第28話 透明な追跡者に
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◇
鬱蒼とした森を、ひとりの剣士が駆けてきた。
彼は息をきらし、道の突き当たりで再び剣を脇に構え、握る両手に汗を滲ませながら腰を落とす。
アーガイルである。
前方のまだ生い茂るシダの薮に向けて、脇構えの剣を気合いと共に薙ぐ。
「……烈・空斬ッ!」
気力の消耗に目が白み、気が遠くなるが、爆音を上げて衝撃波は前方にむけ一直線、薮を刈り払いながらに進んで行った。
アーガイルは、杖のように剣をつき、肩で息をした。
けれども、またよろよろと進みだす。
額には汗がにじみ、表情にも疲れが見える。
ついに脚が言うことを聞かなくなった。数メートル進まないうちに彼は剣を手に、その場へと座り込んだ。
喘ぎながら、切り開いてきた道を振り返る。
(しかし、ここまで引き離せば──)
あの魔法学生もシダの下草には進みあぐねていることだろう。道にも《《蓋》》をしてある。
(そう易々とは追いつけまい……)
安堵のような自負もある。
彼は喘ぎながら、水筒を取り出して一気にあおった。
その耳もとへ、微かにだが、どこかで小枝を踏み折る音がした。
アーガイルは剣を手に跳び下がった。そして自分が切り開いてきた道を睨んだ。
気のせいではない。確かに靴──人間の足音だ。
目を細めて道の向こうに目を凝らす。
無論、見えているのは、シダの下草に自分が切り拓いてきた道だ。
その上に、かすかにだが、空気が揺らいでいるように見えた。
アーガイルは、静かに水筒を置き、立ち上がって剣を突き出した。
「──誰だ、姿を隠している者、軍の人間か!」
返事はない。鳥も鳴くのを止めてしまった。
人間の王国の軍のなかでも、特殊な任務にあたる部隊には、姿を消す術が伝承されていると聞く。
アーガイルは剣を向けたまま告げる。
「お目付け役に、ゼブラ・ゴーシュが呼んだ、そんなところか」
すると、今度は右手で物音がした。アーガイルは駆けだして巨木の裏に回り込もうとした。
相手が何者かは知れないが、魔法や剣技で撃たれる心配はなかった。それが狙いなら、これまでに撃つ機会はいくらでもあったはず。アーガイルは躍り出た根もとの裏手に剣を突き付けた。
「何者だ!」
が、……またもやそこには、誰も居なかった。
アーガイルは左右を見回し、上にも目を凝らすが、鳥どころか、虫けらの一匹も見えない。
静かな森は、静かなままだった。
鋭い声を響かせる。
「おい、隠形術を使う者!」
叫び、アーガイルは同時に耳を澄ます。
〝隠形術〟というのは、周囲に姿を溶かし込む軍用の魔術だ。霊糸で織ったマントやポンチョ、あるいは布に、魔法の陽炎をまとわせて光を屈折させる。けれども、足音までは消せないはず。だから追跡には相手と歩調を合わせる。
「だが、なぜに今、わざと枝を踏むような真似をした……!」
アーガイルは、憤っていた。
高度な魔法の遣い手にしては、あまりに杜撰なミスだ。意図的に発した警告か。それとも挑戦としか思えなかった。
(ベアアントのトラップを咎める気か……)
彼は剣を握りしめ、いつでも烈空斬を飛ばしてみせるとばかりに腰を落として四方に気を配った。
──だが、返ってくるのは沈黙ばかり。
苛立つ声でアーガイルは叫んだ。
「出てこい! 言いたいことがあるのだろう」
そう叫んだ瞬間、彼の背後を白いものが素早く横切り、アーガイルは反射的に跳んだ。
左手をついた地面、シダの中を転げながらアーガイルは、影の走った方向に片手で烈空斬を放つ。
風を切って飛んでいった小ぶりな斬撃が、数メートル先の木の表皮を裂いたが、立ち上がって身構えるアーガイルの先には誰もいなかった。
彼は、ひきつった顔で汗を拭った。
肩でする息とともに、冷静さを取り戻そうとする。
目を左右に走らせながら。
その背後で、白い影は──巨大樹の根瘤を飛び越えて、ひらりと舞った。
目を凝らすと──動物の尾だ。
それは、ゆっくりと首をもたげ、シダの中から、若い牝鹿が顔をだした。
唖然とする剣士を置いて、それは、白い尻を見せてから、ぽーん、と大きく跳ねて森の奥へと消えていった。
彼は、安堵に肩を落とす。そして剣を納めた。
「……なんだ。俺はシカに吠えていたのか」
振り返り、水筒を拾い上げる。
「なんか恥ずいな」
しかし、背後には、まだ誰かの視線があるような気がしてならない。
アーガイルは水筒の水を口に含んで、なにげなく振り返る。だが見回しても、やはり森は湿り気の中に沈黙をしているばかり。
「なんなんだ。まったく。この森は」
ひとりごちしながら道へ戻ろうとしたその時、風のない森の中に、妙に生暖かい空気が流れた。
と、周囲で不自然な風が巻きはじめ、シダが首を振り始めた。と思うと、周囲の葉は一斉に回りはじめ、
「──な、くそっ、今度は何だ!」
風の回転は突如、加速し、千切れたシダの葉を巻きあげて彼の行手を塞ぐ大きな竜巻になった。
湿った土埃が革鎧に撥ね、草片が頬を叩き付ける。目も開けていられない。風圧で息を吸うのがやっと。
遠くで鳥が一斉に音もなく飛び立つ。竜巻の勢いは、彼の革鎧をめくれ上げるほど。
視界に土と草葉が立ち込め、
「ああもう! いい加減にしろ、さてはゼブラ・ゴーシュ、貴様だな!」
目を覆ってアーガイルは歯を食いしばった。考えてみれば、特殊部隊を王都から呼ぶには時間が足りない。しかも、こんな愚弄する真似、アイツしかいない。
「魔法学生に加勢する気か、偽りの英雄……!」
怒れる眼を腕で覆いながら、剣を水平に構え、竜巻が衰えるのを待つ。
「失格だと言うなら、はっきりと言え! 妙な真似をするな!」
アーガイルは、見えない影に向けて血眼で叫んだ。
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次回は、明日12:00に公開予定です!




