第27話 兵士の覚醒
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すべきことは明確だった。シダをかき分けながらも叩き込んだ基本教練が彼の手を動かした。
腰から杖剣を抜き、魔杖の先に装着する。着剣装置が溝と噛む感触とともに、魔杖自体のバランスが向上した。
魔弾を放った後、空になった魔杖を再充填するには四十秒が必要だ。
だが敵は現場につき一体と限らない。一発撃ったあと、ウマを駆って走らせながら、あるいは下馬して白兵戦でしのぎながら魔杖に魔力を再充填しなければならない。
そんな訓練もあったし、得意な方ではないが、時間稼ぎのためにはこんな原始的な刃物が必須だった。
ベアアントは通常、単独の偵察員が食料を求めて巣の周囲・半径5キロを徘徊している。
つまり、さっきの衣擦れ音が偵察なら、その一匹に見つからない限り──あるいは排除できれば──しばらくは安全と言うことだ。
ジュノは不意の遭遇に備えて、魔杖の肩当てに頬を付けて水平に構えたまま、膝にバネをもたせて前進する。
方位磁石は二度と落としたくない。加えて魔杖を構えたままでも確認できるように、左手首の内側に結び付けてある。これで常に北を確認しながら、視線は左右に走らせられる。
シダの葉をブーツで踏み分け、進む頭の中に、教官の声が響く。
──自分で音を立てている間は、敵の音が聞こえないぞ。
立ち止まり、聴覚で周囲を探った。
これも習った通りだった。
視界は、緊張からいつもより狭まっている。逆に、聴覚は鋭敏だ。
心拍を数えながら、全方位の気配を探った。
心配ない。自分に言い聞かせる。心と身体はよどみなく、生存と任務に向けて協調している。
再び歩き始めてから、どれほど進んだか。
来た道は、振り返ってみても、生い茂るシダの葉の下に没して見えない。
だがベアアントの気配は、人狼の聴覚をもってしても捉えられなかった。
水筒から、ひと口、水を含んで喉を潤した。
心の中の教官が、警戒レベルを一つ落とすと彼に告げた。
フードの中で目の高さはそのままに、着剣した魔杖の先を下向きに胸の前で引きつける。
呼吸は三拍で吸い、四拍で吐く。
音を立てないのが、いまの最優先。
ジュノは全方位に注意を払いながら、北へとシダの中を前進する。
(けれども、これじゃまるで魔杖騎兵ではなく、歩兵だな)
そんな思いが、彼を小さく苦笑させた。その瞬間──。
ジュノの背後で、透明な何かがつまずいて転倒した。
反射的に、ジュノの身体が動いた。振り向きざま魔杖から魔弾を放つ。
だが、仰き気味に放たれた火球は、上向きに逸れて巨大樹の樹冠に突っ込んで炸裂した。
森は一瞬、茜色めいた。前方で四散した枝葉が炎をまとい、落ちはじめた。
「──っ」
至近距離での爆発に、耳がいつまでも鳴っていて、顔をしかめた彼の鼻先を火のついた枯れ葉が一枚、回転しながら落ちていった。
そのまま周囲を見回すけれども──バグズの影は、どこにも見えない。
ジュノはマントのフードを外し、目と鼻先を、高くかかげた。
立ちこめる煙に鼻は利かず、目もしみてまるで利かない。
けれども……少なくとも、ベアアントはいない。
「かんちがい……だったのかな」
気を取り直し、急いで杖剣のソケットに弛みができていないかチェックした。燻された生木の煙をにむせながら、片手をついて地面に身を起こす。
どうも火は収まらない様子だ。
怒られるかな――。そんな考えもよぎるが、大丈夫だ。ここには教官はいない。
それよりも、撃ったあとは移動──戦場の鉄則だ。
息を整える間もなく、彼は立ち上がって駆け出した。
煙の影響でベアアントも、寄って来なくなるかもしれない。
けれどゴーシュはどうだろうか。下草をかき分け、進みながら考える。
──いや。大丈夫だ
今の状況なら言うだろう。
生き延びることの方が先決だと。
走りながらジュノは、思い浮かべたゴーシュの横顔に、勇気をもらった気がした。
と同時に思い出して、慌てて魔杖へ魔力充填を始めた。
駆けながらの再充填。杖への集中と同時に、周囲への警戒も欠かさない。
カカシ相手とは違うのだ。
いつまでも続く森の中、一秒先が見えない。
それでも、思考は湧き上がってくる。さっき背後をかすめた影──あれは何だったのか。
正体はわからない。
けれど、ひとつ確かなことがある。こうして不安を感じ、焦っている自分は、まだ生きているということ。
生きているから、怖いと感じる。
そして生きているから、また冷静に戻ることだってできる。
ベアアント以上に危険な何者かがまだ先に待っている可能性もある。だが、魔杖からは魔力の充填完了した充実感が伝わってきた。
「……いけるぞ」
杖床が、微かに発光している。魔力を満たしたしっかりとした手応えが、命を保証してくれているようで心強かった。
これで相手が誰であろうと、また一発をお見舞いしてやれる。
「けど、今度は慌てないぞ。引きつけてから撃つんだ」
視線を北へ。
「がんばれ、ジャクセル……!」
彼はフードを被り直して、巨木の幹に背中を着けて周囲を見る。
呼吸を落ち着け、また一口、水筒の水を口にふくむ。
耳を澄ませ、目を動かす。
追跡者の足音はしないか。前方に潜んでいる者の姿はないか。
方位磁石を見ると、針は右に少し傾いていた。
「──でも、大丈夫だ」
魔杖を構え、北北東に進路をとる。
彼は、今、ひとりきりの軍隊だ。
清々しいまでに、自己完結した姿。
シダを踏んで進むのにも慣れてきた。
すると、次第にその藪の丈が彼の背を越えるようになり、それでも魔杖と拳でこじ開けながら進んでいると、突如として森が途切れた。
目の前には、嘘のような青空が、笹の平原の上に開けていた。
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次回は、明日12:00に公開予定です!




