第7話 ゴーシュさまとお茶なんて光栄です!
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斧が薪を割る高い音が、青空に響いている。
太陽はまもなく天に差し掛かろうとしていた。
納屋の裏手にも屋根越しの光が落ちはじめ、薪割り台のそばで、ジュノ・ジャクセルは額に汗を浮かべながら、腰を伸ばした。
風呂を沸かしたあと、マールムが運んできた温かいスープをすすり、塩漬け脂を載せた黒パンで腹を暖めた。
盆と食器を母屋に返してからは、納屋に戻って裏手で薪割り台に向かい、立てた丸太の輪切りに斧の刃を振り下ろして、割った。拾い上げてはまた半分に割る。
単純な作業だが、ここでは薪の束を積み上げていく以上の充実感があった。
のどかな好日とは言え、ここは最前線。
学校の訓練や座学では得られない、現場の空気を吸っているという、たしかな実感があった。
それもこれも、納屋の裏手のちょうど向かいに、長い影を落としている石組みの巨大な防御塔があるからかもしれない。
ジュノは手を休め、その影の主、高さ18メートルの防御塔を見上げた。
逆台形の石積みが、あけきらぬ冬の陽射しを受けている。
一般的な建築物でいう二階にあたる高さに、鋲打ちの大扉が見える。
では一階はというと、ぐるり巡ってみても、隙間なく積まれた石組みの壁があるだけで、出入り口はおろか窓の一つない。
それは、この塔が立て篭っての戦いを前提とした建築物であることを意味している。
ただ、二階部の鋲打ち門扉まで味方を招き入れるための粗末な階段は、木箱を重ねたように一階部壁に外付けされている。
次にジュノが見上げた三階部には、縦長のスリット状の窓、矢狭間が、横幅およそ16メートルの一辺に四本刻まれているのが見え、東南の一角には部屋のような突き出しがある。
矢狭間からは立て篭っての防戦時、弓矢や魔法を打ちかけるためのものとジュノは記憶している。
隅に突き出している小部屋は、何のためにあるものか。彼には判然としなかった。
四階部は薄く、さらに屋上部を見上げると、胸壁の歯形が等間隔に並び、内側の狼煙台と旗竿の根金具が覗いている。
人間の北限。この辺境の最前線に、砂岩を方形に切り出した石が台形に積み上がって、一千年。この最前線を護ってきた。老兵のような防御塔である。
そんな塔を見上げている彼の背後で、低く、しわがれた声がした。
「よう。やってるな、坊や」
振り返ると、ゼブラ・ゴーシュがいた。
ジュノは慌てて斧を背に回し、鋭く立礼をした。
「──おはようございます!」
だが、考えてみれば太陽は真上近くにある。「おはよう」は少し嫌味だったかもしれない。ジュノはひとり苦虫を内心で噛みつぶした。
(でも、ほかに適切な挨拶が見つからないよ……!)
気まずさを飲み込み、直立で次の言葉を待つ。
だがゴーシュはそのまま歩み、薪の山に腰を下ろし、薪割り台に茶盆を置いた。
「まぁ、ここじゃそういうのはいいから。気楽にやれ」
盆の上には、ポットと、二つのマグカップ。
「疲れたろ。まあ一服つけようや。お前も座れ」
彼は、キビキビとした動作で真正面を外し、斜向かいに腰を下ろした。
ゴーシュは、彼の角をとって歩くような動作に、懐かしそうに、また、可笑しそうに口もとを拳で覆った。
「可愛いもんだな。セムの奴は元気かい」
ジュノは声を張る。
「ご壮健でいらっしゃいます!」
ゴーシュは、その大声に顔をしかめたが、
「まあ。っていうか、ほんとに楽にしろ。声も普通に聞こえりゃいいからさ」
マグに湯気立つ茶を注ぎ、ジュノへ勧めた。
ジュノは、あご先を上げた姿勢から、ちょっとだけゴーシュを目で窺って、手をズボンで拭きながら、「では失礼します……」と、マグを慎重に取った。
ハーブ茶に鼻先を近づけると、刺激臭がする。しかも、なんとなく、油膜が張っているように見える。
ジュノは、上目遣いに、ゴーシュの顔色を窺った。
ゴーシュは、目を細めた。
「かわった匂いかずるだろ。ヒマというハーブだ。薬になる」
けれどもジュノは、ゴーシュよりも先に自分がマグへと口をつけるのがはばかられるのか、チラチラと、彼を気にして目を動かしていた。
ゴーシュは噴き出した。
「安心しろ、毒なんか入れていない」
「もちろん! 疑ってなどおりません!」
温かいのに、湯気は立っていない。怪しすぎる。だがジュノは、それを一口含み、ほっと息をつき、残りを一気に飲み干した。
「うまいだろ」
「はい!」
それは、安心から出た声だった。味はともかくとして。
