第41話 最前線でスローライフしてるこの人、やる気スイッチ入ったら激ヤバに強かった
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中庭に、ジュノとマールムが残っていた。
二人して見上げる防御塔の屋上には、二つの影。
黒い魔杖をゴーシュが片手で構えて、北の森へ向けている。
その後方には、胸壁の隙間にアーガイルが腰掛けている。
塔の上を流れていく雲が、足早に雨雲めいた黒さで過ぎていく。
マールムが、小声でジュノに言った。
「あそこからなら、森の奥まで射角が取れるんです」
弓矢やカタパルトで投擲する実体弾とは異なり、魔法弾は質量を持たない。よって、飛翔中に放物線を描かない。目標まで距離があるときは高所に陣取る必要がある。
それは、ジュノも学校で習った。
「でも、魔杖ですよ。魔砲ではなくて。そんなに射程距離は……」
マールムは、冷静な目で屋上を見上げたまま言った。
「そこは、お師匠さまですから」
彼女は得意げな顔をした。
「半年に一度、こうしてお師匠さまは、防御塔からDMZに向けて魔法弾を打ち込むんです」
ジュノは、訝しむような目を向けた。
「──なぜ?」
マールムは彼に微笑む。
「示威です」
DMZの向こう側。つまり、魔王軍の第四軍とバラドス将軍に、この砦を落とすことは容易でないと知らしめるため。
そう聞いてジュノは、息を詰めた。そして屋上のゴーシュをあらためて見上げた。
ゼブラ・ゴーシュは、足幅を杖剣格闘と変わらぬ自然な幅のまま右半身で構え、黒かった魔杖は光を放っている。
魔力を充填しているのだろうが、魔杖というものは普通、あんなにも輝く物ではない。むしろ通常それは過充填の危険信号だ。
「さっきの五秒充填もすごかったけど……」
どんな魔法弾を撃ち込めば、たった一人で魔王軍を牽制する事ができるのだろう。
「しかも、魔杖だけで……」
マールムは、ジュノに目を細めた。
「はじめてご覧になるのですもんね。きっと、びっくりすると思いますよ」
彼女が戻して行った視線の先、塔の上では、ゴーシュの魔杖はもう、金環蝕の太陽のように輝いている。ジュノは眉を寄せて過充填を危惧した。
「大丈夫かな……」
魔力を込めすぎた魔杖には、爆発の危険性があるのだ。
けれど、マールムは見慣れた様子だった。
「お師匠さまは、魔杖も特別製。ああみえて、魔砲ほどの剛性があるんです」
加えて彼女は、目を覆う仕草をして、ジュノに伝えた。
「目をこうして、手で覆ってください。閃光が来ます」
「閃光? そんなに光るんですか」
彼女は真顔で頷く。いつも通りなら、魔法弾は北の森に向けて放たれる。
「ええ。通常の爆発とは規模が違いますからね」
その瞬間だった。一帯の空気が震えた。
防御塔が屋上から光って、影を散らし──
マールムの予告通り、ゴーシュの魔杖の先、膨れ上がった巨大な光弾が、森を目指して横切った。
遅れて鋭い音が山あいを揺らした。
ジュノは、指の隙間から光弾の軌跡を追い、森に何が起きるのか見守った。
マールムも同様に森へと向きなおり、ジュノに告げた。
「来ますよ」
直後、森が隠す空の上で、光の輪がはじけながら広がった。
ゆっくりと、あたらしい太陽が一つ、森のすぐ上に生まれて、雲を下から照らしながら焼いて蹴散らした。
その様子に、目を細めたまま彼女がカウントを始めた。
「いち、に、さん、よん……」
数える四と五の間で、地面が震えだして鳴った。直後、ジュノは、太鼓の上の虫のように一度下から突き上げられて跳びあがった。思わず彼はしゃがみ込み──
まるで地震──そう思うより早く、霧のようなウィルソン雲をまとった衝撃波が音速で彼らに叩きつけた。
空気の硬い大壁が通り過ぎ、髪が後ろに逆立った。
