第18話 陽だまりと煙の向こうの戦場
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納屋の表の陽だまりに、ゴーシュとジュノは丸太の輪切りを、それぞれ持ち出してきた。
向かいあって腰掛ける。
空は高く、雲もない。
冬の陽ざしが、目に暖かい。
ジュノの心臓は跳ねていた。
面とむかった先にこうして、ゼブラ・ゴーシュがいる。
それだけでも夢心地なのに、今日はこれから自分に何か大切なことを教えてくれるらしい。集中力で押し込めているが、うっかりすれば尻尾が生えて、激しく振れてしまいそうだ。
そんなジュノと、ゴーシュが手にそれぞれ持っているのは、折りたたみ式のツールナイフ。王国軍支給品の、缶切り付きの、なんと言うことはない折りたたみナイフだ。
ただし、ジュノのそれはまだ新しく、ゴーシュのほうは使い込まれているし、刻印が一つ足りない。
ゴーシュがそれを手に。サクラの小枝を束ねている紐をくいと引き、手早く解いた。
そして束から小枝の半分を、ジュノに取り分けて手渡した。
「こいつをな、鉛筆を削るようにナイフで、まずは薄く削っていく」
そう言って、ヤニで染まった陶皿を一枚、真ん中あたりに置いた。
「どう削ってもいい。ただしこの皿の上に集めてくれ」
ゴーシュが手本を見せるように、足もとに置いた木の板の上へと、小枝の削り片を落としていく。
ジュノは、手順を真似た。削ること自体は、そう難しい課業ではない。
けれども、枝を尖らせる事に目的があるのか、それとも削り片が欲しいのか、いまいちはっきりしない。どちらに精度を出したらいいのか分からなかった。
ジュノは戸惑い、手を止めた。
「これは、いったい……?」
そんなジュノに、ゴーシュは言った。
「桜のチップだよ。スモークに使うんだ」
「──というと、煙幕ですか?」
ゴーシュは手を止めず、枝をどんどん小さくして、しまいには縦半分に割って全てを皮付きの小片に変えた。
「違うよ。そっちの煙幕には生木さ」
けれども今日のスモークはスモークでも、意味が違う。ゴーシュはそう言うと、タバコをくわえて火をつけ、次の小枝を手に取った。
「今日の教えは燻製作り。昨日のマスを、サクラのチップで燻製にする」
どうもゴーシュのタバコにはスパイスが混ぜ込んであるらしい。刺激めく香りにジュノの鼻がムズムズする。
その様子を目にしたのか、ゴーシュがタバコを消した。
「おめえ、半魔でも、人狼なんだってな」
「はい……」
ゴーシュは、ナイフで小枝を削りながら、間を置かずに言った。
「仔イヌっぽいとは思ってたが。まさかオオカミとはなぁ。鼻は利くのかい」
ジュノも足もとの板に、二本めの小枝から削り片を落とし始めた。
「はい。鼻と耳が得意です。逆に目は、色がよく分からないみたいですし、遠くが見えないみたいです」
「ふうん」
ゴーシュは、削りかけの小枝の断面を自分の鼻に近付けて、匂いを嗅いだ。
「これ、なんの枝かわかるかね」
ジュノにはもう、それが何だか分かっている。
「サクラですよね」鼻先を近付けもせず彼は即答した。
ゴーシュは、嘆息を漏らした。
「ほお。さすがだな」
ジュノがイタズラっぽく笑んで見せた。
「見たらわかります。皮の模様で」
ゴーシュは、嗅いでいた小枝を老眼の目から遠ざけて眺めた。
ジュノは師を真似て、最後に残った枝の末を縦半分に割って落とす。
「しかし、戦場の心得って、ほんとうにスモークトラウト作り……なのですか」
「そう。士気に関わる」
「……ご冗談、ですよね?」
ゴーシュは首をすくめた。
「大真面目さ」
ジュノの手にある枝も、冬の間に払った枝らしい。ゴーシュは言った。
「戦場の心得、その三、〝暇つぶし〟。そう言ったろ。だからヒマそうに削るぜ、もう何日も戦闘なんか起きていない想定でな」
それきり、ふたりは黙々と小枝を削った。
陽射しが、また一段と高くなり、丸めた背中を温めてくれる。
残る小枝は二本。
砦の主人が削りだす小片は、薄くもないが、厚くもない。
「薄いと燃えちまう。厚いと消えちまう。人間、くすぶるのに、ちょうどいい厚さってのがあるんだよな」
ジュノの手つきの変化に、ゴーシュは笑んだ。
そう。手を動かし続けることが大切なのさ。彼はそう言うと、最後の一本を手にして、年季の入った刃でゆっくりと削いだ。
ちょうどいい厚さのチップが、板の上を外れずに落ちていく。
けれどもジュノには、これが何のための授業なのか、いまだに疑問だった。
それでも枝を削っていくジュノは、チラとゴーシュを上目に見た。
また、無言のまま作業は続く。
(これ、生存自活訓練なのかな……)
朝の杞憂とは、また違った種類の不安が胸をかすめていく。
(でもゴーシュさまは、暇つぶしの訓練って言ってたし……)
が、気づけば手の中の枝はまた末だけを残してちびていた。
見れば、ゴーシュの方は、まだ半分も残っている。
タバコを吸いたそうに、彼がぽつりとつぶやいた。
「──戦さ場ってのはな」
話題の転換に、ジュノは背筋を伸ばした。
「おまえさん方みたいな、パッと咲いてパッと散るような、花形職種ではそうでもないかも知れないが」
そうゴーシュは前置きした。
「おれたちみたいなのは、移動して、メシ食って、また移動……。運次第だが、意外とヒマなもんでね」
たまに魔法をぶっ放して、生きてたらまた移動。敵の泣き顔を見ないで済む代わりに、商売道具の手入れをして、飯食って寝て起きて、また移動……。
淡々とした口調で語られる戦場の光景は、プレスの効いた制服を着て横並びに腰を掛け、チャイムが鳴るまで耳を傾けていればいいウィンゲートの講義のような折り目の正しさがない。
「終わりが見えねえんだ。屋根と壁のない牢獄みたいなもんって考えるといい」
そんな拘禁状態が続くと、気が滅入ってくる。
「学校や訓練のほうがよっぽど忙しい。息つく暇もなく課業が詰め込まれているからな。しかし、本番はそうでもない」
ゴーシュは手癖で取り出しかけたタバコを、箱に収めて言った。
「塹壕なんかの時にゃ、特にひどい。何にもせず、ひと月、泥水に映る空を見て過ごすなんてこともザラだ」
だからこそ、と、ゴーシュはサクラのチップを陶皿にまとめる。
「そんな時は、生きてることを、こうやってちまちまとな。手仕事で楽しめる人間じゃなきゃあなんねぇってわけさ」
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次回は、明日12:00に公開予定です!