ゴーシュは、再度目を細め、自分もカップを傾けた。
二杯目の茶をジュノに注ぎながら言った。
「あのマールムがうるさくてな。運動がてら薪割りは俺の仕事なんだが……」
右の薬指の先が欠けており、甲から手首にかけて古痕が走っているのが見えた。
「ぶっちゃけた話、助かるよ。腰が痛くってかなわんのよ。ありがとうな」
「……いえっ、光栄です!」
彼は、抱えるようにしてマグを持ち直した。
その様子にゴーシュは苦笑する。
「だからぁ、そんなに固くなるなって。ここは練兵場じゃないんだから」
ジュノは肩をまるめて、上目遣いでゴーシュを見た。
「しかし……最前線と聞いています」
ゴーシュは小さく頷いて肯定した。
「そう。辺境、すなわち最前線」
このアムルの山脈は、人間の王国の最突端。これより北は、幅40キロメートルの非武装地帯《DMZ》にできた異形の森。
森には残留魔力で巨大化した昆虫、巨蟲が棲み、そのまたさらに向こう側には、魔王軍の最精強、第四群が控えている。
ゴーシュはそう言ってから、カップを両手で包んだ。
「だが……静かだろ? このあたりは」
「ええ。たしかに」
ジュノは砦の柵の向こう、北面の森を見渡した。
「不思議なくらいです。むしろ、ここに来る道中のほうが……いろいろと」
「だろうな」
そう短く応じ、ゴーシュはしばし言葉を止めた。
この砦に流れる静けさに、自己を溶かし込むかのように。
「たまに、あの防御塔の屋上から、DMZに魔法を打ち込むんだ」
彼は目を丸くした。
「DMZって、非武装地帯ですよね!? いいんですか」
ゴーシュは、薄っすらと笑った。
「名目上は巨蟲退治さ。向こうも承知の茶番だ。だがな……」
ゴーシュは、腰が痛むかのように背筋を伸ばしながら言った。
「そのおかげか、敵さんの浸透工作が静かになったよ」
この砦の南面からはじまるアムルの山脈は、人間にとって急峻で、魔族にとっては住み慣れた環境に近い。
いちど侵入を許せば、それを人が追うのは困難だ。
「……そんな、便利な魔法があるのですか」
ジュノの目は輝いたが、ゴーシュは微笑んで、語るのを終いにした。
「そう。便利な魔法さ。〝雷神の槍〟と言う」
陽射しが、ゴーシュの白髪を光らせている。
ジュノは、カップを手にしたまま姿勢を正した。
この、まだ寝足りないような英雄の背中に、一帯の静けさが深く、広く繋がっているのた。
「読みました。図書館の戦記で。カルナス渓谷でも、合計十二発の雷神の槍をお使いになったとか」
ゴーシュは、表情を隠すかのようにうなだれた。
「──まぁ。その応用技をな」
一千年に渡る人類と魔族の攻防のうち、最も新しい軍事衝突であるところの先の大戦の公式戦記、『第五次境界戦史叢書』には、カルナス渓谷の撤退戦でゼブラ・ゴーシュは、たった一人で魔王軍の第四軍を相手したとあった。
ジュノは、顔を上げて、赤土の中庭を見回した。
「もしかして、この砦も、守備隊って……」
あるべきカマボコ型の兵舎が無いのだ。あらためて目を丸くしているジュノに、ゴーシュは小さく笑んだ。
「そう。おれ一人さ。十年前からな」
聞いてジュノは総毛立った。
この事実を〝魔法〟と呼ばずして何を魔法と呼ぼう。そして続けざまに思った。
たった一人が五度にわたる延べ一千年の大戦で、毎回その発端になってきたこの辺境の最前線を守備しているのだ。
それと比べたら、これまで自分が目にしてきた人類の武器魔法など、針の先を並べた児戯に等しいのではなかろうか。
思わず息をのんで、目の前の英雄を見直した。
〝雷神の槍〟の詳細は、戦後十年の今をもってして機密なのか、戦史叢書は省いていた。むしろ、従軍体験者のよもやま話を集めたペーパーバックのほうが、おそらくは誇張を含みながら、その威力を書いてた。
「地を焼いて立つものの全て薙ぎ倒し、天では陽を覆い、土の雨を降らせた」──と。
ジュノは、背中で総毛立った。
「……すごいと思います。そんな魔法が、本当にこの世には存在したのですね」
けれど、目の前の英雄には、しばらくの沈黙があった。
カップを手にしたまま、それは何も言わなかった。
微風に、煙の匂いが混じっていた。
やがて、目を伏せていったジュノが、寡黙な英雄へと声を絞りだした。
「でも。僕みたいな半端者は、そんな凄い機密をあつかっておいでなゴーシュさまの弟子には…… やっぱり、なれないのでしょうね」
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次回は、明日12:00に公開予定です!




