第23話 死の樹海レース
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◇
──四月五日。
砦には、朝から完全武装の憲兵隊、一個小隊が訪れた。
彼らは、防御塔を取り囲むようにして、有事には自分たちの拠点にもなるそれを見上げていた
ゼブラ・ゴーシュと憲兵隊のヘルマン隊長は、母屋の前で樹海レースの最終確認中。
ジュノは納屋の表で、ウィンゲート魔法学校の制服に、学生用の魔杖。腰のベルトには杖剣という標準装備。マールムにバックパックをチェックしてもっているが、人の輪の外、わざと独りでいるかのようなアーガイルに目をやった。
アーガイルは、東の門の外で突き出している岩に腰をかけ、草笛を吹いている。革鎧を身につけ、腰に剣。バックパックも小さく、旅慣れた感じがした。
ジュノの視線に気付いた彼が、陽光の下で草を噛みながら、顔を背けた。
孤独を隠す虚勢のように見えて、かえって痛々しかった。
一方のジュノは、マールムに耳を引っ張られた。
「聞いてます? ジュノさん」
「あ、はい。何でしょうか」
マールムが、ジュノの後ろから真剣な顔を覗かせた。
「バックパックの飲み水、量は充分だけど、中身はちゃんと煮沸しましたね?」
「もちろんです。おなかは壊したくないですからね」
マールムは心配げな顔だ。
「春の巨蟲は、目を覚ましたばかり。とても活発なの。刺激しなければ襲ってはこないとは思うけれど……」
笑って返すジュノに、遠くからアーガイルが振り向いて、指しゃぶりの手真似を見せた。
──なんだよ、インターン先でもママかよ。過保護ってやつか。
アーガイルの顔がそう嘲笑している。
マールムが、頬を膨らませて彼を睨みつけたが、ジュノが慌ててなだめに入った。
「まぁまぁ……彼はどこでも、ああいう人なんですよ、きっと」
年かさに見えるがアーガイルも、実のところ18歳らしいから、自分たちとそう歳は変わらない。彼の背中に、ジュノは同情するような目を向けた。
「きっと、苦労しているんですよ、彼も」
そう言いながらジュノは、背後の憲兵たちに振り向いて、マールムに尋ねた。
「それより、あの憲兵さんたち、完全武装ですよね」
防御塔の周囲に集結した騎馬や装備には、長槍、短弩、魔力障壁の発生装置。どう見ても、ただのレースの見守りにしては、過剰すぎる。
いっそうと小声にしてマールムに尋ねる。
「戦争に行くようにしか見えないんですけど……」
跳ね上げてある門を落とせば、そのまま小隊で籠城戦ができそうなほどの装備だし、五台の馬車で運び入れた食料や水の樽、飼葉そのほか消耗品の群は、一週間、籠城が続くと誤発注したような量で山をなしている。
マールムは、誤魔化すように笑顔をひきつらせた。
「……いや、非武装地帯《DMZ》って言っても、バグズもいるし、魔王軍のパトロールも徘徊していて完全に安全ってわけじゃないじゃない?……」
DMZとは、言わずもがな、人間の王国と魔王軍の領土の国境線上に設けられた全長5000km、幅40kmの緩衝地帯。
五〇〇年前の講和条約によって、両陣営はこの地帯へ軍事的進出を禁じられているものの、おたがいに工作員の浸透を警戒してパトロールを実施している。
そこは数百年、手付かずの自然が残る森をなし、戦争で残留した魔力の影響で巨大化した樹木や虫類──巨蟲──が独特な生態系をつくりあげている。
ジュノは、これから足を踏み入れようとしているその、人を飲み込む黒い樹海に、喉を鳴らしながら息を飲み込んで、マールムに向き直った。
「たしかにまぁ。安全じゃないとおもいますが、憲兵さんたちは森の中には入りませんよね……」
するとマールムは変な声を上げ、頬に手をあてて考えた。やがて次の言い訳がひらめいたのか、
