第24話 出発
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ゴーシュは、隊長と顔を見合わせてから、アーガイルに向き直って言った。
「そんときは、憲兵隊が現場を検分する。そのためにああして、お越しいただいているんだからな」
アーガイルは、納得いかないような顔で腕を組んだ。
「熊蟻が死体を運んだ場合など、死因が特定できない可能性もあるんじゃないか」
熊蟻とは、文字通りクマほどの大きさで群れをなすアリの巨蟲だ。ゴーシュはその可能性も否定しない。
「その場合、両方の願いが叶わない。それだけさ」
アーガイルは、舌打ちした。
「──願いを叶えたかったら、二人で協力しろと言うことか」
「それもまた良し。だな」
ゴーシュの態度に、アーガイルはため息をついた。
「……けれど、二人で竿を持ち帰ったら、望みも半分になると言ったな」
「おうよ。ジュノは正式入門から格下げで、体験入門。そして、お前とは練習試合。おれもそっちの方が気楽。つまり三方よし。万々歳で全員がハッピーってわけだ」
ゴーシュから目を逸らし、アーガイルは横目でジュノを見た。
ジュノは、ぎこちなく愛想笑いを見せてきた。
そんな王都の少年に、アーガイルは蔑むような目を隠さなかった。
「ふん。協力など……。こんな半魔となんか」
その瞬間、ゴーシュの魔杖がわずかに動いた。空気が歪むように揺れて、アーガイルが喉元を押さえて爪先立ちになった。
「おっと、最強剣士くん。それは言わない約束だぜ?」
ゼブラ・ゴーシュは魔杖から、ささやかな量の魔力を送っている様子だ。
声が出ない、息も吸えない、ただ首を釣り上げる透明な手を剥がそうとアーガイルが自らの喉元を掻きむしって顔が真っ青にしている。
「言い忘れていたが、ジュノが勝った場合、お前さんは一昨日の出来事を忘れる。エブリワン、ハッピー。おれの好きな言葉です」
アーガイルが駆け込みで何度も激しくうなずいたところで、ようやくゴーシュが魔法を解除した。
「おーし。タイムリミットは日没まで。なお、二人がいかなる傷害を負おうと、死亡しようとも、おれと憲兵隊はぜんぜん一切の責任は取らない。わかったかね?」
ジュノは生唾を飲み込みながら頷いた。
アーガイルは、膝をついたまま荒い息でゴーシュを睨んだ。
「一つ、いいか。俺が勝ったら……記憶はどうなる……」
ゴーシュは小さく口の端を持ち上げた。
「好きにしたらいい。誰もお前さんのパンツの柄など憶えていたくなかろう」
その言葉に、アーガイルは喉もとを、もう一度だけさすって立ち上がった。
砦の主、ゼブラ・ゴーシュは、隣のヘルマン隊長に許可を乞うと、走者のふたりに追い払うような仕草をした。
「話は以上だ。さっさと行ってこい」
その、あまりにあっけない一言にジュノが唖然とした。
「そ……それってスタートってことですか」
アーガイルが、その瞬間、小柄な彼を突き飛ばした。
ジュノは、地面に倒れ込んで肩を地面で打ちつけた。そマールムが顔をしかめ、憲兵隊長も一歩を踏み出した。
「なっ……!」
しかしゴーシュは、そのヘルマン隊長の胸前に片腕を差し、首を横に振った。
「お手出し無用です、閣下」
ゴーシュの目は静かだ。殺し合い以外はなんでもあり。もうレースは始まっております。手助けも、慰めも無用。そう、無言で眼差しが言っており、ヘルマンは仕方なさそうに口を結んだ。
ジュノは身を起こし、走り去るアーガイルの背中ではためくマントに向けて怒鳴った。
「卑怯だぞ、無法者め!」
アーガイルは振り向いて、彼へとさらなる挑発をした。
「悔しかったらやり返してみな、王都のボンボン優等生!」
くやしさで唇を噛むジュノに、ゴーシュが言い放った。
「奴の一撃は予想できた。今のはオメーが悪い」
「でも……! あんまりじゃないですか……」
ジュノの言い訳じみた面持ちに、ゴーシュは冷たく言った。
「忘れたのか。おまえは。あの腹痛を」
──戦場の心得、その一。
ジュノは思い出した。
油断。
忘れていた。
顔を上げる。
そんなジュノに向けて、ゴーシュは言った。
「人だけじゃない。物陰があれば物陰を。近道があれば近道を。自分の常識ですらも、一度は疑え。命を預ける前にな」
そして、憲兵隊長に向かって振り向くと、相好を崩した。
「さ、では閣下、どうぞ母屋へ。今日は負けませんぞ」
戸惑いながらヘルマンが、ゴーシュと母屋に向かい歩き出すと、マールムも名残惜しいような表情をのこして、それに続く。
けれども、その途中、彼女はくるりと振り返った。
小さく拳を握って、ジュノに向ける。
──ガンバレ!
声にはしない。けれど、その想いはしっかりとジュノの胸に伝わってきた。
頷く彼に、憲兵隊長も、小さく振り返ってサムアップとウインクを送ってきた。
ゴーシュも、足こそ止めないが、
「……期待してるぜ」
そうとでも言いたいのか、振り向きざま、ほんのわずかにだが口元を緩めて見せた。
だが、ジュノには、自身がなかった。
立ち上がるものの、うつむいている。
──なにが答えなのか、わからなかった。
顔を上げると、防御塔の足もとからも、憲兵たちが視線を向けていた。
ジュノは森を見た。
その瞳には、追い詰められた自分が、アーガイルを殺めてしまうかもしれない不安が浮かんでいた。
指がわずかに震える。
一昨日みたいに、また、止められない力が、自分の中に渦を巻いた時にはどうしたらよいのか。
ゴーシュの背中は、母屋に向けて足を止めない。
だけどジュノは、ズボンの膝を払い、顔の泥をぬぐった。
歯を食いしばる。
そして、ゴーシュの背中へと。
それから憲兵たちにも。
一礼をして、森へと、彼は振り返った。
唇を結び、深く息を吸う——
アーガイルに遅れること一分。
彼は北に向けて走り出す。
風に乗って届く、巨蟲よけに撒かれた石灰の匂い。
そこを越えたら、その先は樹海の森。
無数の生と死が見ているような、そんな錯覚すら起こる緑の深い闇。
ジュノは魔杖を握りしめ、風上めざして駆ける。
(僕は、僕に証明する。──僕が人間であることを)
その少年の背中を、誰もが砦から見守っていた。
◇ ◇ ◇
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次回は、明日12:00に公開予定です!




