第16話 ジュノの寝坊と白い吐息
お気に入り登録、評価などありがとうございます!
納屋の中に、冷えた空気が満ちている。
ジュノ・ジャクセルは、五枚重ねの毛布の中で寝返りをうった。
冬の朝は、眠りを長引かせる。
とくに今朝のように、心まで冷えこんでいる時には──。
──四月二日。
すでに朝の光が、起床をうながすように壁の隙間から差し込んできている。
けれど、ジュノは起き上がれない。
この時刻にまだ毛布にくるまっているのは、魔法学校に入学して以来、初めてのことかもしれない。
ジュノ・ジャクセルは、白いため息を吐いた。
いっそのこと、身を起こして顔を洗って、今日の薪を割りはじめれば、この煩悶もすこしは晴れるかもしれない。
思い切ろうとしてはみるが、吐息が白く抜けていくたび起毛に結露したそれが冷たくて、また寝返りをうつ。
ぐずぐずと、こうして毛布から出られない。
かと言って、太陽はもう岩山を越えている。
目を閉じたところで、明かり差し込むこの納屋で、眠れはしない。
まるで胸の奥の日陰に、いつまでも融けない寝雪が残ったまま、冷気を放っているようだった。
まぶたに浮かんでくるのは、昨夜のゴーシュの表情だ。
〝一晩で聞くには惜しい話だ〟
そして。
〝夜は、考えごとに答えを出さないことにしている〟
そう呟くと、師匠は寝室へ向かった。
(……あれは、〝朝までは砦にいてもいい〟って意味だったのかな)
だとしたら──
(陽が昇ったら出ていけ、って言う意味にも、なるかもしれないけれど……)
こうして同じ事を繰り返し、心に問うている。そうしているうち、毛布から出る機会を掴み損ねてしまったわけである。
(いっそ、起床ラッパが鳴ってくれれば起きられるのに……)
そうしたら身体の方が跳ね起きて、心がどうであれ手が毛布を畳みだすだろう。
まるで機械のように、正確に、何も考えず──
結局、ジュノはまた寝返りを打った。
痩せて木目が浮きだした板壁の隙間が、急かすように陽光を差しこむ。
──半分は人間。半分は魔物。つまり、半魔。
自分の砦に転がり込んだインターン生の正体を半魔と知って、ゴーシュは、その是非について保留したまま、寝室に引っ込んだのだ。
ジュノは、すっかり人間に化け終わった鼻をすすった。
自分では、人間の姿のほうが、本当の自分だと思っている。
でも、単に人間の国で、人間の姿で過ごした時間のほうが長くなったから──そう自分で思い込んでいるだけかもしれない。
逆に、あの日、非武装地帯よりも北で終戦を迎えていたら、この帰属意識は逆さまだったかもしれない。
それに──
憤りや、不平を抱えこんだとき。そんな心が魔の色に染まりかけるとき。ふだんは人の顔の下に押し込めている半分の血が顔をだすことがある。
〝我慢するなよ〟とか、
〝もっと楽な方法があるだろ〟とか、
〝壊しちゃえばいいじゃん〟とか。
〝殺しちまえ〟
……とか。
……疲れている時、何日も眠れていない時など、ふとした隙に、別の声が心に割り込んでくる。
それは誰なのか。
理性という重石をどけて、心よりいでた魔が、耳元で囁くのだ。
現に、昨日もだ。
あのアーガイルという剣士に、怒りを制御しきれなかった。
人狼に戻ってしまった。
そんな自分が、ほんとうに、人の皮を被ったまま、ゼブラ・ゴーシュのもとにいてもいいのだろうか──。
毛布の中で、ジュノはため息をつく。
息が白く、揺れながら毛布に冷たい露を結ぶ。
そしてまた、ジュノは寝返りをうつ。
目を閉じる。
荷物は、来たとき同様にバックパックひとつへと纏めてある。
それを背負って、夜の明けきらないうちに出立すればよかった。
そんないじけを思い浮かべた胸が痛み、彼は毛布を抱えこんだ。
その時、納屋の戸が五度、せっかちに鳴った。
訪問者だ。
でもマールムのものではない。もっとがさつな音。もっと、ずかずかと心に入り込んで来るような、遠慮のないノックだった。
「──おきてるか、ジュノ。おれだぜ。ナイスミドルのゴーシュだ」
その声を、聞き間違えるはずがない。
胸で凍りついていたものが、砕けて解けた気がした。
初めて起床ラッパを聞いた朝とおなじ勢いで、ジュノは毛布を跳ねのけた。
ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ
次回は、明日12:00に公開予定です!




