第25話 アーガイル、森を切り裂きながら突き進む
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アーガイルは駆け抜けながら抜剣し、鬱蒼とした森へ飛び込んだ。
今は一歩でもあの魔法学生に先んじておきたい。
暗い森の中、方位磁石の針を頼りに、北を目指し、猪突猛進する。
懐には、ゼブラ・ゴーシュの記した地図入りの封筒がしまわれている。
でも、まだ開かなくていい。
今はとにかく北へ進む。それだけでいい。
アーガイルは、盛り上がった根こぶに手をかけ、飛び越えた。
北へ──。
目指すのは、それのみ。
河は、ここから20km先。DMZの中央を東西に流れている。真北に向かえば必ずぶつかるはずだった。
地図を開くのは、そこに突き当たってからで遅くない。
アーガイルは、薄暗い森の中、シダの葉が腰を高さまで茂る藪に突き当たった。
頭上を見あげる。
枝葉の隙間に、わずかな青空が見えていた。
磁針は前方を指したまま、止まっている。
彼は、生い茂るシダの葉をかき分けて北に突き進む。
──死の樹海。
右は、シダが青く茂る暗い森。
左も、全く同様の光景が続く。
また、シダの茎は、かき分けて進むそばから背後でしなやかに立ち上がり、踏んで進む道の痕跡を覆い隠す。
よって、漕ぎ出した外洋のように、前後も左右も、まったく同様の光景にしか見えない。
たちまちのうちに方向感覚を失ったが、アーガイルはパニックに飲み込まれないよう、この永遠に続くような森とシダの葉の中で、足を止めて深呼吸をした。
こういう時は、方位磁石が示す方角だけを信じる──。
手の中でそれは、変わらず真北を示している。
「よし」
呟いて彼は、針の示す方向へと進む。
言い換えれば、こんな樹海で方位磁石を無くせば、即座に命取りと言うことだ。アーガイルは手の中でそれを固く握りしめる。
DMZとそれに付随する樹海の森は、東西5000km。南北は40km。方角さえ誤らなければ、南に向けて脱出は容易。
その意味において、ここでは方位磁石に勝るアイテムはない。
針を見ながら進むことで、心はさらに落ち着いてきた。
アーガイルは順調にシダをかき分けて進む。
しかし、思った以上に、この下草というものは手強かった。
低いところでも膝丈ほど。高いところでは胸までシダの葉が覆う。いや、葉だけならば、手と剣でどかせばなんとかなるが、茎のほうはブーツの脛に絡みついて厄介だ。
まるで川の流れに逆らって遡上しているようだ。歩みが捗らない。焦燥がじわじわと胸を焦がす。このままでは、あの魔法学生に追いつかれてしまうかもしれない。なぜなら奴は半魔──その気になれば人狼化して四つ脚でこの下草をものともせず駆け抜けて来るだろう。
アーガイルは、再び足を止めた。
「やむを得ん……押し通るか」
早々、彼は切り札を使うと決断した。
両手で剣柄を握って、小脇へと水平に構える。そして腰を落とし、気合を胸いっぱいに溜め込んでいく。
──刮目し、詠唱しながら両手剣で前方の空間を薙ぎつける。
「──烈・空斬ッ!」
破裂音を上げた刃の軌跡が、半円弧のまま音速で突き抜けて、前方のシダを一直線に刈り上げていく。
切断面は一斉に露をはじき、その霧の中、道だけが静かに残った。
アーガイルは、振り抜いた剣を下げ、腰の高さを戻す。
衝撃波の刃は、こんな軟目標なら、この先10メートルほどを道のように切り開いているはずだ。
「よし……」
アーガイルは、出来たばかりの道を駆け出した。
ここからは駆けながら烈空斬を放っていく。そのたび前方へ10メートルずつ道が刻まれる。衝撃波の残響がまだ耳に鳴っているうちにまた斬撃を一閃する。
音速の刃が点線を繋ぐように下草へ道を刻む。だが剣技は、大きく剣士の気力を削ぐ。粒の汗を拭いながら、彼は烈空斬を放ち、休むことなく北を目指す。
けれど、この道が、あの魔法学生をも利する可能性はある。
その点、アーガイルの準備は入念だった。荒い息で、小休止を兼ねて足を止め、南を振り返る。
喘ぎながら、水筒の水を煽ると、彼はしゃがみ込んでバックパックの隠しポケットに手を突っ込んだ。
中には小さなガラス瓶が二つ、隠してあった。取りだして、一つを宙へと放る。
小瓶に入っているのは金色の粘液らしい。わずかに差し込む光に、琥珀のように輝いた。
そこ目掛けてアーガイルは、烈空斬を放った。
衝撃波が瓶を粉々に砕き、中身の液体は霧の宝石のように舞いながら一面へと輝きを放った。
陰鬱な樹海に、異な甘い香りが、むせかえるほど濃厚に広がっていく。
アーガイルは満足げな笑みを浮かべ、汗を拭った。
やがて、ここいらには熊アリが群れをなして集まるはずだ。
剣士は、水筒を煽って手首を揉む。
「直接の殺しは、だめだと言うからな」
剣技を連発でしびれた手首がきしむ。肺も焼けるように痛む。気力の残量が頭をかすめた。
それでも、こうして立ち止まっていれば必ず追い越される。
消耗した気力は、ゴーシュへの復讐心で塗り込めるしかない。
アーガイルは口を一文字に結び、また北へ向けて、烈空斬を放った。
森を切り裂きながら異常なスピードで突き進む。
北へ──。国境の河を見るまでは。
何としても、あの半魔の魔法学生を、このシダの絡みつきに引き離す。
森を切り開いて突き進む剣士の背中が、見る間に小さくなる。
そんなアーガイルの背後には──彼に悟られぬよう、充分な距離をおいて進む透明な影があり、最小限に絞った足音をしばし休めるように止め、駆けていく剣士のその背中を眺めていた。
◇
森の景色へと、溶け込むような透明な影。
それは、足もとを黒いブーツで固めている様子と、肩にスリングで黒い魔杖を掛けていることだけが確認できる。そのほかは全く透明なまま、森の景色をやや歪めながら全身へと映している。
目を近づけて、よく凝らして見なければ、その正体は分からない。
頭から被ったポンチョに、陽炎のような魔法がかけてある。その揺らぐ陽炎が、向こう側の景色を映しているの。透けて見えるのは、そう言った仕組みのようだ。
だから傍目には、黒い魔杖だけが、森の中に浮いているように見える。
けれど、内側にいるのは明らかに人の形をした男性である。
その黒い革のブーツは、アーガイルが刻んで行った道の上を歩くうち、漂いだした蜜の匂いに気が付いて足を止めたのだ。
そしてポンチョの中、覗き窓から、中の男は外の様子を、見回した。
周囲の植生を観察しているような目だった。だが……この季節、シダが生い茂る暗い木立の中には、このように甘く香る花は、皆無だ。
男が、ポンチョの中でくぐもった呟きをする。
(──となると、さっきのは蜂蜜か)
一直線に切り拓かれた道を、振り返って影の主は、無言で目を細める。
北に向かった剣士の意図は、すぐに読みとれた。
(蟲を集める気か)
感心したのか、それとも面白がっているのか。
(さっそくグレーな真似と来たか)
透明な影は、肩に掛けた黒い魔杖を震わせながらわずかに笑うと、また剣士が向かった北に振り返って、ブーツを踏み出した。
アーガイルを尾行する、その透明なポンチョの中には、誰がいるのか。
音もなくそれは、暗い森の中を、慣れた様子で進んでいった。
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次回は、明日12:00に公開予定です!