耳、胸、腹、そして顔。全身の固いところも柔らかいところもまとめて大きな手が一発叩いて行ったような衝撃に、目が眩んでジュノは意識を失いかけたが、マールムは遊園地でアトラクションを楽しむかのように笑顔だった。
続いて爆風が来た。ジュノのフードは後ろへはね、母屋では窓が暴風に鳴り、防御塔の石目から粉塵を白粉のように舞わせた。
マールムは、嬉々として言った。
「四秒半。今日のはだいたい、一・五キロ先ですね」
地面に両手をついたジュノへと、笑顔をみせながら彼女は前髪を直した。
森の上には、キノコ雲が傘をひろげながら盛り上がっていく。
それはさらに天を目指して、雲を追い越して成長し──太陽を覆った。
足もとから影が消え、砦一帯は夜のように暗くなった。
周囲を見回すジュノは、膝が震え、声を発することができないでいた。
ジュノは、はっとして防御塔の壁伝いに目を上げた。ゼブラ・ゴーシュは静かに魔杖の先を下ろしていた。
その背中は、雷神の槍がごとく、一つの世界の黄昏を背負うかのように。
ジュノは、耳鳴りがする中で、震える唇を開いた。
「あり、ありえ……ない」
桁が違う。いや、桁がおかしい。ジュノは頬をつねりたい気分で言った。
「……うそだよ、こんなの。現実じゃない」
マールムは笑った。
「ほんとですよ」
北の森の上にあった春空は、すっかり土色の雲に覆い隠されてしまった。キノコ雲の高さを、ジュノはもう一度、首が折れるほどの角度で見上げて、へたり込んだ地面の上、あまりの驚きに、尻尾と犬耳が生えてしまっていた。
マールムは、そんな彼に、誇らしげな笑顔を見せた。
「過圧弾。別名、デイジーカッター。空中爆発させて地表を広範囲に圧で押しつぶします」
楽しげに彼女は、背中側で手を組んで胸を張った。
「陣形や補給線に効果抜群なんです」
ジュノは、無言でうなずいた。
だが、目の当たりにしたものは、地に生きる者には許されない技──そんな気がした。
神にのみ、許されたみわざ──。
それでも、なぜ森の中に円く開けた空地があったのか、それは理解できた。
ジュノは、マールムを見上げた。
「じゃあ、あの、メガマンティスが出た笹の薮も……」
「ええ。お師匠さまの魔弾の爆発痕です」
マールムは、すっかり得意げだが、その傍らでジュノは脂汗を浮かべている。
「そうか。概念が違うんだな。お師匠さま自体が、抑止力ってことなんだな……」
微笑んでマールムは、塔の上で目を剥いているアーガイルを見やる。
「これで彼も、無謀な試合をあきらめてくれると良いのですが」
ジュノは、その言葉に、頷くしかなかった。
「たしかに……」
これでは勝負にならない。
大量破壊兵器と、剣士の試合。──そんなの比較自体がナンセンス。
静まり返った砦に、まだ何かが震えていた。
ゼブラ・ゴーシュ。
ジュノは見上げた。
聞いていた伝説よりも、存在のほうが上回っている。
なぜ、たった一人でこの最前線を押さえてこれたのか。
なぜ、カルナス渓谷で若王を逃しおおせたのか。
全ての疑問が、たった一発で氷解した。
「でも……」
ジュノは、太陽を覆うキノコ雲を見あげた。
比類なき雷神の力。
地を焼き、等しく生を薙ぎ倒し、天まで覆う破壊の光。
それは、彼の半分の血を畏怖させて、残り半分を興奮で沸き立たせた。
彼は、打ち震えながら、心の底から、目の前のこれを欲しいと望んだ。
「……この力……」
ジュノは、眩んだ目を瞬かせながら、塔の上を見つめた。
防御塔には、ゼブラ・ゴーシュが魔杖を下げて眩しげに国境の向こうを眺めていた。
舞い上がった土が、雨のように降りだした。
ジュノは総毛立ち、その破格の人の背中へと、あらためて目を奪われた。
【第一章 雷乃発声了】
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次回は、明日12:00に公開予定です!




