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最強と無双をやめたおっさんのもとには、厄介ごとしかやって来ない。【辺境砦の無気力英雄】ゼブラ・ゴーシュはのんびり暮らしたい  作者: 朱実孫六
第四節 サクラチップのスモークと剣士の密告

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第21話 剣士の告げ口と、英雄の手紙

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 ──翌朝。四月四日。


 午前十時。ジュノは、ゴーシュの言いつけに従って、納屋に閉じこもった。

 




 けれど、納屋では何をしておれとも、壁板の目地から外を覗くなとも言われていない。


 それで、ジュノは、ウマの蹄が並び歩く音を耳にするなり、納屋の東壁の隙間に目を押し込む勢いで、外の様子を覗った。


 騎乗したまま砦の門をくぐり入ってきた三騎の憲兵が、そのまま彼の潜む納屋の前を通りすぎた。




 中央の一騎は、憲兵隊の青ローブに加えて黒鳥の羽根つき帽子をかぶった小太りの壮年。


 随行するのは、同じく青ローブにベレー帽の若い二人の憲兵。


 そのうち最後尾の一名は、昨日、伝令に来てジュノと目を合わそうとしなかった若い憲兵で、三人とも、揃いの軽甲冑の腰にサーベルを帯びている。



 青いローブの憲兵たちの背中は、そのまま蹄の音をたてて、防御塔の方へ向かった。





 ジュノは、死角に消えた彼らを追って、北壁の扉の隙間に取り付いた。


 防御塔の足もとには、平服のゴーシュと、普段よりめかしこんだマールムが待っていた。


 馬上から降り立った憲兵隊長は、体型に似合わず颯爽とローブをひるがえし、砦の主・ゼブラ・ゴーシュの敬礼に、答礼で返した。



「突然で悪かったな、ゼブラどの」


「いえ。ようこそ我が砦へ。ヘルマン閣下」



 ジュノは、あの気だるさを絵に描いたようなゴーシュが平服ながら襟元を正して他者に接している様子を、初めて目にした。


 もっとも、考えてみればゼブラ・ゴーシュという人も、終戦前後の二年間、国王の側で護衛士として仕えたと本にあった。行儀の覚えが皆無な野人であるわけがない。


 誰の前でも、あの調子と言う訳ではなく、また、この地の憲兵隊長も、そうして迎えるにふさわしい相手なのだろう。


 よそ行きの表情をしたゴーシュは、こちらにチラと目をやると、隊長を導いて防御塔の木箱のような階段を上って行き、二階部の正面扉の中に消えていった。







 ◇


 