「──そうだ! このレースも演習を名目にしたものだそうだし、説得力を持たせるため……じゃない?」
と彼女は、そう結論を持たせるように言ったが、見つめると目を宙に泳がせた。
ジュノは、首をひねった。
「どうも怪しいんですよねぇ」
もじもじと胸の前で組んでは解れる彼女の指を見ると、マールムはそれを背中側に隠した。
「な、なぜかしら? すごくわたしいま、疑いの目を向けられていません?」
何かを知っているような気配が漂っている。
ジュノは、口を尖らせた。
「……だって。怪しいですもん。マールムさん何か隠してるんじゃないですか」
「そ、そんなこと、ないよ。だって……ほら、この通り、今日は二十人からのお昼を作んなくちゃだから、忙しいな〜?」
髪にバンダナを巻き、エプロンのシワを伸ばしながらそっぽを向く彼女の、その留守番感に満ちた頭から足の先までを、ジュノは目でなぞったが、やっぱりどこかが間違い探しのような違和感がある。
(やっぱり、どこかに変な違和感があるんだよな……)
そのジュノの目が、彼女の足もとに止まった。
いつものフェルトブーツではなく、重厚な編み上げの革ブーツを履いていた。
しかも、ネコの革パッチを当てている、マールムのお気に入りの山行きブーツ。
彼は、彼女の足もとに向け、指を差して口を開き、
(──いや、だって、それ、山行き用のじゃないですか)
と、そう言いだしかけたところに、母屋からゴーシュの呼び声が聞こえた。
振り向くと、彼が手招いていた。
「来い、小僧っ子ども。ブリーフィングだ。出発前にルール確認をするぞ」
◇
ゴーシュはそろいの封筒を、走者ふたりに、それぞれ手渡した。
「中を確かめろ」
ジュノが地図を広げて、アーガイルに見せる。
アーガイルは一瞥して、自分のものと相違ないことを確認できたかように、黙って地図を畳みはじめた。
ゴーシュは腰に手を当てた。
「ルールは頭に叩き込んであるな?」
アーガイルが腕を組んで口を開かないと見ると、ジュノが、ゴーシュに小さく手を上げた。
「はい。DMZの森を北に向かった国境の河の岸にある釣竿を回収して持ち帰る。走者は単独行動をしても良し、協力しても良し。だったかと」
ゴーシュが頷き、横に立つ憲兵隊のヘルマン隊長が何かを言おうとして口を開きながら、右手の人差し指を立てたとき、アーガイルが腕を組んだまま言った。
「釣竿を持ち帰った者。そいつの〝望み〟を、ゼブラ・ゴーシュが叶える。そこも忘れないで頂きたいね」
ゴーシュはうなずいた。
「ジュノの望みはおれへの弟子入り。アーガイルの望みはおれとの試合。それでいいんだよな」
アーガイルは斜に構えたまま言った。
「そう。だが試合は真剣勝負だ。騙しはナシだぜ。憲兵隊長さん、証人になってくれるんだろうな?」
ヘルマン隊長は静かに頷き、宣誓するように言った。
「無論。ワシがここに、国王と、王の定めたる法の名において約束しよう。樹海レースの勝者に望みは叶えられる」
けれど彼は、ジュノとアーガイルに力をこめた目で見ながら続けた。
「ただし。走者である君たちの間での殺し合いはナシ。これは厳守だぞ。それぞれの家名において誓ってもらうが、……いいかね? 二人とも」
ジュノはすぐにうなずいた。
アーガイルは、目を細め、嫌味っぽく呟いた。
「……だが、事故死も殺人も、ひとくくりで失格かね? 森の中にはバグズも魔族も出るんだろ? 誰かそこの境目を判定してくれるんだろうね」
憲兵隊長は、おほん、と、そこでひとつ咳払いをした。
「──だそうだ。ゼブラどの。その点は君に一任したはずだが、どうする気かね?」
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次回は、明日12:00に公開予定です!




