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最強と無双をやめたおっさんのもとには、厄介ごとしかやって来ない。【辺境砦の無気力英雄】ゼブラ・ゴーシュはのんびり暮らしたい  作者: 朱実孫六
第一節 辺境の砦と無気力な英雄

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第3話 最強おっさん、他人のふりをする

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 納屋の表で薪を割りながら、ジュノは、熱を込めて中年男に聞かせた。


 いかにゼブラ・ゴーシュが殿軍しんがりとして、幼き若王を窮地から救ったのか。


 図書館で読んだ戦史叢書の引用をまじえて、彼の口調は、この物知らぬ使用人に語ってやれる自負の熱を帯びた。


「──こうしてカルナス渓谷の撤退戦を、最後まで支えたのが、あなたのご主人、ゼブラ・ゴーシュさまなんです」





 ジュノは、振りあげた斧を、そのままに熱弁した。


「追っ手の魔王軍、最精鋭の第四軍は五千……」


 斧が丸太に食い込み、乾いた音が響く。


「ゼブラ・ゴーシュはたった一人、その行く手へ敢然と立ちふさがった!」



 その奮戦により、魔王軍第四軍は大損害を出し、即位したばかりの若王の追跡そのものを断念せざるを得なくなった。


 そして、一度は自害を覚悟した幼き王は無事、王都へと生還を果たした。



「若王は、当時いち兵卒に過ぎなかった平民のゼブラ・ゴーシュに才覚を認め、侍従として側におくことにしたんです。すごいことです」


 けれど、ゼブラ・ゴーシュは戦後、要職に就くことを固辞し、自ら望んで辺境の砦に隠棲した。


「おそらく、彼は、清貧の誓いを貫いておいでなのです」


 汗を拭いてジュノが振り返ると、無精髭の男は、陽だまりの中、鼻にコヨリを差し込んでいた。


「へ……、誰が……そんな話に……したんだかなァ……へっ!」


 男はクシャミのあと、また気だるそうにして、納屋の壁へと頭をもたせかけた。


「ゴーシュって人間はさ、そんなご大層なもんじゃないぜ」


 ジュノは、なかばむくれ顔で斧を置いた。


「いや事実。立派です。あなたは幸福に思うべきです。ゴーシュさまのおそばにいられるその立場を」


 しかし、ジュノがこうして熱をこめるほどに、男のまぶたは重くなった。


「まあ、好きにしてくれや。おれは明日の薪が割れてくれりゃそれでいい」


 そう言いながら彼は、壁にもたれたまま腕を組んで、えりまきを目深に持ち上げた。


 ジュノは口を尖らせた。


「……寝ようとしてませんか」


 男は、片目を開けて、うらめしげに彼を見た。


「いいや。とてもじゃねえが寝らんねぇよ。知ってる話と違いすぎる」


「しってる……話?」


 そのとき、母屋の方で、鈴の音のような少女の声が響いた。


「──あった!」透き通った声だった。


 ジュノは、声がした母屋へと顔を上げた。赤土と残雪の砦の中、春の風のように明るい音色としてそれが聞こえた。


 男へと、尋ねるようにジュノは呟いた。


「今の声は……」



 けれど男は、何も言わずに腕を組んだ姿勢のまま、まぶたを閉じた。




 その答えを聞く前に、母屋で玄関が開いて、背の高い少女は駆けだしてきた。


 栗色の豊かな髪。辺鄙な砦に似合わしくないその卵形の麗しい顔立ちに、ジュノは見惚れかけたが、駆けてくる少女の手に薄青い封筒を認めて、それどころではなくなった。


「ああっ!」


 封筒は、魔法学校のものに違いない。


 駆けてきた少女は、そのシワの寄った封筒を男に差し出して、


「お師匠さま……!」


 彼のことを、そう呼んだ。


「王都から来てたお手紙です。差出人はセムさま。未開封のままですよ」


 中年男の青い瞳が、納屋にもたれたまま、ほんのわずかにジュノを見た。男は重たげに身を起こして頭を掻くと、少女の手から封筒を受け取った。


「もしかして、おれ宛てかい」


「当然です。丸めて投げてありました」


「どこに」


「机の上です」


 ジュノが、漏れ聞いた名前に、目を見開いた。


「──セムって、セム・ヴィンデルト総長!?」


 その宛先が、この男となると、この使用人と見えた中年は……。


 ジュノが青ざめて、唇を震わせた。少女へと指を向ける。


「しかも、あなた、いま、この人のこと、お、お師匠さまって……」


 その指先が今度は中年男に向き、ジュノの目が、彼のしょぼくれた背中や跳ねた寝癖、そしてヒビ割れたブーツの先まで、繰り返し撫でるように上下した。


「じゃあ、あな、あな、あなたさまが、まさか……」


 声が震えたまま、息を飲み込んだ。


「……ゼブラ、ゴーシュ、さま」


 突如、少年は膝をついて地に伏せた。


「ご無礼を仕りましたああああッ!」


 赤土を額に擦りつけんばかりの位置で叫ぶ。


「どうか! どうか弟子にしてください! 僕、あなたに憧れて、子どもの頃から魔法を学んできたんです!」


 しかし、立ち上がった中年男、ゼブラ・ゴーシュは猫背のまま、素気なく言う。


「……なんて言うかまぁ、いろいろあってさ。さっきも言ったけど、弟子とかもうまじで取ってないんだよね」


 言いながらゴーシュは、散乱している薪を拾い集めはじめた。


 ジュノは、平伏したまま、少女を指さして言う。


「お言葉ですが、この方! いま、お師匠さまってゴーシュさまを呼んでました! お弟子さんじゃないんですか!」


 


 彼に指をさされた少女は、困ったような笑みを浮かべた。


「わたしは、まあ、ちょっと経緯が複雑でして……」


 その少女は困り顔で、ゴーシュへと小首をかしげた。


「お師匠さま、でも、ともかくお手紙には目を通したほうがよいのでは」


 ゼブラ・ゴーシュは、口をへの字にして、その薄青い封筒をポケットにねじ込んだ。


「わかったよ。とりあえず手紙は読む。返事は変わんねーけどな」


 薪を針金で束ねて納屋に放り込むと、その男は大きく伸びをして、足先を西に向けた。


 ジュノは顔を上げた。


「どちらへ!」


「薪も割ったし、昼寝!」


 そう言いながら、ゴーシュは彼の目鼻の先で放屁した。


「──っくっさ! いや、割ったのは僕ですし! 寝る前に読んでくださいよ? 絶対にですよ、お願いしますよ?!」


 けれどもゴーシュの背中は、立ち上がって追い縋ろうとした少年に手を振ったきり振り返らず、そのまま本当に母屋の玄関へ引っ込んでしまった。


 


 ジュノは、仕方なく、立ち尽くしていたが、少女はその彼に言った。


「なんだか、すみません。わたし、マールムです……お師匠さまの養女です」


 彼女は詫びるように、小さく寂しそうに微笑んだ。


「お手紙も読まず、この度はとんだ非礼を……」



 ジュノは、背の高い彼女を上目遣いに見て、首を振ると、額と膝に赤土をつけたまま、目を伏せた。


「──マールムさん」


「はい?」


「ご迷惑を、おかけしてしまうかも知れませんが……」


 彼は、母屋に向けて決意を固めた。


「僕、やっぱり、あの方の弟子になりたいんです」



ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


次回「第4話ジュノの本気とゴーシュの過去

」は、本日20:00に公開予定です!

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