第38話 バレてたみたいです、マールムさん
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
◇
母屋の扉がゆっくりと開いた。
松葉杖をついたアーガイルが、腰に剣を吊しながら現れ、その後ろにマールムが続いた。
砦には春の空気が漂っていた。
北の森からは、芽吹く間際の草木の匂いが乗っていた。──そのうえ、納屋の前からは、木と木がぶつかり合う乾いた連続音も。
アーガイルが、お目当ての、その音がする左手──納屋の方へと視線を向けた。
見える人影は、ゴーシュとジュノに違いないが、魔道士の二人がお互い自分の魔杖を納屋の壁に立てかけたまま、長い木の枝を槍のように構えて、打ち合っては離れ、また向かい合う。
アーガイルは、怪訝な顔で眉を寄せた。
「……あれはなんだ」
マールムは扉を閉めて、風に髪をなびかせた。
「杖剣格闘術です」
自然体で立つゴーシュと、腰を落として構えたジュノが向かい合って手にしている木の枝の長さは、着剣時の魔杖と同じ170センチ強。
「見れば分かる」アーガイルは痛みを堪えて汗を拭った。
「だが、ふたりとも魔道士ではないか。なぜに白兵戦の訓練なのかと聞いている」
マールムは先に二段の階段を降りて、赤土の上、松葉杖のアーガイルへと振り返った。
「ええ。まずジュノさんの弱点から補うのだそうで。──よければ手をお貸ししましょうか」
「いや。いい」
短く答えてアーガイルは、痛みを堪えて階段を下りはじめた。
前方では、ジュノが裂帛の気合いとともに、ゴーシュへと突撃した。
彼が枝の先で狙うのはゴーシュの腹部。カカシのように立つゴーシュに向けて、真っ直ぐに穂先を突き出していく。
──だが、ゴーシュは、カカシに似てそれにあらず。ジュノが体重を載せて飛び込んで来る穂先に向けて、ほんの数センチ足を踏み出した。
すると、その半歩は斜めの軌跡を描き、軽く持つ枝で作った斜面でジュノの枝をそらしながら、そのまま粘るようにジュノの突進するベクトルをずらしていった。
ゴーシュのしたことは、たったそれだけ。
けれど、ジュノは、直進からやや側方に突進を逸らされた。
「んっ……!」バランスを崩し、息を詰めたままつま先立ちとなり、浮き足立った彼のそこに、すれ違うような位置関係のままゴーシュが肩で当て身を合わせる。
「──のわあっ」
傍目には、ゴーシュが半身でやや腰を落としたようにしか見えなかった。
その横を、突進の勢いのままジュノが前につんのめって足を地から離し、結果、赤土の地面に受け身もなく彼は顔から突っ込んで、泥が春風に舞った。
少年の力任せと、古兵の余裕。その落差は残酷なほど鮮やかなものだった。
ゴーシュは、ジュノが起き上がるのを、青空を背にして待つ。
「転ぶときはな、地面を見るんじゃない。肩越しに空を見ろ。前回り受け身だ」
ジュノは、口に赤土を噛みながら飛び起きて、またゴーシュに枝の穂先を構える。
遠目に彼らの稽古を眺めながら、マールムが、松葉杖のアーガイルの歩調に合わせて話しかけた。
「ジュノさんと、森の中では共闘したそうですね」
アーガイルは痛みを隠したまま、額に汗粒を浮かべた。
「とぼけなくていい。あんたも見てただろ」
マールムは顔面を硬直させた。目を宙に泳がせた。
「な、なんの話ですかね……」
「隠形術で追跡してたろ。ゴーシュとあんたで、俺とジュノのことを」
彼女は、驚天動地の顔をして足を止めた。
「──ば、ばれていたんですか……?」
ジト目のままアーガイルは歩を進めた。
「むしろ、あれでなぜバレていないと思えた……」
他意は無い。しかしマールムは足を止めたままいた。アーガイルは、振り向いた。
「どうした」
マールムは、うつむいていた。
「お膝のこと……申し訳なく思っています」
剣士として、その種の負傷は致命的だ。
だが彼は、目を合わせないまま言った。
「恨みっこなしだ」
マンティスが駆け出す前に、ジュノと交わした約束だ。
アーガイルは、松葉杖を先に送る。歩きながら言った。
「あんたが手出しをしていたら、ジュノ・ジャクセルの真意ははかれなかったろう」
その背中を見て、マールムは心苦しそうに空の手のひらを握りこんだ。
「彼と……いっしょに戦ってみて、どうでした」
尋ねながら足を踏み出した。
先行くアーガイルは思案顔で、杖をつく。
「初の実戦だ。しかも蟲を相手に死ななかったのだから、上出来だろう」
