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最強と無双をやめたおっさんのもとには、厄介ごとしかやって来ない。【辺境砦の無気力英雄】ゼブラ・ゴーシュはのんびり暮らしたい  作者: 朱実孫六
第五節 樹海ミッション・レベル1

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第26話 森。それはむっちゃこわいところ

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 剣士に遅れること、一分。


 樹海に躍り込んだジュノ・ジャクセルは、暗転したその森の中、最初の四歩目で……足を止めた。


 そこは、まるで月夜の暗さだった。

 空気もよどんでいて、湿っぽく、カビ臭い。



 魔杖を抱いて、彼は、森の樹冠を見上げた。





 森の上空では、風が吹いているのか、隣り合う枝葉同士が擦れ合う境界線にわずかな空が揺れながら覗く。


 怯えた目で周囲を見ながら、ジュノは、足を進めた。


 


 足もとには、シダの下草が茂り、膝までを隠す。


 右を見ても、左を見ても、暗い巨木の木立ち。


 心が、頼りなさに包まれて、いびつな大樹の根元へと彼は身を寄せて手をついた。


 けれども、樹皮は残留魔力のせいか、肉豚ような皺に覆われているし、手には得体の知れない粘液が糸を引いた。


 慌ててマントで手を拭い、魔杖を握りなおすものの、そこで彼のウールの靴下はブーツの底から冷たく染み込んでくる水気を感じて跳び上がった。


 不快だ。まるで井戸の底にいるように──。


 たまらず……その場にしゃがみ込んでいたジュノは、自分を奮い立たせるように、鼻先から引っ込めてある尻尾までを震わせて、恐怖そのものを振り払いながら立ち上がった。


「……がんばれ、ジャクセル」


 彼は魔杖を構えると言うよりも、抱きしめると言った体で、怖々とだが、また進みだした。







 学校では、ウマを駆って──カカシが待ち構える敵陣へと突撃した。


 街に出れば、職種を示す肩のパッチを目にして、彼が魔杖騎兵の候補生だと気付かない女の子はいなかった。


 運が良ければ、連れ立って入ったカフェで、二人に何らかのサービスがついた。



 だけど訓練の内実は、やはり、麦わらでできたカカシへの突撃でしかなかった。


 彼らは逃げも隠れもしない。ましてや襲ってもこない。


 むしろジュノら候補生には、敵役のカカシよりも、背後から黒馬で追走し怒鳴りつけてくる味方なはずの教官の方が怖かった。


 そして、そんな教官の百倍──いや千倍、この森の中の静寂は異質に怖い。


 肩に、魔杖騎兵のパッチを付けていることが恥ずかしくなった。


 こんな姿、誰にも見せたくない。


〝リスクをとって勝利せよ〟──これが、魔杖騎兵のモットーなのに。





 それでも、北へ、北へと、握りしめた方位磁石と魔杖を頼りに、ジュノは森の奥へ向けて進む。


 夕暮れ、練兵場で半年間の訓練に総括を入れた教官の言葉が、昨日のことのように蘇ってくる。



「カカシを相手にどれほど訓練しても、度胸はつかない。机上での学びも同じ。度胸というものを得る場所は一つ。それは最前線でのインターンだ」


 その最前線というものに、ジュノは今、まさに立っている。


 だが、想像していた最前線は、色あざやな魔法が飛び交い、刀剣と肉体がぶつかり合う戦場ではなく、実感だげで言えば、子どものころ、金を払わずテント下から忍び込んだあのハイランドサーカスのお化け屋敷そのものだった。


 ただただ、どうしようもなく心細くて生理的な不快に満ちた単なる闇。



 見あげるような巨木の葉の裏に、何かがひそんでいるような気がする。


 カラスのあげた声に総毛立つ。


 小鳥のさえずりに、硬直して、振り返る。


 腐葉土の匂い。湿った空気、生い茂るシダが腰を撫でる冷たい感触──。


 そして、人間をのろまなごちそうとしか認識しない巨蟲が、葉の裏にひそんでいる気配。


 こんなリスクをとって手にする勝利が〝釣竿〟とは、一体どういう事だよと、彼にはついベソがこみあげてきた。


 あらゆる都会的な記憶。清潔なカフェで談笑していた自分の、そう言った呑気さは今、自罰と呪詛の対象だった。


 こんな最前線が待っていると知っていたのなら、カカシは相手でも、もう少しマシな取り組む方があったはずだと。




 ──そのとき。


 木の上で枝が揺れ、飛びたった鳥の羽ばたきと同時に、ぬめった無数の黒い塊りが、ぼたぼたとジュノの背や顔に降ってきた。


「ぎャッ……!」


 そのうちの一個が、鎖骨の上を滑ってシャツの襟元へと入り込んだ。



 声にならない悲鳴をあげ、ジュノは制服の前をはだけさせた、


 手を突っ込み、鷲づかみにしてそれを放り出すと、地面に落ちて跳ね回っているのはアボカドよりも大きな何か──ヒルだった。


 ジュノは、頭の中が白くなるのを感じた。


 指先に暴れる濡れ雑巾のような感触が、粘りついている。


 泣きたい気持ちが、喉までせり上がって、


「やだよう、こんなのもう、訓練じゃない……」


 泣き言しか出てこないが、それでも自分で言いながらジュノは自分で理解することが出来た。


 そう。これは、訓練じゃない。ただの実戦──。



 観念するしかない。


 ジュノは視線を周囲に走らせ、呼吸を整えながら、急ぎ制服の前を閉じた。


 一瞬で理解した。なぜ教官が「森ではフードを深くかぶれ」と言っていたのか。


 そこからは、体が勝手に動いた。


 上着の裾を、ズボンの中に押し込む。


 まくっていた袖口を下ろし、窮屈な襟元の第一ボタンを、しっかりと留める。


 学校の制服が、戦闘服としての形態を先祖返りさせていく。



 マントのフードは親指で引いて眉のすぐ上へ。


 ズボンの裾も、ブーツにタックイン。


 蝶結びを解いた靴紐は、正面で本結び、後ろに回してまた本結び、また前へ結んで端末を紐へと巻き込んだ。


 これでヒルが足元から登ってきても、顔まで衣服の中へと侵入できない。


 着崩さず着ると、たまらなくダサいと感じていたシャツインだけど、この樹海で女の子の目を気にする必要なんてそもそも無かったのだ。




 手に馴染んだルーチンをなぞる事で、心拍数も落ち着いてきた。


 ジュノは、周囲を警戒しながらしゃがみ込み、驚いた拍子に手を離れた方位磁針を拾い上げる。


 北の向きを確認した。



 学んだことは無駄じゃない。ジュノ・ジャクセルはそう思いながら、方位磁石を左手首に巻き付け、下げ紐を、口で引っ張って結んだ。


 自分が習ったものは、先人たちを生き残らせた方法の全てだ。


 ただ、こうして体験が知識から引っ張り出すのを待っていただけで。


 詰め込んできた基本の全てが、頭の中でスパークした。


 そのとき──


 遠くで、布を千枚こすったようなざわめきが一度だけ鳴った。


 しかし、彼は冷静だった。



 脳裏を、バグズの識別方が掠めていく。たしか熊アリ(ベアアント)の偵察が餌を発見した時、背中の翅の痕跡を擦れ合わせて、そんな音を立てると講義で聴いた。


 ジュノの背中を、冷たい汗が伝って落ちる。


 背後を振り向き、何もいないことを確認し、彼はフードを押さえて駆け出した。


ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


次回は、明日12:00に公開予定です!

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