第6話 めんどくさそうな剣士が来たぞ
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ジュノが沸かした湯は、よく温まっていた。
ゼブラ・ゴーシュは朝風呂をすませ、その後、二度寝を決め込んだらしい。
彼がふたたび起き出して、遅い朝食をとるため母屋の食卓へついたのは、陽もすっかり高く昇った昼前のことだった。
食卓には、黒パン、干鱈の薄いスープが並び、湯気を立てるハーブ茶を、マールムがポットごと持ってくる。
南向きの窓を開けて隣室の軒先を見あげているゴーシュに、マールムが声をかけた。
「いかがなさいましたか」
ゴーシュは、空室になっているツバメの巣を見あげていたのだった。
「いや。今年は遅いなとおもってな」
そんな穏やかな時のさなか──。
コンコン、と、玄関を叩く音がした。
納屋の裏手からは、薪を割る音がしている。となると、訪問者はジュノではないことになる。
ゴーシュは顔をしかめた。
「また、あいつかな……」
窓を閉め、渋々と、西向きの窓を上げた。
覗いた玄関先には、革鎧に身を包んだ若い剣士が立っていた。
「やあ。小間使い氏。主人はお帰りか」
剣士はゴーシュを、そう呼んだ。
金色の髪は短く刈り込まれ、腰の剣は革鎧同様によく手入れされている。
背は高く、歳は十八か九か。黙っていればモテるのだろうが、シワが深く刻み込まれたその口から出る言葉が慇懃無礼で、ゴーシュはどうも彼のことを好きになれない。
「いや。まだ当分帰ってきそうにないぜ」
「ふむ。ではせめて、殿軍の英雄殿の行き先を、これに免じて教えてもらえぬか」
剣士は、剣の柄の、翼獅子と双月を模した紋章に手を置いたまま、それを見せつけるように言った。
ゴーシュは、煙たそうに目を細めた。紋章に見覚えはある。王都なら、あの意匠を目にして頼みを断る愚か者はいない。
だが、ゴーシュは態度を改めない。
「……あんたもしつこいね」
「何だその言い草は……!」
「だって殿軍の英雄はこの砦に最初からいないんだもん。最初にそう言っただろ」
剣士は窓に歩み寄り、じろりと食卓の様子を覗き込み、鼻を鳴らした。
「小間使いの分際で、母屋で昼飯か。すっかりあるじ気取りだな」
そう言い残すと、剣士は踵を返した。彼はいまだにゴーシュ本人を〝使用人〟だと勘違いしているらしい。
「──また来る。ひき続きゼブラ・ゴーシュ殿に言付けを。アーガイルが、ぜひとも一手ご教示願いたいと」
剣士は庭のわだちを避けて、門へ下って行く。
その背中が、山道に小さく消えていくのを待って、マールムが奥から顔を出した。
「いっそ、お相手して差し上げたらよろしいのに」
ゴーシュは肩をすくめ、窓を下ろす。
「よく路銀がもつよな。もう一カ月だぜ。村の宿も安くはないだろ」
彼女は食卓に、カップを戻して茶を注いだ。
「でも、ご教示って……真剣勝負をお望みなのでしょう? あのお方は」
ゴーシュは席につき、両手でカップを包むように持った。
「そうだな。おおかた道場破りで食ってんだろうな」
カップを傾け、口元が、ふっと緩む。
「もっとも、おれも若けえ時分は、あんな感じだったから、笑えないけどさ」
マールムは微笑んで茶葉をとりかえる。
「ジュノさんは、まことに謙虚ですものね」
つられてゴーシュも微笑んだ。
「ああ。えらい違いだよな」
マールムも自分の卓につく。マグを手で包む。
ゴーシュは目を細めた。
「しかし、えらい買いようじゃないか。……まぁ、国立のウィンゲートに入れたくらいだから、良家のお坊ちゃんなんだろうけども」
そのおぼっちゃまに、今朝は風呂焚きなどさせてしまいましたよとマールムは、白くて粒のそろった歯を見せて、
「お風呂、沸かすのは初めてだと仰っていました」
そう彼の努力を、さりげなくゴーシュに口添えした。
「ほう。初めて、とな」
となると、彼は魔法学校でも成績上位者、ということになる。
「──上位の十名は、寮の雑用が免除になるからな」
ゴーシュの目が懐かしそうで、マールムは、柔らかい口調で尋ねた。
「お師匠さまは、ウィンゲートで学生でいらしたとき、どうだったのですか?」
落第生だった。
「もちろん、薪割りと風呂焚きは、今でも得意だもの。──で、坊ちゃんの初陣は最中、どんな顔だったかね?」
マールムは、記憶をたくり、手振りを真似て言った。
「それはもう……必死で。顔はもう、こんなふうに真っ黒で。やっとのこと火がついて『やった!』って、こうやってガッツポーズしてました」
楽しげな彼女に対して、ゴーシュのほうは、腕を組み、まるで困ったことでも起きたかのように、ふうむと唸った。
「いかがされました?」
「いや。ちょっとなぁ。悪いことじゃないんだが、素直すぎると思ってな」
そして、何かを思いついたように、尋ねた。
「そうだ。マールム、薬箱は今、どこだったかな」
彼女は、いつもの場所ですがと、心配顔を見せた。
「どこか痛むのですか」
が、ゴーシュは、
「いやなに。ちょっとな。生真面目に効く薬があったなと思ってな」
そう言いながら、悪戯顔でパンを口に咥えて立ち上がる。
そしてその顔のまま歩き出し、ドアノブに手をかけてから、真面目な顔で彼女に振り向いた。
「アブラ葉の茶を入れてくれ。坊主に持っていってやろうと思うんだ」
「構いませんけど、良からぬことに私のハーブを使わないで下さいね」
ゴーシュは首を振った。
「まさか。レッスンだよ。ジュノくんのね」
ドアは閉まり、マールムは訝しむ小首をかしげた。
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次回は、明日12:00に公開予定です!




