過ごす。下剤の洗礼は思わぬ副作用を呼んだ。こんな塩対応にも慣れてきた。


「その竿は、釣りですか?」


 ゴーシュはまた顔も上げず答えたが、強めた語尾が不自然だ。


「違うぞ。DMZのパトロールだ。けっして釣りじゃねえ」


 ジュノは、竿の先から根本までを見て、再度ゴーシュに言った。


「どう見ても釣竿ですが……」


 ゴーシュはようやく顔を上げた。


「答えはノーであり、イエスだ。国境線が川なんだよ」


「釣りじゃないですか」


「ああもう! だから釣りじゃないって言ってんじゃん!」


 まるで子どもだ。


「たまたまね、パトロール先に川があるだけなの!」


 逆に真実が浮き彫りになっているなと、彼は苦笑した。







 ジュノを横目に、ゴーシュはぼそりと尋ねた。


「腹いたの具合は、どうかね」


 ヒマの種油、つまりは昨日の下剤の事だ。ジュノは下腹を叩いて笑った。


「ええもう、すっかり良くなりました。貴重なご教示をありがとうございました」


 ゴーシュは拗ねたように口を尖らせた。


「そらよかった。だがよ、おかげでコッチはマールムから野菜責めだ」


「お嫌いなんですか」ジュノはとぼけた。


「そうでもないさ。ただ、肉も玉子もない食事は芋虫になった気分になる」


「でもポテトはあって良かったですね」


 ジュノがそう言うと、ゴーシュは絶望の表情を見せた。


「なんでだよ! マッシュポテトまでヨモギ入りで緑色だぜ? 正気の沙汰じゃない。いじめだよ、まったくもって手の込んだ師匠いじめ……!」


 そこでジュノは、思いついたように声をあげた。


「そうか。だからゴーシュさまは、お魚を釣りに行くのですね」


 ゴーシュはもう、ごまかさなかった。


「そう。もしアイツの機嫌が回復しなかったら、また野菜責めだぜ? おれ死んじゃうじゃん」



 それでもジュノは、留守のあいだに砦で何かあったら──と、あらためて真顔になった。曲がりなりにもここは最前線なはず。



「しかし、ゴーシュさまが釣りに出てる間、マールムさんをおひとりになっちゃうんじゃ……」


 ゴーシュが、ふと何かを思いついたように、顔を向けてきた。


「それ、お前も来たいってこと?」


 彼は心底、行きたいと思った。


「いや、ダメですそんな。滅相もない……」


 心の底から思う。殿軍の英雄から直々に誘いだなんて──。釣りじゃなくても行きたいに決まってる。


 思いを吐き出すように言った。


「すごく……! いきたいです!」


 けれども、すぐに顔をしかめて首を振った。


「……でも行けません! 普通にダメです、ゴーシュさまがお留守の間に、ここに万が一の事があったらどうするんですか!」


「万が一って何だよ」


 ジュノは思わず真顔になった。


「って、魔王軍の侵攻です! 昨日、ご自身でおっしゃってたじゃありませんか、この砦の警備隊はゴーシュさまお一人だと!」



 だが、ゴーシュは呵呵と笑った。あたかもジュノが頓珍漢なことを言ったかのように。


「違うの……ですか」


「まー。そりゃ十年前のハナシだ。いまマールムがいる」


「いや、居たところで、女の子ひとりじゃないですか」


 ゴーシュは笑った。


「……なるほどねアイツの実力を見誤ってるわけか」


 彼は、その言葉に、ごくりと喉を鳴らした。


「では、マールムさんは……」


 ゴーシュは真剣な目付きをした。


「ああ。本気出したら、今のおれでも敵わないかもしれねぇ」



 その言葉に、ジュノの心がざわめいた。

 ──マールムさんって、ああ見えて何者なんだ。



 にわかには信じ難いが、同時に心躍る言葉だった。自分とさして変わらない年齢の弟子、しかも女の子が、それだけの評価を受けている。それはとりもなおさず殿軍の英雄、ゼブラ・ゴーシュに師事するということの価値を意味するからだ。



 ジュノは前のめりに確認していた。


「本当ですか」


 ゴーシュは頷く。


「本気さ」


 彼は丸太の上で手を止めて、遠い目をした。


「おかげで今朝は、ウ◯コが真緑だったもん」


 やはり、この人物、正攻法が通じない。


 ジュノは深呼吸をし、心を落ち着かせた。コメカミのツボをよく揉んで、眉間の縦じわを消した上で、大声は出すまいと肝に銘じてから、ゴーシュへと改めて向き直った。


ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


次回は、明日12:00に公開予定です!

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