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最強と無双をやめたおっさんのもとには、厄介ごとしかやって来ない。【辺境砦の無気力英雄】ゼブラ・ゴーシュはのんびり暮らしたい  作者: 朱実孫六
第三節 ジュノ・ジャクセルの背中に触れたもの

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第14話 何か忘れものしてきてません?

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 ◇



 ──日が西に傾き、山の端が朱に染まりはじめるころ、ゼブラ・ゴーシュが、マスを三尾、紐に連ねて砦へと戻ってきた。


「おいーっす! どうだ見てくれよコレ! 今夜は豪華だぞ」


 上機嫌で踵から泥を落とし、母屋に入るゴーシュだが、釣竿を忘れた来たことに気がついていない様子である。


「ムニエルでもフライでも……おい、マールム」


 返事がないことに訝しむ彼は、リビングの戸を開けて、すぐ、何者かのパジャマ姿に度肝を抜かれ、その場に立ち尽くした。


「……な、」




 彼のパジャマを着こんだジュノが、恐縮しきった顔で、席を立った。


 マールムは、普段着だが、どこか緊張しているように見える。


 ジュノの目は、泳いでいて、弁明することがあるかのように口が開きかけた。



 ゴーシュのくちびるが……わなないた。


「──お、おま、なんでオマエ、おれの寝間着を着ている!?」


「すみません!」


 その場で跳ねてジュノは土下座すると、床に額を擦り付けた。


「違うんです!」


 その鼻は、まだイヌ化が解けておらず、耳と尻尾も出たままだ。


 驚愕のあまり、ゴーシュは、鱒を床に落とした。


 そして猛然と駆け寄ったジュノの肩を掴んで、激しく揺さぶった。


「……おいジュノ、まさか、おい立て、立たんか!」


 ゴーシュは、ジュノの脇に手を差し、立たせ、ズボンを遠慮なく引き下ろした。


「──って、パンツまで! おれのじゃねえかあああ!」


 父の叫び声が砦の木壁を震わせた。


「てめえっ、おれの娘に手を出したら殺すって……」


 ゴーシュの手がジュノの首を揺さぶる内に絞めあげ、つい、力あまってネックハンギング・ツリーに彼を持ち上げていく。


「あれほど言っただろうがあああ! 死にてえのか!」


「……し、師匠、これには……深いわけが……」


「誰が師匠だ! この、ませガキ! ってか、なんだそのケモ耳のアクセは!」


 そのゴーシュの背後に回り込んだマールムが、後ろ襟に、手鍋からの氷水をどっぷりと注いだ。


 ゴーシュは床に転げ回った。


「マールム! 何しやがんだ、冷てえな! おまえも同意の上か!」


「お師匠さま。お間違いなく」


 マールムは、一息ついて、諭すように言った。


「いいですか。少々はしょりますが。ジュノさんは、服を失ったのです」


「見りゃわかるよ!」


「あの剣士から、わたしを救おうとして」」


「──け、剣士?」


「そうです。変な勘ぐりはよしてください。アーガイルさまがまた砦に来たのです」


 状況が掴みきれないゴーシュは、床を這いずって行って、ジュノの首根っこをヘッドロックした。


 おとなしく首を差し出すジュノも、イヌ耳を平たくしてしょげながら、上目遣いで言う。


「アーガイルさんです」


 ゴーシュは、その彼の髪の中から生えている耳に戸惑った。


「アーガイル……。じゃあ、誓って言うか。マールムに手を出したんじゃないんだと」


 ジュノは、イヌ鼻を鳴らして誓った。


「もちろんですよ。そんな、姉弟子に滅相もない……」


 ゴーシュは、彼の黒髪を平手で一発はたいて、その三角耳を摘み上げた。


「だいたい何なのよこの耳は。っていうか、どうしてオメー、四つも耳があるんだ」


 ジュノはヘッドロックの中、小さく耳を振って、うなだれた。


「実は……」


 その二人に割って入るように、マールムがモップで床を拭いていった。


「マールム! お前もなんなんだ今日は!」


 ゴーシュは尻もちをついたまま、声を荒げるが、彼女は冷静なままだ。


「アーガイルさまが、わたしを人質に連れ去ろうとしたのです」


「──なんだと!?」


「この一カ月、居留守を使われていたと気づいて、ご立腹になった次第です」


 ゴーシュは、憮然と腕を組んだ。


「それで」


 マールムは、モップを立てて手を止めた。


「けれど、ジュノさんは危険をかえりみず」


「あの剣士を追い払ったと、そう言うのか」


「はい。それで、制服が破れたのです」


 マールムがそう言いながら指差す先に、ウィンゲートのシャツとボトムスだった端切れの山が見えた。


「ご理解いただけましたか」


 彼女の問いに、ゴーシュは喉もとを掻きむしった。


「でもな、なんか納得いかねえの! あったことは分かったけども!」


 ジュノは、床に正座したまま胸を撫で下ろした。だが、その横でゴーシュは仰向けに地団駄を踏んだ。


「でも! やっぱ意味わかんねえよぅ! なんでケンカでパンツが無くなるんだよぅ!」


 その姿は、まるで大きな子供だ。


 しかし、声の悲痛に、ジュノは肩をすくめた。


「申し訳ないです……」


 説明の核心部を、彼女が省いた以上、言い訳としてそれは足りるものになっていない。


 ジュノは、イヌ耳を伏せて言った。


「ゴーシュさまの、ご立腹はもっともです」


 自分がどうして服を失ったのか。獣人化したことを語らねば、パンツはもとよりブーツまで裂けた理由など、腑に落ちるわけがない。


 けれどもそれは、ジュノが誰にも話すことなく、王都に呼び戻されてからの五年間、ひとりで抱えてきた秘密に繋がっている。


 マールムも、彼にその目で「今は言わなくていい」と言っている。


 けれど、アーガイルに、人狼化した姿を見られていることも事実。


 いずれ、人づてにゴーシュへと伝わる話だ。


 だから、自分から、正体を話したい──。


 ジュノは正座して、仰向けの彼に向き直った。


 それが、せめてものの誠意だと、ジュノは思った。


「ゴーシュさま。この耳、そしてこの鼻。あと、これですが……」


 ジュノは、フサついた尻尾を床の上で振った。


「あらためて、お話ししてもよろしいでしょうか」


 ゴーシュは寝転んだまま顔を背けた。


「おう。なんだよ。半魔だったことがどうしたって言うんだよ」


 その言葉に、ジュノは頬を赤らめた。思いがけない言葉だった。


「ご存知だったのですか」


 背を向けたまま、ゼブラ・ゴーシュは床に肘を立てて枕した。


「ばか。ご存知なワケねぇだろ」


 そして尻を掻いた。


「昨日、半端者だからってオメェがスネたのは、その事だったのかって……思っただけだぜ」



ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


次回は、明日12:00に公開予定です!

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