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最強と無双をやめたおっさんのもとには、厄介ごとしかやって来ない。【辺境砦の無気力英雄】ゼブラ・ゴーシュはのんびり暮らしたい  作者: 朱実孫六
第四節 サクラチップのスモークと剣士の密告

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第24話 出発

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 ゴーシュは、隊長と顔を見合わせてから、アーガイルに向き直って言った。


「そんときは、憲兵隊が現場を検分する。そのためにああして、お越しいただいているんだからな」


 アーガイルは、納得いかないような顔で腕を組んだ。


熊蟻ベアアントが死体を運んだ場合など、死因が特定できない可能性もあるんじゃないか」


 熊蟻とは、文字通りクマほどの大きさで群れをなすアリの巨蟲だ。ゴーシュはその可能性も否定しない。


「その場合、両方の願いが叶わない。それだけさ」


 アーガイルは、舌打ちした。


「──願いを叶えたかったら、二人で協力しろと言うことか」


「それもまた良し。だな」


 ゴーシュの態度に、アーガイルはため息をついた。


「……けれど、二人で竿を持ち帰ったら、望みも半分になると言ったな」


「おうよ。ジュノは正式入門から格下げで、体験入門。そして、お前とは練習試合。おれもそっちの方が気楽。つまり三方よし。万々歳で全員がハッピーってわけだ」


 ゴーシュから目を逸らし、アーガイルは横目でジュノを見た。


 ジュノは、ぎこちなく愛想笑いを見せてきた。


 そんな王都の少年に、アーガイルは蔑むような目を隠さなかった。



「ふん。協力など……。こんな半魔となんか」


 その瞬間、ゴーシュの魔杖がわずかに動いた。空気が歪むように揺れて、アーガイルが喉元を押さえて爪先立ちになった。



「おっと、最強剣士くん。それは言わない約束だぜ?」


 ゼブラ・ゴーシュは魔杖から、ささやかな量の魔力を送っている様子だ。


 声が出ない、息も吸えない、ただ首を釣り上げる透明な手を剥がそうとアーガイルが自らの喉元を掻きむしって顔が真っ青にしている。


「言い忘れていたが、ジュノが勝った場合、お前さんは一昨日の出来事を忘れる。エブリワン、ハッピー。おれの好きな言葉です」



 アーガイルが駆け込みで何度も激しくうなずいたところで、ようやくゴーシュが魔法を解除した。


「おーし。タイムリミットは日没まで。なお、二人がいかなる傷害を負おうと、死亡しようとも、おれと憲兵隊はぜんぜん一切の責任は取らない。わかったかね?」


 ジュノは生唾を飲み込みながら頷いた。


 アーガイルは、膝をついたまま荒い息でゴーシュを睨んだ。


「一つ、いいか。俺が勝ったら……記憶はどうなる……」


 ゴーシュは小さく口の端を持ち上げた。


「好きにしたらいい。誰もお前さんのパンツの柄など憶えていたくなかろう」



 その言葉に、アーガイルは喉もとを、もう一度だけさすって立ち上がった。



 砦の主、ゼブラ・ゴーシュは、隣のヘルマン隊長に許可を乞うと、走者のふたりに追い払うような仕草をした。



「話は以上だ。さっさと行ってこい」



 その、あまりにあっけない一言にジュノが唖然とした。


「そ……それってスタートってことですか」


 アーガイルが、その瞬間、小柄な彼を突き飛ばした。


 ジュノは、地面に倒れ込んで肩を地面で打ちつけた。そマールムが顔をしかめ、憲兵隊長も一歩を踏み出した。


「なっ……!」


 しかしゴーシュは、そのヘルマン隊長の胸前に片腕を差し、首を横に振った。


「お手出し無用です、閣下」


 ゴーシュの目は静かだ。殺し合い以外はなんでもあり。もうレースは始まっております。手助けも、慰めも無用。そう、無言で眼差しが言っており、ヘルマンは仕方なさそうに口を結んだ。




 ジュノは身を起こし、走り去るアーガイルの背中ではためくマントに向けて怒鳴った。


「卑怯だぞ、無法者め!」


 アーガイルは振り向いて、彼へとさらなる挑発をした。


「悔しかったらやり返してみな、王都のボンボン優等生!」


 くやしさで唇を噛むジュノに、ゴーシュが言い放った。


「奴の一撃は予想できた。今のはオメーが悪い」


「でも……! あんまりじゃないですか……」


 ジュノの言い訳じみた面持ちに、ゴーシュは冷たく言った。


「忘れたのか。おまえは。あの腹痛を」


 ──戦場の心得、その一。


 ジュノは思い出した。


 油断。


 忘れていた。


 顔を上げる。



 そんなジュノに向けて、ゴーシュは言った。


「人だけじゃない。物陰があれば物陰を。近道があれば近道を。自分の常識ですらも、一度は疑え。命を預ける前にな」




 そして、憲兵隊長に向かって振り向くと、相好を崩した。


「さ、では閣下、どうぞ母屋へ。今日は負けませんぞ」


 戸惑いながらヘルマンが、ゴーシュと母屋に向かい歩き出すと、マールムも名残惜しいような表情をのこして、それに続く。


 けれども、その途中、彼女はくるりと振り返った。


 小さく拳を握って、ジュノに向ける。


 ──ガンバレ!


 声にはしない。けれど、その想いはしっかりとジュノの胸に伝わってきた。


 頷く彼に、憲兵隊長も、小さく振り返ってサムアップとウインクを送ってきた。


 ゴーシュも、足こそ止めないが、


「……期待してるぜ」


 そうとでも言いたいのか、振り向きざま、ほんのわずかにだが口元を緩めて見せた。




 だが、ジュノには、自身がなかった。


 立ち上がるものの、うつむいている。



 ──なにが答えなのか、わからなかった。





 顔を上げると、防御塔の足もとからも、憲兵たちが視線を向けていた。


 

 ジュノは森を見た。


 その瞳には、追い詰められた自分が、アーガイルを殺めてしまうかもしれない不安が浮かんでいた。


 指がわずかに震える。


 一昨日みたいに、また、止められない力が、自分の中に渦を巻いた時にはどうしたらよいのか。



 ゴーシュの背中は、母屋に向けて足を止めない。



 だけどジュノは、ズボンの膝を払い、顔の泥をぬぐった。


 歯を食いしばる。


 そして、ゴーシュの背中へと。

 それから憲兵たちにも。


 一礼をして、森へと、彼は振り返った。



 唇を結び、深く息を吸う——


 アーガイルに遅れること一分。

 彼は北に向けて走り出す。



 風に乗って届く、巨蟲よけに撒かれた石灰の匂い。


 そこを越えたら、その先は樹海の森。

 無数の生と死が見ているような、そんな錯覚すら起こる緑の深い闇。



 ジュノは魔杖を握りしめ、風上めざして駆ける。



(僕は、僕に証明する。──僕が人間であることを)



 その少年の背中を、誰もが砦から見守っていた。






 ◇ ◇ ◇


ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


次回は、明日12:00に公開予定です!

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