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最強と無双をやめたおっさんのもとには、厄介ごとしかやって来ない。【辺境砦の無気力英雄】ゼブラ・ゴーシュはのんびり暮らしたい  作者: 朱実孫六
第四節 サクラチップのスモークと剣士の密告

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第19話 塹壕のスローライフ

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 ゴーシュはチップが小山になった皿を手に、立ち上がって腰を伸ばした。


「だから何もスモークトラウトに限らなくたっていい。東部戦線の塹壕じゃ、いろんな奴がいたぜ」


 携行食の空き缶を切りだして甲冑騎士をつくる者。木箱とカンバスを割いて帆船を作った者。そんな役に立たない芸術でいい。


「逆に、そうやって時間がかかる物が良いんだよ」


 起きてても、気持ちが暗くならないで済むし、寝てても、明日起きるのが楽しみになる。そうゴーシュは言って、目を上げた。


「なかにはインテリ将校がいたが、あいつが書く官能小説はとびきりだった」


 あいつはそれで一気に部隊での株を上げた。そうゴーシュは懐かしそうに笑った。


 ジュノも笑む。


「お師匠さまは、そういう時、何をされたのですか」


「おうよ。よくぞ聞いてくれた。……それが、これってワケさ」


 ゴーシュは誇らしげに、サクラチップを盛った陶皿を見せた。


「燻製作りさ。いいぞ、本当にこれは」


 休暇中に、魚を釣って塩水に漬けておく。そして勤務時間にチップを削っておく。朝でも晩でも煙を起こすのはどっちでもいい。あとは時間が出来を保証してくれる。


 ゆっくりと、時間をかけて確実に進む作業が、心を落ち着かせてくれる。


 


 ジュノも、腰を上げて言った。


「それは、暗いことを考えなくて済むと言うことですか?」


「おう。それにな、缶メシが続くと飽きるだろ」


「ええまあ。でも、仕方ないです」


「ダメダメ。糞詰まりになるんだぜ」


 からだを動かさないせいもあるが、ひどく暑いか寒いかしかない湿っぽい塹壕で、食欲があるやつなんかまずいない。そう言いながらゴーシュは、当時の様子を思い出したかのように身を震わせた。


「だから、酒のつまみぐらい、旨いもんがほしくなるんだよな」


 酒は知らないジュノだが、わからない話でもない。


「──きっと、格別なのでしょうね」


「そう。で、いっぱい作って仲間に配るんだよ。そうすると喜ばれる。笑顔にならねえ奴を見たことがねぇ」


 その顔はどこか、昔を懐かしんでいる。


「度胸があって腕っぷしも強い、ってだけじゃ続かねえ。おまけに一匹狼気取りだと、なおさらにな」


 ジュノは、その言葉を胸の中で、ゆっくり噛みしめた。殿軍の英雄は、ひとりじゃなかったのかもしれない、と。


「例のインテリ将校も、赴任して来た当初は、ウマ係にだって馬鹿にされてたんだぜ」


 別にウマ係が悪いわけじゃないが、とゴーシュは付け加えたが、だがよ、と声をひそめた。


「それがよ、エロ小説の一発で、形成逆転さ」


 そのうち突然やって来る、一秒先の命もわからねぇ敵との衝突のときにゃ、階級だの家柄がどうだの、そんなもんは本来平等に価値が無えもんだ。泣いも叫んも喚いても、普段から嫌いな上官に着いていく奴はいねぇ。


「──けれど、おれは見たんだ。エロ本書きの将校には、誰が命じたわけでもなく兵が人垣をつくってた」



 陶皿の上には、削ったチップがこんもりと山になっている。


 ゴーシュは、おれは木箱に細工を用意する。そう言ってタバコに火をつけた。


「ジュノ。オメーは食材だ。母屋に行って……」


 そこでわざと声をひそめ、


「……マールムの監視をかいくぐって、昨日のマスを一本ほど、チョロまかしてこい」


 これはつまり、初めての〝実習〟だ、とも付け加えた。


 ジュノは、折りたたみナイフを切り株に置き、まっすぐに踵を合わせた。


「了解しました!」


 表情は、お互い、いたずら小僧のようである。


 いつのまにか、ゴーシュが、ジュノのなかに鏡写しのようになっている格好だ。



 駆け出して母屋に向かうジュノは、内容はともかく、胸の奥がくすぐったく、誇らしく。


 ゴーシュは、咥えタバコで見送る目もとを緩めた。


ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


次回は、明日12:00に公開予定です!

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