第40話 閃光。そして戦場の心得③
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砦の中心にそびえる防御塔は、石を重ねた逆台形。
全高は約18m。
二階の位置にある鋲打ちの扉に、木箱を積んだような外階段が繋いでいる。
その階段の前で、アーガイルがゴーシュに問うた。
「なぜ、アイツを弟子にとろうとしない」
ゼブラ・ゴーシュは、肩に魔杖をスリングでかけたまま、片目を擦りながらあくびを噛み殺した。
「とったろう。仮入門だ。これでも大サービスなんだぜ。──それに、こんな早起きして稽古までつけてやってたじゃねえか」
面倒な問答は勘弁とばかりにゴーシュは木箱のような階段を登った。
アーガイルは、松葉杖のまま、黙って見上げた。
鍵を開けて、ゴーシュは振り向いた。
「……わかったよ。上がってから話す。屋上まで先は長いぜ」
重い扉を肩で押し開く。
「なんせここは家じゃねえ。実戦用の防御塔だ」
塔の二階は薄暗く、詰所になっていた。オーク材の床には泥の跡と灰がまじりあっていた。左右に光が差しこむ矢狭間、天井の梁からは縄で吊るした燭台がホコリをかぶっている。
その奥、石造りの狭い螺旋階段が右巻きに上階へ向かって続いていた。
段差は高く、幅は人一人がやっと。
ゴーシュは言った。
「のぼれるか? その足で」
「行ける」
アーガイルは強がってみせたが、ギプスを巻いているのは右脚。そして松葉杖をついているのは右手。
ゴーシュは、「無理だな」と言った。
「この螺旋階段は右巻き。上る者の右手を封じるように作ってあんだ」
ゴーシュは無言で背を向け、「ほら」とだけ言った。
「なんのつもりだ」
「おんぶだよ。早く乗れ」
アーガイルは耳を赤くした。
「おぶされだと……!?」
螺旋階段の先にある、わずかな光をにらむようにしてアーガイルは言った。
「だが、いいのか。俺に背中を取らせて。いつでも首を掻いて良いと言った先ほどの言葉、忘れてはいないぞ」
かかって来いとばかりに彼は松葉杖を放って捨てたが、腰の剣はそのままだ。
「背負ってみろ!」
ゴーシュは苦笑しつつ、彼の松葉杖を拾いあげて、壁に立てかけた。
「──戦場の心得、その三。〝上る前に、降りる算段をしろ〟」
「どういう意味だ」
「お前、森の中でもそうだったろ。帰りのことを考えず技を連発して……気力を使い果たした」
ゴーシュはアーガイルに歩み寄り、難なく彼を腰に担ぎ上げた。
そうして、螺旋階段を一歩一歩登り始めた。
頭上の天井には、殺人孔が四角く枠取って空いている。ちょうど正面の鋲打ち扉を抜けたところの真上にあたる位置に、だ。
それを背中で見上げている様子に、ゴーシュは声をかけた。
「思ったより軽いな。いくつだ」
「……十七」
ゴーシュが頷き、言葉を飲み込むと、アーガイルが低く言った。
「年齢がどうしたというのだ」
「もう長いのか。兵法修行の旅は」
沈黙のあと、アーガイルは呟いた。
「十年……」
父を失い、旅立った歳は七つ、と言うことになる。
ゴーシュは珍しく、湿っぽい声を出した。
「そうか。苦労させちまったな」
三階部の炉部屋に、ゴーシュと、アーガイルの横顔が出る。
空気が変わった。火が入っていないはずなのに、煤の匂いが残っていた。
壁の炉には、昨日の事のように戦時中の残り炭が残っていた。その脇の床には、厚そうな木蓋がひとつ──先ほど天井で目にした殺人孔の位置にある。
背中でアーガイルが木蓋へと目を向けている様子を察し、ゴーシュは言った。
「兵法修行なら、内部構造には興味はあるだろう」
「よくスケッチはする」
「中は?」
「……初めてだ」
「なら、泊まっている間に、よく見ておくといい」
ゴーシュは、階層ごとの構造を簡潔に語る。
この塔の一階部は地下倉庫。井戸と簡易の鍛冶場もある。出入りの門扉は二階部の壁だけ。はじめに上った木製の外階段は、戦闘時には火をつけ燃やして灰にする。
「二階部は兵の詰所。三階部は暖炉と迫り出しのトイレ。今は客間造りになってるが、有事の際には指揮所になる」
四階部は、矢狭間と倉庫。それから屋上。水源は屋根の雨水溜めと一階部の井戸。
「普通、手の内は見せねえが、足が少し良くなったらこの三階を貸してやる。ゆっくり探検しな」
四階に上がる。外壁に並ぶ縦長のスリット窓、矢狭間から、DMZの森が遥か遠くまで見渡せた。
アーガイルは「借してやる」と言うゴーシュの言葉に、どもりながら、どう礼を言ったものか、まだまごついているようだった。
彼を背負ったまま足を止め、ゴーシュは、矢狭間から森の遠きを眺めた。
「静かだな」
アーガイルも、横目をやりながら言った。
「……静かだ」
森の彼方──俯瞰してなお視認できる位置に、いくつも不自然な凹みがあった。
