第8話 戦場の心得① 敵は外にのみあると思うな
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ゴーシュは、ジュノの苦しげな表情に奇妙さを感じたのか、顔を上げた。
「──どういう意味だい、そりゃ」
斜め向かいに腰かけるジュノは、鼻をすすって袖で擦った。
「いえ。なんでも無いです。すみません」
「出して引っ込めるのは卑怯だぜ。何なんだい。半端者ってのは」
ゴーシュは言いながら、ジュノの口を閉した顔を見つめた。
「セムの手紙じゃ、座学以外じゃ主席だそうじゃないか。家柄も……なんていうか凄えし」
ゴーシュが再々、視線でジュノの心のドアをノックするが、彼は身をさらに小さく屈めた。
「母が、僕を小さく産んでくれたおかげです。たまたまそこが職種と噛み合っただけで……」
ふうん。と、ゴーシュは鼻を鳴らした。そして、少年に横目を向けた。
「……悔しいが興味が湧いてきたぜ。坊やの職種はなんだい」
ゴーシュの問いかけに、ジュノは小さな笑顔を取り戻した。
「魔杖騎兵です」
聞いたゴーシュが首をすくめた。
「へぇ。そりゃ、花形じゃねぇか」
魔杖騎兵──ウマに騎乗して、攻撃魔法を魔杖から放って敵陣に突撃していく、華やかだが生存率の低い前衛職種だ。
ジュノも、小さく縮こまりながら自負を滲ませた。
「何ていうか、僕は背が低いので、騎兵には向いているかなって……」
思いついたように彼は、そこで顔を上げた。
「ゴーシュさまは、たしか最初、魔砲兵でいらっしゃいましたよね?」
魔砲兵。こちらは味方からは戦場の〝女神〟。敵からは〝死神〟と呼ばれる職種だ。二頭立てのウマで曳く巨大な魔杖、つまり魔砲で、炸裂魔法を敵陣に降らせる。
ゴーシュは、への字にした口で頷いた。
「──まぁ、こっちも同じさ。たまたま適性があっただけさ」
彼はハーブ茶をすすってから、思い出を目に浮かべるかのように笑んで続けた。
「って言っても、おれは算術が苦手でね。魔砲に魔力を仕込む係……装填手だったのさ」
ジュノの記憶によれば、装填主は確か、膨大量の魔力、すなわち高圧な魔力と、〝触れたものに魔力を注ぎ込む才能〟が必要だったはず。
ゴーシュの横顔をみつめながら、ジュノはつぶやいた。
「その適性……ですか」
ゴーシュは、小さくうなずいた。
「そう。坊やの言う通りだ。結局、こういう職種との相性ってのは持って生まれたモンだからな。おれが生き残ったのは、努力したからでも強かったからでもない」
だが、ジュノの瞳は、その言葉にも尊敬の光が増していた。
吐息のようなため息をついて、少年は目の前の伝説を眺めている。
けれど一方で、そんな熱っぽい視線が、ゴーシュの側で胸の奥に沈んでいた記憶をえぐる。
ゴーシュは目を曇らせた。
──整列する少年少女たちの姿。
背丈よりも長い魔杖を誇らしげに抱え、敬礼するその小さな半魔の手。
裏切りに遭った王を都に帰還させるためとは言え、年端もいかぬ彼らを、殿軍の盾とするしかなかった自分は、英雄なんかじゃない。
なのに、その自分を〝英雄〟と呼んで疑わない世界──。
彼しか知らない矛盾が、胸を内側で裂く。
マグカップを手に、ゴーシュは空を見上げた。耳には風の音だけがしていた。
まるで、あのときのように。
ゴーシュは、ゆっくりと腰を上げた。
「──ま、あとは戦史叢書の通りさ。魔法兵をやってる間に、事故って頭が割れてな。妙な才能が花開いちまった」
そして、腰に手を当てて遠い目をし、白い息を風に流した。
「そこからは味方からも恨まれる特殊作戦ユニット。──裏方のおれと、花形の坊やじゃ職種が違う。教えてやれることといえば、せいぜい戦場の心得くらいだな」
ジュノは、耳をぴくつかせ、顔を一気に上げた。
「ほ……ほんとうですか、ありがとうございます! では早速、身を清めて参ります!」
跳び上がってジュノが駆け足の準備に前かがみするが、そこに「待て待て」と、ゴーシュの声が飛んだ。
「──もう、教えたから。おとなしくしとけ」
「へえっ!?」
ジュノが振り返ると、そこには、悪い笑みを浮かべたゴーシュの顔があった。
「戦場の心得、その一だ」
ゴーシュは、真面目ぶった顔で続けたが、
「敵は外にのみあると思うな。以上……」
そう言い終わると、笑いを抑えきれず、顔を手で覆って噴き出した。
