第15話 戦場の心得② 夜、考えごとに答えを出すな
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ジュノは、床に正座したままうなだれた。
「──はい」
ゴーシュは身を起こし、同じく床にあぐらをかいたまま、マールムからバスタオルを受け取って彼に促した。
「アーガイルの件は、どうやらコッチが礼を言わなきゃならんらしい。ありがとよ。この通りだ」
そう言って頭を下げた彼に、ジュノは慌てた。
マールムは鱒の連なった紐を持ち上げて、キッチンに向かった。
ゴーシュは手を膝について、ジュノの黒髪を乱暴に撫でた。
「ほら、オメーも立て。座るぞ」
席について、ジュノは生い立ちを聞かせた。
先の大戦中、人狼の捕虜と、人間の父のあいだに、自分が生まれたこと。
それは不幸の内にではなく、許されぬ道とはいえ、ひとつの恋だったこと。
だがその父母を、魔王軍の攻勢で九歳のとき失い、寝食にひかれて人間側の軍の門を雑用係として叩いて一年後、王都の名門ヴォルモール家から迎えが来たこと。
「父は、ヴォルモールの前当主の非嫡出子だったそうです」
彼自身、その事実を知らずに育ち、一兵士として生を終えたこと。
そこから五年。出自を隠すことを条件に、ヴォルモール家の口利きで魔法学校へ通わせてもらい、半魔である正体は隠し続けてきたこと。
ここまで語りきるのに、約一時間。
その間、マールムが鱒をバターとハーブで香ばしく焼き上げた。
話は次に、ヴォルモール家の家督争いと、ジュノの家系上の立ち位置に移った。
「いま本家には、女児しかおりません」
ゴーシュは無精髭をなぞった。
「──ふむ。悩ましい問題だな」
暖炉に薪を足すことを忘れたまま、夜は更けていく。
「養子をとるか、お前という半魔を呼び戻すか」
酒の類に手を出すこともなく、ゴーシュはしらふのまま彼の話に耳を傾けた。
沸かしておいた風呂には入らず、ゴーシュは布団に入ってしまった。
ふて寝にも見えたが、彼は腰を上げる前に、こうも言った。
「一晩で聞くには惜しい話だ」
それは、彼なりの猶予の出し方だったのかもしれない。
「おれは眠い、ジュノ、お前も寝ろ」
ゴーシュは目をこすった。
「戦場の心得、その二だ。おれは夜、考えごとに答えを出さないことにしている」
そう言いながら彼は寝室に消えた。
残されたマールムは、ジュノと食器を片付けながら呟いた。
「お気になさらず。お師匠さまは、いつもああなんですよ」
考え事があると、すぐ布団に逃げ込む。彼女はそう言うけれども、表情には、微笑みを浮かべている。
ジュノは、恐縮したように縮こまった。
「──面倒を持ち込んでしまって、すみません」
人外を、砦に置いておけるわけがない。軍紀が許さない。曲がりなりにもここは最前線の砦。そして、ゼブラ・ゴーシュはここの司令官。
「あ、そうじゃなく」
マールムは失言したかのように手を振った。
「ジュノさんのことじゃないんですよ。お師匠さんにも、まぁ、いろいろとあって……」
マールムにも、半魔には、色々と思い出がある。
彼女は、ジュノを勇気づけるように微笑んだ。
「明日まで待ってみましょう」
そう言うと、マールムはテーブルを拭きにかかった。
「もしも、お師匠さまが、そんな真っ当な軍人なら、まだ王都で仕事をしていたでしょうから」
ジュノは、足もとの戸棚を閉めて顔をあげた。
「真っ当な……軍人?」
マールムはうなずきながら、テーブルに磨きをかける。
「そう。言わずもがなの殿軍の英雄でしょ。将軍職の声がかかっていたのに、陛下に直談判してね。なにを好んでこんな最果ての地に来たのか……」
苦笑しながらマールムは、流しに立って布巾を絞る。
「でも今は、わたしもこっちのほうが好きかな。お師匠さまも、昔よりのんびりしてるし」
ジュノは、想像した。王都でのゼブラ・ゴーシュを。
「軍服を着たゴーシュさま、どんなだったんでしょうね」
マールムも微笑んだ。
「──けれど、あれで不思議と朝には答えを出していますから、寝ながら考えているのかもしれません」
ジュノも微笑んで、うつむいた。
たしかに、今すぐ出て行けとも、言うことはできたはずだ。
「では。もう一晩、ご厄介になります」
そう言って、尻尾を振りながら、頭を下げた。
「ジュノさんも、今夜は早くお休みください。あとはわたしが」
その手を動かしながら、保存用にと残りの鱒を塩とハーブに漬け込む彼女が思い返しているのは──
先ほど激昂しながら、ゴーシュが叫んだ言葉だ。
〝おれの娘に──〟
そう、たしかに師匠は言っていた。
横顔であったが、ゴーシュから彼女が〝娘〟と呼ばれたのは、初めてだった。
だから、マールムは上機嫌だった。
目尻が緩んだままだ。
その背中も、どこかしら歌っているように見える。
窓の外に、月が見えていた。
遠くでひとつ、オオカミが吠えた。
くべたばかりの薪も、暖炉で赤々と燃えていて、部屋は暖かだった。
◇ ◇ ◇
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次回は、明日12:00に公開予定です!