それらは円形で、周囲の樹々がまるで吹き飛ばされたように抉れている。何らかの爆発痕だろうが、アーガイルには、その形に心当たりがあった。
なかに一箇所、黒く焦げた円形の笹原が見え、アーガイルがその距離の近さに声を上げた。
「あそこが、メガマンティスの出た……あの笹薮か」
「そう。川までは、まだ半分ってとこだな」
ゴーシュは笑わず事実だけを言い、アーガイルは悔しげに、口を固く結んだ。
「……」
ゴーシュは、彼を背負い直し、歩きはじめた。
「だから、戦場の心得その三だ。あらゆるリソースは有限。戦さに勢いは大事だが、のぼった木の上で立ち往生が似合うのは子猫のうちだけだ」
螺旋階段にゴーシュは足をかけて、踏んだ。
屋上の直下、四階部に着くと、天井に四角くハッチの隙間から光が漏れていた。
ゴーシュは、息を整えながら言った。
「子どもの遠足と同じさ。行きは元気がある。だが帰りは疲れて眠い。同じ距離も帰りには遠くて長い……」
アーガイルは、黙して聞いた。
急な階段を上って屋上に出ると、砦の上空には風が走っていた。
壁には、胸壁と言う規則的な凸凹が胸の高さで並んでいる。その隙間に収まるようにして、アーガイルは腰を下ろし、ゴーシュは痛むのか屋上の中央で腰を伸ばした。
上空を、猛禽が旋回している。
眺めながら、ゴーシュが口を開いた。
「なぜ弟子をとらんのだと、言ったな」
ゴーシュは、一瞬だけ目を伏せた。
風に揺れる髪の陰で、何かを決断するように目を細め、胸のポケットから紐を摘み出して革の巾着袋を取り出すと、アーガイルに手渡した。
「──見ろ。その中身が答えだ」
巾着を開いて、アーガイルは、中を躊躇いがちに覗き込んだ。
そこには、小さな歯と、牙が幾つも入っていた。
歯根が残っているものばかり。十本以上あるように見えた。
どれもエナメル質に、ナイフの先で傷付けたような文字を刻んでいる。アーガイルは目を凝らし、その文字を読む。
「マルコ、リナ。ヨアン……名前か」
さっと彼の表情に、血の青みがさした。
魔族は、生還を期待しない作戦時、自らの歯牙を抜いて遺骨代わりにすると聞いた事がある。
そして、その歯牙の小ささ──。
アーガイルは、ゴーシュを見上げた。
「これは……」
「カルナス渓谷の英雄たち。つまり、真の〝殿軍の英雄〟たちさ」
そう聞いて、アーガイルは、巾着を両手で持ちなおした。
中の歯牙は、どれも息を飲むほどに小さい。
「あわせて十二人」ゴーシュは森を眺める。
「バラドス将軍の首を取る作戦だった」
背中からは彼の表情が読めない。
アーガイルは、察した。
どれも明らかに乳歯だ。真珠のような小さな歯ばかり。
ゴーシュは、風に目を細めながら振り向いた。
「──だが、作戦は中止。おれが命じた。若王を救うため渓谷に残れと」
声が、風にかき消されそうになる。しかし、彼は誤魔化さなかった。風が止むのを待って口を開いた。
「……魔法爆弾を抱かせて」
重たげなまぶたに、一列に整列する半魔の少年と少女たち。
大きすぎる軍服をたくし上げ、鍋底のように黒く焦げて凹んだ鉄鉢を被って、敬礼を向けて来る。
その髪を、直そうともせずゴーシュは、声を詰まらせ、風に吹かれたまま言った。
「だから、おれは殿軍の英雄じゃない」
アーガイルは、袋を見つめた。
「理解した。だが……」
やがてアーガイルも立ち上がり、口を閉じた革巾着に胸前で十字を切った。それをゴーシュへと返し彼は、
「腕は確かであろう」
ゴーシュは首を振った。
「砦の客人は、皆、殿軍の英雄に会いに来る」
ゴーシュは胸のポケットに革袋をしまった。
「お前さんにも言ったろう。ここには、英雄などいないと」
そして肩のスリングから魔杖を外し、DMZの森の方へ体を向けた。
風が止む。なのにゴーシュの肩口に繊維片が立ち上がって揺れている。
「いるのは、ゼブラ・ゴーシュ。異常な魔力をもって生まれて、王に死を禁じられた偽りの英雄。そして、その抜け殻」
ゴーシュは、左手をポケットの中に差して、バランスをとりながら、右手だけで魔杖を森に向けて構えた。
「──ご覧にいれよう。これが、おれの呪いだ」
アーガイルが風に目を細めた。
声にせず、ただ衝撃に備えた。
と、黒い魔杖が、青白く光を満たしてもなお注ぎ込まれる膨大な魔力で激しく光り出した。
ゴーシュは、ありえない速度で、ありえない量の魔法を注ぎ込んでいると見えた。
魔力の過充填── それは周囲が暗く見えたほどに──暴発を危惧するようにアーガイルが目を腕で隠した。
ゴーシュが横目で、顔を覆う剣士を見た。
「アーガイル。この悪魔を、どう始末してくれる」
孤独な微笑み。
全てを理解して彼は息を呑んだ。
——次の瞬間、世界が裏返るような閃光が防御塔を暗転させ、影にした。
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次回は、明日12:00に公開予定です!