「──いや、すまん。最初に謝っておく、悪かった。だが体でおぼえるしかないんだよ、本当に……こう言うことってのはよ」
弁明のように言いながらゴーシュは、またブッと噴き出した。
ジュノは首をかしげた。これまで腰掛けていた輪切りの丸太や、衣服のあちこちを確かめたが、これといった変化はない。
「なにかの……悪戯のようなものですか?」
ゴーシュは盆にマグを載せて、母屋に戻る前に、ジュノへと向き直った。
「まあな。んじゃ、確認するぞ。トイレはどこだか知ってるな? よし。遠慮なく使え。今日は薪割りもここまででいい。水をたくさん飲んで、あとは昼寝してろ」
「水を、飲んで寝る?!」
「ああ。塩と一緒にチビチビとやれ。あとでマールムに持って来させる。じゃ、頑張ってな」
手を挙げて去るゴーシュの背中に、ジュノは、声をかけようと口を開きかけたが、両腕を組んで思い止まった。
「がんばってする昼寝って……どう言うこと」
首を傾げて考える。
なにかの謎かけだろうか。
けれど、殿軍の英雄が、いみじくも教えたと宣った事だ。
「じゃあ、なんだろ。お昼寝の最中に模擬襲撃をするよ、ってことかな……」
そう考えるとワクワクする。心の中で、尻尾が右寄りに激しく振れた。
「よし。考えていてもしょうがない。毛布にくるまる前に……」
ひとりごちながら彼は手を動かす。割った薪を拾い集め、針金で束にしていく。
「でも嬉しいな……あのゴーシュさまが教えを下さったんだもんな。たまんないや」
そんな笑顔の横を、何かの影がかすめて行った。
ジュノは目で追い、
「タヌキだ! すごい」
鞠のように跳ねながら走るその動物が、南面の崖を半ばまで登って行って、ちらりと振り向いた様子に、顔を明るくした。
◇
だが──。
その数分後よりジュノは、五分に一度、腹を押さえてトイレに駆け込む羽目になった。
どうやら茶に一服、盛ってあったらしい。
納屋でジュノが、毛布に包まって腹部を手で温めていると、扉をノックする音がした。
彼は「はいどうぞ」と、枕にしたバックパックから顔を上げた。
すると、マールムが扉を開けて覗き込んだ。
手には、塩の入った小瓶と水差しが。
彼女は、事情を聞かされないまま、これと焼き石をお師匠さまから託されたと話したが、ジュノの証言を頷きながら聴くと、静かに、眉間へと縦ジワを走らせた。
「おそらくは、ヒマの油でしょう」
彼女は彼の枕元に両膝を着いて、額へと手のひらを当てた。
ジュノは、頬を赤らめた。毛布に包まったまま呟いた。
「ひま、というのは……」
「下剤です。薬箱の中を漁っていましたからね。なにかと思えばお師匠様ったら! まったく……!」
マールムの憤慨は収まらない様子だ。ジュノは、それでも何が自分の腹に侵入したのか承知できたことで、すこし腹痛が和らぐような気がし、安堵した。
「なるほど。戦場の心得、その一。か……」
腹は痛い。痛いけれども、穏やかに笑んだ。
「これは確かに、忘れられそうにないや」
なぜか嬉しい気分になってしまう。
初めてのゼブラ・ゴーシュからの教えだ。
ジュノは、腹を温める布で包んだ焼き石の位置を変えた。
「……マールムさん。どうかゴーシュさまを許してあげてください。きっと僕の油断を正そうと教えの下さったんです」
「なりません!」
断言しながら彼女が、母屋の方を睨んだ。
「悩んでいましたが、夕食のメニューは決まりました」
「へ?」
ジュノが見上げる彼女の顔は、岩山よりも険しかった。
「今夜は……野菜責めです」
丸めていた背中をよじってジュノは、立ち上がっていく彼女の顔を追った。
「野菜ぜめ……? 料理の名前ですか」
マールムは、目だけで怪しく微笑む。
「いいえ、料理ではなく仕返しです」
「へえい!?」
変な声が出た。
「お師匠さまは、色の濃い野菜が苦手なのです。ふふふ。思い知らせてやりましょう」
そう笑うマールムは、ゴーシュ譲りか、とても良くない顔で楽しげに見えた。
「──今夜の食卓は、ぜんぶ緑です」
肩を揺らしている彼女に、下唇を噛んでジュノが震え上がった。
敵は、時として内にいる。
きっと忘れない。ジュノは完全に理解した。
◇ ◇ ◇
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次回は、明日12:00に公開予定です!




