第9話 パトロール? 釣り? どっちなんですか
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──月が変わって、四月一日。
朝の日差しを背に、ジュノ・ジャクセルは斧を置いて、汗をぬぐった。
シャツの肌からは湯気が立つ。
慣れてきたせいもある。力の抜きどころが掴めてきた……そんな感じだ。
昨日と同じ量の薪割りも、今日は少し早く終わった気がする。
一息をつく。水筒の水を口に含んで、輪切りの丸太に腰かけた。
手のひらの皮も、少し硬くなってきた気がして、もう痛まない。
朝日が山を越えて顔を出し、ジュノは次は風呂を沸かそうと顔を上げた。
そのとき、母屋の裏口からゴーシュが出てくるのが見えた。
ジュノは、薪を手に、制服を羽織って駆け出した。
勝手口の脇にある輪切りの丸太に腰掛けて、ブーツの紐を結んでいる男がいた。
ゼブラ・ゴーシュ。この砦の主にして、〝殿軍の英雄〟と謳われた男。
その肩には、黒光りする釣竿が一本。
柄の部分に糸が巻いてあり、釣りに手慣れた様子が見て取れる。
ジュノは薪の束を抱えたまま、息を弾ませて深々と頭を下げた。
「おはようございます。今日は早いですね、お師匠さま」
するとゴーシュは、顔も上げず、むすっと答えた。
「──だれが師匠だ。何度言わすかなきみは。おれはね、弟子は取らんの」
ジュノは苦笑いでやり過ごす。下剤の洗礼は思わぬ副作用を呼んだ。こんな塩対応にも慣れてきた。
「その竿は、釣りですか?」
ゴーシュはまた顔も上げず答えたが、強めた語尾が不自然だ。
「違うぞ。DMZのパトロールだ。けっして釣りじゃねえ」
ジュノは、竿の先から根本までを見て、再度ゴーシュに言った。
「どう見ても釣竿ですが……」
ゴーシュはようやく顔を上げた。
「答えはノーであり、イエスだ。国境線が川なんだよ」
「釣りじゃないですか」
「ああもう! だから釣りじゃないって言ってんじゃん!」
まるで子どもだ。
「たまたまね、パトロール先に川があるだけなの!」
逆に真実が浮き彫りになっているなと、彼は苦笑した。
ジュノを横目に、ゴーシュはぼそりと尋ねた。
「腹いたの具合は、どうかね」
ヒマの種油、つまりは昨日の下剤の事だ。ジュノは下腹を叩いて笑った。
「ええもう、すっかり良くなりました。貴重なご教示をありがとうございました」
ゴーシュは拗ねたように口を尖らせた。
「そらよかった。だがよ、おかげでコッチはマールムから野菜責めだ」
「お嫌いなんですか」ジュノはとぼけた。
「そうでもないさ。ただ、肉も玉子もない食事は芋虫になった気分になる」
「でもポテトはあって良かったですね」
ジュノがそう言うと、ゴーシュは絶望の表情を見せた。
「なんでだよ! マッシュポテトまでヨモギ入りで緑色だぜ? 正気の沙汰じゃない。いじめだよ、まったくもって手の込んだ師匠いじめ……!」
そこでジュノは、思いついたように声をあげた。
「そうか。だからゴーシュさまは、お魚を釣りに行くのですね」
ゴーシュはもう、ごまかさなかった。
「そう。もしアイツの機嫌が回復しなかったら、また野菜責めだぜ? おれ死んじゃうじゃん」
それでもジュノは、留守のあいだに砦で何かあったら──と、あらためて真顔になった。曲がりなりにもここは最前線なはず。
「しかし、ゴーシュさまが釣りに出てる間、マールムさんをおひとりになっちゃうんじゃ……」
ゴーシュが、ふと何かを思いついたように、顔を向けてきた。
「それ、お前も来たいってこと?」
彼は心底、行きたいと思った。
「いや、ダメですそんな。滅相もない……」
心の底から思う。殿軍の英雄から直々に誘いだなんて──。釣りじゃなくても行きたいに決まってる。
思いを吐き出すように言った。
「すごく……! いきたいです!」
けれども、すぐに顔をしかめて首を振った。
「……でも行けません! 普通にダメです、ゴーシュさまがお留守の間に、ここに万が一の事があったらどうするんですか!」
「万が一って何だよ」
ジュノは思わず真顔になった。
「って、魔王軍の侵攻です! 昨日、ご自身でおっしゃってたじゃありませんか、この砦の警備隊はゴーシュさまお一人だと!」
だが、ゴーシュは呵呵と笑った。あたかもジュノが頓珍漢なことを言ったかのように。
「違うの……ですか」
「まー。そりゃ十年前のハナシだ。いまマールムがいる」
「いや、居たところで、女の子ひとりじゃないですか」
ゴーシュは笑った。
「……なるほどねアイツの実力を見誤ってるわけか」
彼は、その言葉に、ごくりと喉を鳴らした。
「では、マールムさんは……」
ゴーシュは真剣な目付きをした。
「ああ。本気出したら、今のおれでも敵わないかもしれねぇ」
その言葉に、ジュノの心がざわめいた。
──マールムさんって、ああ見えて何者なんだ。
にわかには信じ難いが、同時に心躍る言葉だった。自分とさして変わらない年齢の弟子、しかも女の子が、それだけの評価を受けている。それはとりもなおさず殿軍の英雄、ゼブラ・ゴーシュに師事するということの価値を意味するからだ。
ジュノは前のめりに確認していた。
「本当ですか」
ゴーシュは頷く。
「本気さ」
彼は丸太の上で手を止めて、遠い目をした。
「おかげで今朝は、ウ◯コが真緑だったもん」
やはり、この人物、正攻法が通じない。
ジュノは深呼吸をし、心を落ち着かせた。コメカミのツボをよく揉んで、眉間の縦じわを消した上で、大声は出すまいと肝に銘じてから、ゴーシュへと改めて向き直った。
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次回は、明日12:00に公開予定です!




