第2話 ジュノ・ジャクセル、王都の魔法学校から来ました!
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雪解けの気配がする、春のはじまり。──三月三十日のこと。
人間の王国の北端にして、魔王軍との緩衝地帯に面した森の際にある、地図の余白に置かれたような北の山脈の岩山に、古い砦がぽつんと佇んでいた。
外周を取り囲む高い木柵。
赤土の中庭に、石造りの防御塔がそびえる。
塔の左には母屋、右手には小屋と東屋のような屋根が見えた。
そんな辺境の砦に、旅装束の少年が、ひとり向かっている。
軍服めいた制服と、フード付きのマント。全て王都の魔法学校のもの。
背丈は小さい。だが、肩周りと足腰にはオオカミの子の足取りに似た柔かさと頑健さがあった。
歳は、十五か十六か。
フードの中、息に霞む顔立ちと赤い頬には、まだあどけなさが残る。
だが、きりりと意志の強そうな黒い瞳が、覚悟というものを宿している。
肩には、鉄刀木を削りだした全長150センチの魔杖。魔力をその尾部、杖床に蓄えて、先端の杖口から撃ち出す、魔道士の武器だ。スリングでバックパックと一緒に掛けている。
砦に向けて目を上げた彼の名は、ジュノ・ジャクセル。王都の魔法学校で卒業を控えた黒髪の少年。
ここまでは、徒歩で半月かけて、400キロの道のりだった。
昨夜たどり着いた麓の村から、最後の仕上げに雪の残る山道を、今朝、一時間かけて登って来たところである。
だが、そのインターン先が──
「……こんなとこだとは、思ってなかったなぁ」
目を向けた砦のさびれ具合に、思わず足は止まって、心が声を漏らした。
近付いてみれば、それは朽ちかけた柵と門。
そして、焦げあとの残る石造りの防御塔。
辺境とは聞いていたが、本当にここが、あの〝殿軍の英雄〟の赴任先に違いないのだろうか。
「……ほんとにここで合ってるのかな」
あまりに寂しすぎないだろうかと、ジュノの口がへの字に曲がる。
それでも、彼は、
「こ、こんにちは……」
開け放しの正門の下をくぐって、砦へと、足を踏み入れた。
その先には門番の兵もない。
あるのは、門から煙突屋根の母屋へと続く、ぬかるんだ車輪のわだち。
中央にそびえる防御塔は、傷痕だらけの壁面が弱い陽射しを反射し、檜皮を薄く葺いた納屋には、空っぽの馬繋ぎも見えた。
東屋は、やはり井戸のようだが……
冷たい風が頬を叩く。
しかし母屋は、煙突が薄く煙をあげて、誰かがここに住んでいることを告げている。
ジュノは、小さく肩を落とし、母屋へと足先を向けた。
すると──
納屋の後ろから、冴えない中年男が、斧を手に顔を出した。
「……誰、お前」
ジュノは息を詰まらせ、足を止めて手を上げた。
男は、くたびれた防寒着と無精髭。髪は盛大にはねているし、眠いのか青い瞳の目つきが悪い。
長身で、広い肩幅。よく見れば顔立ちも王都の役者顔負けだが、衣装と背景が山賊だ。しかも手には錆びた斧がある。
「こ、……こんにちは」
つい、声が上ずった。
「ぼ、僕は、王都の魔法学校から来たジャクセルと言うもので……決して、怪しいものではないんです」
けれど、中年男は、まるで煙たがるかのように手で払いながら言った。
「聞いてないね。弟子志願なら帰りな」
ジュノは、ぽかんと口を開けた。
慌ててポケットから紹介状を出す。
「……いやいや、でも、この通り、本日からインターンとしてお世話になる予定で!」
男は、紹介状を手に、怪訝そうに眉をひそめたが、取りつぐようなそぶりはまるで見せない。
「だって、おれ、そんなこと聞いてないし……」
「ちょっと待ってください! あなたは別に殿軍の英雄じゃないですよね?! 勝手に決めないで、せめてご本人さまに取り次いでくださいよ!」
紹介状を返すと、男はジュノから目を逸らした。
「……そうだよ。おれは英雄なんかじゃない」
「分かってますって!」
前のめりに足を踏み出したジュノは、設備を見回して言った。
「確認しますよ?! ここ、ゴーシュさまの砦ですよね?」
「んまあ、そうだけど」
返事にも、キレがない。
「そうだけど、とにかく違うの! ゼブラ・ゴーシュってのは、坊やが思っているような人間じゃない。さ、王都に帰った帰った」
ジュノは目を、うるませた。
王都を出て、半月。
海では嵐に遭い、雪山では遭難しかけ、街では盗賊。森では巨大なイモムシに追われて、なんとか期日ギリギリに、こうして辿り着いたのに……。
そんな辺境の砦で、お目当ての英雄に会わせてもらえないとなると、どう言った行き違いが起きているのか。
肩を落として歩くジュノが、背中を男に押されながら、茫然と地面を見た。
霜柱の融けた赤土に、水たまりができている。
「では、ゴーシュさまが僕と会わないと、そうおっしゃっているんでしょうか……」
振り向いた少年に、中年男は、気の毒がってか眉を下げ、
「遠路はるばる、ご苦労なこったが……なんて言うか、その……」
急に思いついたような顔を上げた。
「そうそう! 彼は出かけているんだ。そうだな、討伐の旅だ。すまんね、うっかり忘れてた」
「──そうなんですか。じゃあ、やっぱり、あなたはゴーシュさまの使用人さんなんですね」
ジュノは向き直って、あらためて話しかけた。
「ゴーシュさまは、何かあなたに仰っていませんでしたか? そもそも学校長が紹介状を出しているはずなんです。校長と彼は同期の間柄と聞いていますし……」
そこで男は、はじめて我が事のように首をひねった。
「なに。セムがか。いや待てよ……って、そんな大事な手紙……」
斧を持ったまま、彼は腕を組んで考えるが、
「ま、いいか。どのみちゴーシュは弟子をとらん。それじゃ」
結局、そう言いながら背を向けた。
「待って下さい!」
ジュノは追った。出発した以上は手ぶらで帰れない。少なくとも殿軍の英雄のお眼にはかかりたい。その男に縋り付く気持ちで回り込んだ先で拝むように手を合わせた。
「……僕、あなたのご主人さまのことを尊敬してるんです、薪割りでも掃除でもなんでもしますから! どうかここで、ゴーシュさまのお帰りを待たせていただけませんか……!」
男は、道を塞ぎ、頭を下げるジュノに、ため息をついた。
その青い瞳は、海の底のように深く、沈んで見えた。
「ったく。じゃあ、セムの生徒なら……話だけは聞いてやるよ」
目を上げると、男は自分の腰をさすりながら、片手で斧の柄を差し出していた。
「代わりに、腰も痛えし、薪の続きを割ってもらうけど。いいかね」
ジュノは礼を言い、目を輝かせて、その柄を手にした。
それがジュノ・ジャクセルの生涯忘れえぬ三ヶ月間の始まりにして、殿軍の英雄、ゼブラ・ゴーシュ本人との初めての出会いだった。
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次回は、明日12:00に公開予定です!