マールムの口元が、小さく緩んだ。
「……ですよね。わたしもそう思います」
アーガイルは、納屋の前でまた顔から地面に突っ込んでいく少年へと目をやった。
「──だが。知性ある人間相手では、あの通り秒殺だ」
マールムも、前を見る。
泥だらけで立ち上がるジュノの姿に、アーガイルは冷静な目で言った。
「良くも悪くも、あいつは真っ直ぐすぎる」
突進、転倒、再起。ジュノの動きは一貫していた。だから完全に予測が可能だった。突きのタイミングにも角度にも変化がない。それは、駆け引きというよりも、繰り返しの反復作業のようだった。
アーガイルは呟いた。
「あれでは、グーのみで、ジャンケンに勝とうとしているようなものだ」
彼は小さく口もとを歪める。まるで、自分を見ているようだった。
「最低でも、あと二つ手札がないと難しいな」
ふたりは、彼らの訓練を、足を止めて見守った。
土ぼこりをあげてジュノは転げ、枝先を構えて、青空へとまた立ち上がる。
そして、頬の気合い一閃、師に向け突っ込んで行き、また転がされて泥を巻き上げる。
ふらついて、歯を食いしばって、立ってはいるが、足元はもうおぼつかない。
気を吐くジュノは、負けても、目の光を失わない。
「──ま、まだ……まだ、もう一本!」
けれども、その目は、周囲を見ていない。ゴーシュはその様子に、自分の枝を肩へと担ぎながら、左手は前方に向けて差し出した。
それは──講和の構え。
アーガイルは険しい目を細めた。
泥の上、ブーツの底が左右へとよたついているジュノに、講和の構えのままゴーシュは声を投げる。
「……いや。ジュノ。今日はここまでだ。やる気は充分、見せてもらった」
だがジュノには聞こえていないのか、三角な目のまま突進した。
ゴーシュは、やれやれと眉を寄せた。
「しょうがねえなあ……」
講和の構えのまま顎を引いて、接近するジュノまでの間を測る。
ジュノの突き出す枝先に、左手で触れる。と同時、ゴーシュは左半身をひらりと右半身に入れ替える。この半身から半身への入れ替わを枝に乗せ、肩の支点でテコを利かせ、ジュノの尻へと痛烈な一撃をくれた。
「キャイン!」
火が付いた犬のように悲鳴を上げ、ジュノは跳ねた。そのまま空中で掴まれた枝ごと一回転し、彼は尻からぺたりと、地面に座り込んだ。
ゴーシュは、彼の背面で、自分の枝に加えてもう一本、いつの間に奪ったのかジュノの枝を肩に乗せていた。
「まったく、オメーは騎兵向きだよ。脳筋と言うか、まあ根性はスゲーわ」
手の上で、くるりと回した枝の根本のほうをジュノの手に取らせ、ゴーシュは目を光らせた。
「──しかし、講和の構えは、対話のはじめでもあり、言葉が通じない相手には即座に斬撃移行する殺し札だ。身をもって憶えたろ」
彼は総括するように続けた。
「あとな、こーゆー対人訓練は特に頭へ血がのぼりやすいもんだが、勝ち負け以上に大事なのは、周囲の観察だ。格闘訓練を格闘で終わらせるな。始めに言ったろう。おバカものめ」
ジュノは、しょんぼりと肩を落とした。
「はい……」
ゴーシュは、枝で自分の肩コリを叩きながら、そういえばとマールムたちを振り返った。
「まぁ。根性と体力は褒めてやる。だが、もちっとズルくならにゃあな」
ゴーシュは、アーガイルに言った。
「なぁ、あんたもそう思うだろ、最強剣士どのよ」
言われて、アーガイルは小さく目を逸らし、やや置いてボソリと答えた。
「……素材はいい」
ゴーシュは、ジュノに、ふひひと笑って歯を見せた。
「だとよ。よかったな。おれもそう思うぜ」
その視線は、また引き返してアーガイルを見た。
「しかし、おたくも頑丈だな。もう動けるのかい」
アーガイルは、松葉杖でそっぽを向いたまま、風に吹かれた。
ゴーシュは、その沈黙を答えとして受け取った。
「このとおり、ジュノは願いが半分かなって、仮入門だ」
アーガイルの腰に吊された剣をチラと目で見て、ゴーシュは続けた。
「だから、おたくの望みも半分、かなえてやってもいい」
その視線に、アーガイルも横目を向けた。
「……いたみいる」
そして剣士は、松葉杖に右脇を預けたまま、左手を腰の剣柄へと置いた。
「魔杖をとられよ、ゴーシュどの」
目を英雄へと合わせた上での、丁寧な言葉だった。
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ
次回は、明日12:00に公開予定です!