 防御塔の応接間は、三階部にある。


 本来用途は指揮所だが、樫の大テーブルと煮炊き用の暖炉。加えて壁の四方には縦長のスリット窓、弓狭間が二本ずつ眼下を見下ろしている。



 しん、と静かな空気が漂う中、くべられたばかりの薪が、暖炉の中で勢いよく爆ぜている。




 憲兵隊長は、青ローブを脱いで畳み、テーブルの凹みにサーベルを立てかける。


 動作の端々には長く軍務についてきた老兵の几帳面さがあるが、背もたれに寄りかかる姿は、むしろ友人宅でくつろいでいるような余裕も見える。


 マールムも、親身のような笑みを浮かべながら、中央テーブルの上に、燻製を紙に載せた皿をそっと置く。


 隊長は、これに目を細め、丸っこい指でつまみ、香りを楽しんで、声を漏らした。


「……これは、鱒ですかな?」


 対面に座るゼブラ・ゴーシュは、いつもの平服姿。けれども珍しく、髭から眉まで整った上に髪をオールバックに固めているし、椅子にかける背筋もまっすぐに伸ばしている。


「ええ。一昨日、釣ってまいりました。閣下もぜひ」


 どこかしら言葉遣いにも品が見える。


 そんな彼を、マールムが傍で見てクスりと笑う。


 茶の来る前にゴーシュは、先に一枚をひと口にした。


 マールムは暖炉にかけた湯気の立つポットで茶を立てる。



 隊長も、燻製を口に入れた。

 ふわりと広がるのは、春めいた薫香。


「──うむ。これはいい……。サクラか。春だねぇ」


 頷いた隊長は、茶を供して丁寧に一礼してから螺旋階段を降りていったマールムに、穏やかな視線を送った。






 彼女の足音が階下の二階部の床を踏み、門の外、置き階段を下って遠ざかっていくのを聞き届け、ゴーシュは、ゆっくりと口を開いた。


「お気に召してなによりです」


 そして手を軽く握って膝の上に置いた。


「彼と一緒に、昨日から燻製にいたしましてね」


 その一言で、隊長の表情がわずかに曇った。


 〝彼〟とは、ジュノ・ジャクセルのこと。


「……うむ。話と言うのはな、その彼のことだ」


 ひとつ息をついて、茶をすすり、隊長は声色を穏やかにした。


「一昨日、憲兵隊の屯所に剣士が駆け込んできた。名は、スカア・クリー・アーガイル。先月から村に逗留している冒険者という名の……傭兵くずれですな。あれは」


 隊長が語るあいだゴーシュは視線を伏せていたが、やがて、北壁の矢狭間の向こうの森へと顔を向けた。


「存じ上げております。この砦にも数日おきに来ておりましたので。……それで、彼がどうかしましたか」


 隊長はうなずいた。芳しくない顔をした。


「要するに、密告ですな。この砦に半魔がいると」



 ゴーシュは、黙って頷くように目を閉じた。


 いずれ、アーガイルがそうするであろうことは彼も予期していた。驚いたのは、ヘルマン隊長みずからが、こうして砦を訪ねてきたことと、前日に、訪問を予告する書簡が届いたこと。



「重ね重ねのご配慮、いたみいります。ヘルマン閣下」


 ゴーシュは薄く開いた目で、深く頭を下げた。


 ヘルマンのほうは、ただ静かに、ぽつりと口を開いた。


「いや。近いうち、マールム女史の話もしたいと思っていたのでな」



 マールムは昨夜、ジュノを完全に無視して立ち去った若い伝令の態度に腹を立てていたが、その彼も憲兵隊員である以上、人間の砦に住み着いた半魔を目に入れたら、それを咎めないわけにはいかない。ゆえに気づかないふりをしたのだ。


 そこはゴーシュが昨夜、彼女とジュノ本人に、言って聞かせた。



 黙っているゴーシュに、ヘルマンは小さく微笑んで見せた。


「彼女の縁談については、また今度ということにして。本日の要件は、もう、伝わっておろうな。ゼブラどの」


 優しい声色だった。


 対面のゴーシュは、胸に大きく息を吸い込んだ。


「しかし。ジュノは、まだ戸籍上、人間です」


 焔がますます激しく燃え上がる。


「ただ、母に選んだ先が魔物だったというだけで」


 柔らかい口調のまま、それでもゴーシュの眼差しには芯のような炎が映り込んでいる。


 隊長は、無言のまま、テーブルの上で指を三角に組む。


「……サー・ゼブラ。この十年、君ひとりの技量の上に、この一帯が安寧を享受していることは否めない事実だ」


 その声には、わずかな苦悩が滲んでいた。


「ワシも重々承知しておる。……だがな、どれだけ辺境であろうと、いや辺境であればこそ、剣たる軍は、鞘たる憲兵隊の内側にいてもらわねばならんのだ」


 ゴーシュは、小さく二度、うなずいた。


「〝彼〟のことについて、報告が遅れたこと、誠に申し訳なく思っております」

 

 彼は詫びた。


 要するに、国家憲兵隊のヘルマン隊長は軍紀の側。ジュノ・ジャクセルに半魔の嫌疑がある以上、軍事施設へ出入り、ましてや居住など認めにくい。


 かと言って、北端防衛の要である殿軍の英雄のへそは曲げさせたくない。


 ゴーシュは立ち上がった。そして矢狭間のところまで歩いた。


「閣下の苦しいお立場も、お察しします」


 それに呼応するように隊長も、椅子の上から、絵画のように矢狭間が切り取った緑の絨毯に目をやった。


 


「ゼブラどのとしても、時間が欲しかったのだと、ワシは理解しておるよ……」


 小太りの苦労人は、弁明を付け加えた。


「あるいは君なら、国王陛下に上申もできよう。だがな、ワシらのような真の意味での下っ端には、王の名の下に定められた法に従う以外、選択肢が無いのだ」


 暖炉の中、おちついてきた炎が、淡くゆらめいている。


 隊長の丸っこい指が、ティーカップの柄を摘んで口に運ぶ。


 沈黙があった。


 薪のはぜる音だけが、部屋を満たしていた。


 ゴーシュは、ひとつ瞬きをした。そして、決心したように振り向いた。


「──わかりました。陛下に、手紙を書きます」


 その一言に、隊長の眉が大きく跳ね上がった。


「なんじゃと? ……ほ、本気で言っておるのか?」


 驚くのも無理はない。この人間の国において、ごく限られた貴族や大臣、あるいは上級官僚以外の個人が国王に私信を送ることなど、考えられないことだ。


 準男爵とはいえ、平民出のゴーシュの行いとして、あり得ない。


 ヘルマンは音を立てないようにカップをソーサーに戻そうとするが、かちゃかちゃとそれは音を立てて言うことを聞かない。


 第一、送ったところで国王の手に渡ることなど考えられない。


 だが、それが、可能な人物がいるとすれば──


 この〝殿軍の英雄〟、ゼブラ・ゴーシュ。この人をおいて他にはない。


 隊長は、ハンカチを取り出して、奇妙な冷や汗をぬぐった。


「──まいったな。これは」


 気を落ち着かせるためにか彼は味の失せたスモークトラウトの端を噛んだ。


「妙なところで伏虎の尾を踏んだようだぞ、このワシは……」


ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


次回は、明日12:00に公開予定です!

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