第30話 笹の平原と、もう一つの透明な影
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
◇
その頃、ジュノは──。
突然、頭上にひらけた空を見上げ、唖然としていた。
見回すと、巨木の樹海がここだけ、空をまるく覗かせていた。
どうやら円形の平原のようだ。そこ一面に背の高い笹が密集して生い茂っている。
ジュノは、横倒しの根が露わな倒木へとよじ登って、平原を見渡した。
それは円形の笹原だった。
こうして俯瞰すると、円の直径は約600m。そこを埋めた枯れ笹は一枚の巨大なパンケーキのように見える。
円の外縁部には、示し合わせたようにどれも根から外向きに倒れた巨木が、白く変色して枯れている。
その様子からして、おそらくここは円の中心で起きた何らかの爆発が作った爆発痕だとジュノには思われた。
「でも、魔砲弾の跡にしては、ちょっと大きすぎるな」
魔力を遠方まで投射する魔法大砲、略して魔砲でも、接地起爆ならその着弾点にのこりクレーターの直径は、せいぜい3から4メートル。
枯れ笹のパンケーキの表面が、渡る風に、麦畑のような波をうってざわめいた。
その葉擦れの音が、いっそう静けさを際立たせていた。
いずれにしても、樹海にこうして真円状に樹木を薙ぎ倒して空白を作ったのは、なんらかの大型兵器だろう。
倒木の上で腰を下ろし、表面の風化具合を手でなぞりながら、ジュノは呟いた。
「ゴーシュさまなら、知っていたりするかもね」
枯れ笹の原を再び視界に入れて、ジュノは水筒を手にしばし休憩をとった。
吹き渡る風が乾燥していて心地よかった。
それでも脳裏には、先行くアーガイルの姿がかすめた。
樹海の中、彼もシダをかきわけて進んでいるのだろうか。
けれど、同じ人間の足だ。さして進む速度は変わらないだろう。
そう考えた時、ジュノの頭にアイデアが閃いた。
(人狼化して進めば、下草なんて目じゃないぞ……)
こっちは四つ脚で走れるんだ。そうしたら20km先の国境の河なんてすぐだ。バグズも今の人間形態で進むより圧倒的に怖くない。いいじゃないか。ルール説明でもそれを禁止だとは言われていない。
すると、黒い魔の影が顔を出してきた。彼を背中から取り憑くように囁く。
──そうさ、ラクをしよう
──誰も見ちゃいないんだし
──相手だってさっき、お前を突き飛ばしたじゃないか
ジュノは魔の誘惑を振り落とすように、首を強く振った。
ここで人狼化は、なんだか卑怯な気がする。
自分が人間であることの証明のために、ここに足を踏み入れたのだし。
胸の内で、そう繰り返すと、心に火がともるような気がした。
小鳥が鳴いていた。
ジュノは、気を取り直し、方位磁石を見る。
針は、ほぼ真北を向いていた。
近道をするならこの笹薮を突っ切って直行するのが吉だが、背丈の倍近い笹の中へ踏み入るのは危険だと、学校で学んだ知識が言っている。
笹薮やトウモロコシ畑に入る場合、内側は視界が無いと心得るべし。
方向感覚だけなら方位磁石でなんとかなるが、不意に敵と遭遇する恐れがある。
もっとも、人狼化すれば鼻が効く。耳もだ。ジュノに誘惑は尽きない。
ため息をついて水筒に栓をした。そして安全なルートを取ることに決め、倒木からは飛び降りた。
魔杖を胸の前でロウレディに構え、笹原の円周に沿うようにして東へ向けて歩む。
焦りは禁物。爆発痕にできた枯れ笹のパンケーキを迂回する。
時間はかかるが、バグズが潜んでいるかも知れない笹原に直接踏み込むのは危険だ。
「ゴーシュさまも言ってたしな。近道を見たら、その近道を疑え。って」
そうジュノが口角を上げて歩いていると――ふいに、笹の垣根の内側へ向けて刈り込まれたような曲がり角へと行き当たった。
彼は、着剣してある魔杖の先で牽制しながら、さらに遠回りして慎重に道を覗き込む。
すると、笹の根元にバリカンを当てたような一本道がそこから彼方まで伸びており、向こう側の出口の先には、対岸の森が小さく見えていた。
ジュノは、音を鳴らして、生唾を呑み込んだ。
直線道には、誰もいない。
人が一人、走って通るには充分の幅だ。
方位磁石を確認すると、この道は、ピタリと真北に向かっている。
パンケーキの円弧をなぞって進むより、この直線を突っ切るほうが早い。
しゃがんで笹の断面に触れると、鋭利な刃物でたった今、切られたばかりのように新しい。
ジュノは、アーガイルが腰に帯びていた剣を思い出した。
「……そうか」
この道は、先行する彼が何らかの剣技で切り拓いたのかもしれない。
そう思うとなんだか悔しい。けれど、この先の森も中でも、あの鬱陶しいシダにこう言った道がついているかも知れない。
(追いつけるかもしれないぞ)
魅力を感じる半面、ゼブラ・ゴーシュの教えもジュノの脳裏をよぎる。
(これは、毒……かもしれないぞ)
腹痛が、下っ腹の記憶に蘇る。
頭には近道だが、腹は苦い道だ。
板挟みにジュノは唇を噛んだが、思い切って立ち上がった。
──悩んでいる暇はない。
レースなのだ。安全とリスクの塩梅を測る知恵と勇気が試されている。
それに、魔杖騎兵のモットーは、〝リスクをとって勝利せよ〟。
彼は顔を上げる。
毒も、飲むのと、飲まされるのには、雲泥の差があるはず。
用心して進めば、毒もまた、あるいは薬に──。
ジュノは腹を決めた。
「のんでみようか。この毒……」
魔杖を肩付けで水平に構え、膝にもゆとりを持たせたまま、刈り払われた一直線の道へと慎重に踏み込んでいく。
待ち受けるのは巨蟲かアーガイルか。
笹の壁に挟まれて歩く。
嗅覚も聴覚も、人の形のままでは、結局のところ人並み程度であって役立たない。
結局は視界のみだ。それも今は前後方向に限られている。
道の上には、あの剣士が踏み付けていった跡だろう、茎が潰れた箇所がある。
自分のブーツの音が、敵の気配をかき消さないよう、耳に集中しながら進む。
心拍数が上がってきた。
笹が密に茂る左右の壁は、その向こうが見えない。
それでも全身と五感で周囲に危険の気配を窺いながら、慎重に足を進める。
けれども──まだ彼は気づいていなかった。
魔杖を構えて振り向きもせず北へ進むジュノの背後には、彼と距離を置くようにして、遅れて笹の道へと踏み込んだ──透明な影があることに。
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ
次回は、明日12:00に公開予定です!




